間違えたと思ったら、戻ればいい/鍼灸師:桑原(西村) 理恵

開業に勤務、研究、教育…。鍼灸師の働き方には様々な選択肢があり、その分迷ってしまうこともあるかもしれません。隣の芝生が青く見えることもあるでしょう。

鍼灸学校で教員を続けながら、「鍼灸師のキャリアパス」に関する研究にも取り組んでいる桑原 理恵(くわはら りえ)先生は、「突き進んで、間違えたと思ったら戻ればいいんです」と力強いメッセージを送ります。

桑原先生に、これまでの歩みからやアンケート調査をもとにした研究について、お話を伺いました。

「鍼灸師は猫」と語る真意とは。

桑原(西村) 理恵(くわはら(にしむら) りえ)先生

現職
履正社国際医療スポーツ専門学校 鍼灸学科 専任教員
兵庫医科大学非常勤講師
学歴
1997年 立命館大学 卒業
2005年 履正社学園コミュニティ・スポーツ専門学校(現 履正社国際医療スポーツ専門学校) 鍼灸学科 卒業
2008年 明治東洋医学院専門学校 教員養成学科 卒業
2013年 明治国際医療大学 修士課程 修了
2023年 兵庫医科大学 博士課程 修了
職歴
1997年 兵庫医科大学 入職
2005年 西本クリニック 入職
2006年 履正社国際医療スポーツ専門学校 入職
2020年 兵庫医科大学 入職
2024年 履正社国際医療スポーツ専門学校 入職
所属学会
全日本鍼灸学会(認定鍼灸師)
日本小児はり学会(理事)
資格等
はり師、きゅう師
介護支援専門員
修士(鍼灸学)
博士(医学)

医大の秘書として就職。「ちょっと鍼灸やろうかな」

初めに、先生が鍼灸の道に入ったきっかけを教えてください。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
きっかけのひとつは、母が鍼灸師なことです。私が小学高学年頃に学校に通い始めたので、免許を取ったのは母が40歳くらいの時だと思います。生理痛の時に、よく鍼をしてもらっていました。
それで自分も鍼灸師になろうと?
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
それが、自分がなろうと思ったことはずっとなくて、鍼灸とは関係のない大学に進みました。卒業後は、兵庫医科大学に就職したんです。「大学の事務職員なら安定かな」と思って入ったら、いわゆる一般的な事務ではなくて、医局配属の秘書の仕事でした。
多忙な教授や医師のサポートをするお仕事ですよね。事務作業が中心とは思いますが、イレギュラーな対応もあって忙しいイメージの仕事です。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
私の場合は、あまり忙しくない職場でしたね。その後、就職して2~3年ぐらい経ったときに、母ががんになったんです。地元は静岡県ですが、大学で京都まで出て兵庫県で就職したので、そのまま関西に残った感じでした。
母は進行がんで、地元の病院だと、入院や手術まで何週間も待たないといけない状況だったんです。それを私が勤めていた医局の教授に相談したら、「すぐにうちに入院させなさい」と。迅速に対応していただいて、おかげで母はまだ元気です。
それはよかったですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
ホントによかったなと思いつつ。その後抗がん剤の治療とかが始まると、ものすごくしんどそうでした。結構特殊な薬だったので、手術が終わってからも兵庫県に残ってもらって3〜4カ月ぐらい一緒に住んで薬物療法を続けていたんです。もう見るのもしんどいぐらい、きつそうに感じました。
そんな姿を目の当たりにするうちに、西洋医学って効果が期待できて素晴らしいと思う一方で、もう少し「体に優しい医療」もないかなと考えるようになって……。
お母さまの病気がきっかけで、いろいろと考えたんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
そこから鍼灸って「体に優しい医療」なのかもしれないと考えるようになりました。当時は秘書の仕事がそんなに忙しくなかったこともあって、「ちょっと鍼灸を勉強しようかな」とふと思い立ちまして、そこから鍼灸師を目指すことになったんです。
秘書のお仕事を辞めて、鍼灸学校に通い始めたということですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
就職して5年目に学校に通い始めたんですが、昼間はそのまま医局秘書の仕事を続けて、履正社国際医療スポーツ専門学校の夜間部に行くことにしました。1期生で入学したんです。
実際に入学した後はいかがでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
それがハードで、仕事は月から金曜日、学校はさらに土曜日まであったので、なかなかしんどかったですね。日曜日しか休みがない生活を27歳から30歳までしていたので、今思うとホンマによく行ったなと思います。信じられないですね、当時の自分が。

