鍼を受けてる時間って、こんなに気持ちよくて幸せなんだ(後編)/鍼灸師 中根 一

「先生、鍼って気持ちいいですね」って話したらさ、「知らなかったの?」って言われたの

ちなみに先生は経営学部から全然知らない鍼灸の世界に入って、東洋医学概論でいきなりつまずくわけじゃないですか。
どのタイミングで、鍼灸いいなって思われたんですか?
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
鍼灸大学を卒業する間近だったかな。それとも就職する直前だったかな。
僕、時系列があやふやなんだけど、とにかく岡田先生に鍼をしてもらってね。
あ、また岡田先生の話だ(笑)。
愛が深いですねぇ。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
岡田先生の鍼灸院って、東京の原宿の街中にあるんだけど。
磨りガラスの窓から、陽の光が入ってくるのね。
お昼間はすっごいぽかぽかして気持ちいいの。で、シーツは糊がパリッと効いてて。
そこで鍼してもらったときに、すっごい気持ちよくてね。
ふんわり明るくて清潔で、ふわっとした幸福感に包まれて寝落ちしたのね、置鍼で。
いいなあ…。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
抜鍼のときに目が覚めて「先生、鍼って気持ちいいですね」って話したらさ、「知らなかったの?」って言われたの。
いやいや、学校でそんなこと習ってねえぞみたいな。
すごい体験。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
鍼灸いいなって思ったのはその瞬間。
難病が治せたとか、痛みが止まったとかじゃなくて、鍼を受けてる時間って、こんなに気持ちよくて幸せなんだっていうことが、インパクトだったの。
この幸せを提供することが、鍼灸院のミッションじゃないかと思っちゃってさ。
その体験が、今の鍼灸院作りもつながっているわけですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
もちろんぎっくり腰やヘルニアの治療とか、けっこう僕は得意だと思ってるんです。なかなかの成績を出してるもん。
末期ガンの方も拝見するし、免疫不全を抱えている方も治っちゃって慶應病院の先生もびっくり。
でもそれは、僕が提供できる鍼のごく一部であって、鍼灸院に来てもらうということは、幸せな時間を味わいに来てくれることなんだっていうふうに意識して施術をしてるのね。
つまり、目の前にいる人がどんどん幸せになっていく時間に携われている充実感っていうのが、ずーっと続いてるの。
僕は飽き性だし、高校も大学も途中でやめるのは平気なくらいだからさ、やめようと思ったらいつでもやめれると思うの。
でも、やめられない。お灸だってさ、ほんと気持ちいいじゃん。
なんかヨダレ垂らして「気持ちよかったっす」って言われたら、一緒に幸せな時間を過ごしてもらえたんだって伝わって、嬉しいもんね。
その空間を作ってるとか、幸せを作ってるってイメージ、すごいわかります。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
ね。病気には、治るものも治らないものもあるからさ。
でも、少なくとも今が心地よくて、今夜はぐっすり眠れそうだとか、明日は良くなってるかもって希望が持てるのって大切じゃない?
そういうささやかな幸せを提供できる仕事って、ステキだと思うんだよね。
最初の「医療は癒す」というお話もそうなんですが、中根先生はどうしてそういうベクトルに向かうんだろうなって不思議に思ってたんですよ。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
なるほど。
お話を聞いていて、先生の鍼灸に対するマインドの源泉がわかった気がします。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そうだね。もしかすると、僕が元々田舎っぺだってことも関係あったりして?
そうなんですか?
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
幼少期は愛媛県の松山市に住んでたの。
それこそ地中海性の気候だからカラッとしてて、空が高くて、風がそよいでいて、海が綺麗で、白い砂浜があって…。
そういうところで育ったので、ほがらかな肌感が残ってるんだと思うの。
抜群の環境ですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
だから、あの清々しく幸福な感じ。身体感覚としての幸せを、街中でもどこでも鍼灸で再現できたらいいなって。
なにはなくとも、鍼灸があれば幸せが作れるわけですもんね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
幸せっていろいろあるけどさ、僕にとっての幸福感っていうのは年収とかって金額じゃなくて、ある種のフィーリングなんだろうね。
1人で治療院やってると、ちっちゃい箱じゃないですか。
実際そんな箱で、わたしに何ができるんだろうなって、ずっと思ってたんですよ。
痛みがなくなるとかってことはできると思うんですけど。
じゃあその先にあるのはなんなんだろうな?って考えてまして。
治すではなく、幸せな時間を提供するというのは目から鱗です。
スキカラ
スキカラ