母校の教員に。大学院に進んだ理由

卒業後も、秘書の仕事は続けたのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
専門学校を卒業したタイミングで兵庫医大を退職しました。たまたま近所のクリニックの漢方内科の受付募集を見つけて、漢方のことを知れていいかなと思って、軽い気持ちで面接に行ったら、電子カルテが入ったばかりで、「診察室で、患者さんと先生の話を電子カルテに入れていく仕事をしないか」と打診されたんです。先生の診療を見れるなんて面白いと思って。二つ返事で「よろしくお願いします」って言いましたね。仕事を始めたら、先生が「漢方で良くならない患者さんがいたら鍼やってみる?」と声をかけてくださり、カルテ入力の仕事をやりながら、時々鍼やお灸の施術をやらせていただくようになりました。
それは素敵な環境ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
すごく勉強になりましたし、良い時間を過ごさせていただきました。でも、治療に関しては学校だけで経験を積んだ状態なので自信がなくて、楽しいんだけどプレッシャーを感じる日々が続いていました。そんな時に、母校から「教員をやらないか」と声をかけていただいたんです。
母校の履正社国際医療スポーツ専門学校ですよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
そうです。「今、逃したらこんなことはもうないんじゃないかな」って思ったのと、ちょうど治療のプレッシャーを感じていたこともあって、その話に乗っからせていただくことに。教員補助をしながら教員養成課程に通って免許を取って、そのまま教員になりました。
教員になってからはいかがでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
最初は色んなことに必死でしたが、ちょっと慣れてきた時に、「私の教員としての特色は何なんや」と思うようになりました。それと元々兵庫医大で働いていたこともあって、結構医師の知り合いがいて、鍼灸のことを聞いてくれるような先生もいたんです。でも、そんなに親交のない先生に鍼灸の話をすると、民間資格って誤解されていたり、ちょっと胡散臭く見られていると感じたりすることがありました。「学位を取ったら医者ももっと真剣に話を聞いてくれるんじゃないか」と思うところがあって、明治国際医療大学の通信の大学院に行くことにしました。ここも、またもや1期生です。
1期生に縁がありますね。明治は1回だけ行ったことがあります。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
指導を担当していただいたのが矢野忠先生だったんです。通信制って言っても、1か月に1回はスクーリングで大学に行くわけなんですけど、矢野先生もなかなか忙しいので、まとめて日にちを取ったり、イレギュラーで通っていたりしていました。
矢野先生からどんな指導を受けていたのか気になります。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
矢野先生の研究室は、普通にキッチンとかあるんですね。冷蔵庫を開けるとお酒が入っていまして、1時間に1本の電車を待つ間、日本酒をチビチビやりながら、矢野先生の漫談タイムになるんです。それがもう面白くて。社会の中で、鍼灸はどういう位置づけなのか、社会に広げていくためにはどうしたらいいのかとか、そういう話がすごく刺さりました。今私が取り組んでいる調査研究につながるような、鍼灸師自体を社会学的な目線で見ていきたいと思ったきっかけは、この矢野先生の漫談タイムですね。

「もうひとつ上に行かなあかん」と博士課程へ

その後、修士は予定通り修了されたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
修士は無事に修了したんですけど、私を取り巻く環境は一切変わらなくて…。特に私の場合は、医師と話すと「修士じゃ全然お話にならないな」と思うような出来事が色々と重なったんですね。それで博士を取ろうと思うようになりました。でも鍼灸学博士だと私の場合はちょっと違うかな、と。他の医療者の方とか、社会一般に対してより影響を与えられるようになりたいと考えて、医学部の博士課程に進むことにしたんです。
博士課程では、どのような勉強をしようと考えたのですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
色々と調べてみたら、教員をしている私には医学教育学が合っていそうだなと。さらに医学教育学で大学院生を取るのは初めてで、また1期生。これは縁があるに違いないと思って、兵庫医科大学の医学教育学部に入らせていただきました。
また1期生。元々働いていた場所で学べるのも、強い縁を感じます。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
何とか入学できたものの、そこからは結構大変でした。「自分のテーマで好きにやっていいよ」っていうスタンスだったんですが、放任的だったので、さてどうしましょうみたいな感じになってしまいました。でも、周りで助けてくれる方がいて、なんやかんやあって、最終的には医学部で鍼灸の授業を持たせてもらうことになりました。「鍼灸の話をしていいよ」って4コマいただいて。そこで学生を対象におこなった調査をまとめることになったんですが、ものすごく時間がかかりました。医学部の博士課程って4年間なんですけど、学位を取るのに8年かかったんです。
諦めずに学位を取れたのは、何か秘訣があったんでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
「臨床疫学」っていう学問と出会ったのは大きかったですね。例えば同じ病気の人のデータを集めてくるとか、そういう感じの学問なんです。博士課程の途中で、AMEDから研究費用が配分されたことで、正式な研究員として兵庫医大で1回正式に就職したんですが、臨床疫学のデータ解析が得意な教室に在籍したので、そこで悪戦苦闘していた自分の調査研究の解析を、どうしたらいいのかがわかるようになったんです。数年止まっていたような研究を一気に動かすことができて、8年で博士課程終了になる直前で、何とか論文を書き上げギリギリで学位をもらえました。その研究室にいる間に博士をもらったので、翌年からは博士研究員っていう立場で、3年ぐらいお世話になりました。
博士論文は、医学部生にアンケートをした話をまとめた形ですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
医学部で補完代替療法という授業を担当していたんですが、鍼灸をどう思うか、補完代替療法をどう思うかとか、そういう意識調査を4年生の授業前と授業後にして、さらに2年後6年生になったときにもおこなったんです。その3点で比較をした結果をまとめたものになります。2年後に同じアンケートを取って、同じ人で解析するってなかなかできないんですよ。そういう点で評価してもらえて、何とか論文になった感じですね。アンケート調査って結構馬鹿にされやすい部分があるかもしれないんですけど、解析の仕方次第だと思っています。私はこの時にアンケート調査の面白さに味を占めて、しつこくずっと続けているところがありますね。
臨床疫学のノウハウを得て、最近も先生が取り組まれている働き方の満足度に関する調査につながる感じですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
そうですね。解析の仕方によっては、ちゃんと面白くアンケート調査の結果を示せるというのを、臨床疫学の教室で学びました。

アンケート調査で、鍼灸師のキャリアパスの研究を

3年間博士研究員として働かれた後も、兵庫医大でずっと研究を続けていた感じですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
研究費用の分配がなくなった時に、私の年度契約も終了になりまして…。仕事どうしようってなったら、もともと教員をしていた履正社がありがたいことに拾ってくれたんです。
履正社の専任教員に戻られたんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
はい、それで現在に至る感じです。履正社の事情もあったし、私のニーズもあって、3日専任という形で教員に戻りました。大学から完全に出てしまうと研究環境がなくなっちゃうと思って、ある研究室で研究の補助みたいな役職をもらって、今も兵庫医大に片足を突っ込んでいるような状態です。正社員として履正社で週3日、大学の研究室で週3日、週6で働いています。大学院では鍼灸師のキャリアパスの研究を続けています。
キャリアパスの研究をしようと思ったきっかけが気になります。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
履正社の方で、私はずっと学生の卒業研究の授業を担当しています。その授業で、何年か前の学生が、「鍼灸師のキャリアに関する何かをやりたい」って言い出しまして、「なんでやりたいか聞いたら、「どんな働き方があるのか、どんな働き方をしている人が機嫌よく続けているのかとか、そういうのを知りたい」ということだったんですね。そのときはあくまで学生の研究だったので、私はあまり介入せず、学生主体で500人分のアンケートを集めて解析したんです。その後、アンケート結果をもとにさらに解析を進めて全日本鍼灸学会の雑誌に投稿したのが、2025年の8月号に掲載していただいたものになります。学生が最初に作ったものを、私が論文化させてもらった形ですね。その時に、もっとこんな情報を取得していたら面白い結果を出せたんじゃないかと思う部分があって、その後の研究につながりました。
もっと欲しかった情報っていうのは、具体的にはどんなものだったんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
最初のものは、聞いた項目数が少なかったんです。満足度を聞いているものの、何に満足を感じているかまでは分からなくて。給料に満足しているのか、やりがい的な満足なのか、自由な働き方に満足しているのかとか、色んな満足があるよなって思って。あとは、鍼灸師の転職事情とか、鍼灸師になったときの想いとか、最初の仕事を選ぶ時にどんな視点で仕事先を決めたのかとか、そんな感じでどんどん質問項目が細かくなっていきました。
その細かな質問に対する回答を解析したわけですね。どんな傾向がわかっているのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
満足度にマイナス影響を大きく与えているのが、「年収300万円の壁」なんです。簡単に言うと、どんなにやりがいがあっても300万円は欲しいぜっていう結果になっています。
なるほど、なんともリアルな金額ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
桑原先生
桑原先生
リアルですよね。今回、働き方を7つに分けて解析したんです。ざっくり分類を説明すると、個人で開業している人、大きめの治療院を経営している人、治療院に勤務している人、教育研究機関に勤務している人、勤務と開業を掛け持ちしている人、勤務を掛け持ちしている人、働きながら通学している人という7つ。基本的に満足度に有意差さがなかったので、みんなそれなりに満足しているという結果になっていて、どの働き方の満足度が低いっていう傾向は見られませんでした。

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