嬉しかったなっていうことを、次の世代にも伝えていくこと。俺、それが1番嬉しいんだ

そういえば、中根先生は一時期、教員をされてたじゃないですか?
バリバリ臨床をされる先生に弟子入りしたあとで、教員になるというルートは意外な感じがします。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
なんで教員になったのかって話?
そうです、そうです。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
それね、これまた岡田先生の話になっちゃうな。岡田先生アゲみたいな(笑)。
後半は岡田先生特集ですね(笑)。ぜひ教えてください。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
僕は修行期間が2年だったのね。神宮前鍼療所では普通、修行期間は3年から5年って言われたんだけど。
僕はいろいろと遠回りをしていたから弟子入りした歳がそこそこの年齢だったのね。
そのとき現役で臨床に立っていらっしゃった明祐先生(おかだ めいゆう/岡田明三先生の父)に、2年目の終わり頃「そろそろ出てっていいんじゃないか」と言われて。
それで明三先生に相談してね。「開業したらポーンと成功して、先生にポルシェ買ってあげますよ」って軽口を叩いたら、笑って「じゃあ1番高いの買って」なんて言われてさ。
でも、その後に「だけど、ほんとの恩返しって、中根くん自身がやってもらってよかったなとか、ためになったなとか、嬉しかったなっていうことを、次の世代にしてあげて欲しいんだなぁ」って言われたの。
ペイフォワードの精神ですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
治ってサヨナラじゃなくて、通院をし続けてもらうことで生活をいい状態に保つという臨床があるんだということを、修行時代に初めて知ったわけですよ。
だって学校の勉強は、いわゆる「疾患からの離脱が目的」の治療だからね。
鍼灸院に通うことが生活の一部になっているという現場の話を僕が学生のときに聞いてたら、もうちょっと学生時代のモチベーションが上がってたかもしれないって。だったらこれ、教壇で話してみたいなと思って。
岡田先生も教員をやってたしね。で、明治東洋医学院の教員養成科に入ったの。
師匠の教えだったんですね。学んだことを次の世代に。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
ところが病気がまた出て…。学校に行かなくなっちゃうんだよね~。
まさか…信じられないですね(笑)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
いつも学校がある吹田を通り過ぎて、神戸に行っちゃうの。
呼んでいるわけですね。神戸の街が(泣)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
呼ばれるんだから仕方ない(笑)。
教員養成科の1年生から2年生に上がるときに、学科長の先生に「中根くん、仮進級だから」って言われたよ(笑)。
ちなみに教員養成科史上初!
(笑)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
でもまたその神戸の街でも、それなりに学ぶことはあったわけですよ。
とはいえ、まったく本性は変わらないね。
自ずから望んで行ってもそうなるんですもんね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
なんだろね、これ。だから今でも「ああ、ちょっと大学院とか行ってみたいな」とか思うんだけどさ。
でもまた同じことを繰り返すに決まってる。もう行かない(笑)。
3回目だし、もう(笑)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そこは学習した(笑)。まぁ、相変わらずそんな感じだったけど、教員として働くようになってね。
僕、2回生の担当だったんだけど、「東洋医学概論なんか、もう1回生の夏休み前からチンプンカンプンです」っていう人が、学年の8割か9割もいるわけ。
「明治東洋医学院」って名前の学校で、これはマズイんじゃないかなと。
たしかに一番大切にしたい部分でつまずいてしまっているわけで。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
でも、僕が鍼灸大学に入学して陰陽五行や蔵象がわかんなかったから、その気持ちってよくわかるんだよ。
みんな興味がないんじゃなくて、興味がなくなるの、学校の教科書で。
東洋医学に興味があって、学びたい人が大半なはずですもんね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
僕、教えていた科目は「東洋医学臨床論」だったんだけど、まず最初の5コマは必ず「東洋医学概論」の補習って決めててさ。
そうなると日程がパンパンになるから、全然シラバスどおりにいかなくて。
そういうのって学校的にはダメ教員なんですけど。
それでもちゃんと振り返り用の時間を作ることが大事だと思うの。
そんな先生がいてくれたら、生徒さんはありがたいですよ。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
今、僕が個人的にやってる「Club Meridian」って勉強会も、基礎の補習なのよ。
できる子は、放っておいても自分で学ぶけど、つまずいちゃった子は誰かが手を差し伸べなくちゃ。
東洋医学の勉強ってクラシックな価値観を理解することなんだけど、それを記憶作業させようとしてるから東洋医学アレルギーが生まれちゃうというのが僕の意見。
ダメ教員っすけど(笑)。

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