「不眠症」と「うつ病に伴う不眠症」に対する鍼治療について、東京有明医療大学の松浦悠人(まつうらゆうと)先生の考察を紹介します。
今回の学びは、ユニコ×ハリトヒト。勉強会「睡眠障害と鍼灸~筋膜と自律神経と脳~」(2023年9月開催)のスピンオフ企画です。
講義の音声データからハリトヒト。編集部が対談形式の記事に仕上げました。
誰もが繰り返し学べるように……。
セミナーの常識を覆すハリトヒト。学び特別編です。
松浦 悠人(まつうら ゆうと)先生
略歴
2014年 東京有明医療大学 保健医療学部 鍼灸学科 卒業
2016年-現在 埼玉医科大学東洋医学科 施設派遣研修生を経て、同 非常勤職員
2019年 東京有明医療大学大学院 保健医療学研究科 博士後期課程 修了 博士(鍼灸学)
2019年 東京有明医療大学 保健医療学部 鍼灸学科 助手を経て、2021年より同 助教
【所属学会】
日本プライマリ・ケア連合学会
現代医療鍼灸臨床研究会
日本統合医療学会
日本自律神経学会
日本うつ病学会
日本東洋医学会
日本温泉気候物理医学会
全日本鍼灸学会
【学会活動】
現代医療鍼灸臨床研究会 広報委員
現代医療鍼灸臨床研究会 評議員
埼玉鍼灸学会 編集委員
全日本鍼灸学会 臨床情報部 エビデンス委員会
はじめに
おかげさまでユニコ×ハリトヒト。の勉強会は大好評でした。特に不眠症とうつ病に伴う不眠症に対する鍼治療の考察が興味深かったです。
ゆうすけ
松浦先生
ありがとうございます。「睡眠障害と鍼灸〜筋膜と自律神経と脳〜」というテーマをいただいて、何で絡められるだろうかと考えたら、僕の中では炎症だったんです。
実際の勉強会では、睡眠の基本的な知識から睡眠障害に関する鍼灸臨床についてまで、しっかり講義をしていただきました。今回は考察の部分のみを記事にさせてほしいのですが…。
ゆうすけ
松浦先生
いろんな鍼灸治療の考え方、流派とかテクニックがあると思いますので、あくまで僕がやっている鍼灸治療の考え方っていう前提でよろしくお願いします。
炎症サイトカインと睡眠の関係
大きなテーマは睡眠障害と鍼灸治療ですが、まずは「炎症」がキーワードになるんですよね。
ゆうすけ
松浦先生
最近では炎症サイトカインが睡眠に関係しているということがわかってきました※1。
たしか炎症サイトカインって、体に炎症を引き起こす物質のことですよね。
ゆうすけ
松浦先生
例えばインターロイキンとかTNF−αなどです。食事やストレス、体外からの病原菌とか病原体などがトリガーになり体の中で免疫反応を引き起こします。
その炎症サイトカインが睡眠にどう影響するんですか?
ゆうすけ
松浦先生
適量であればノンレム睡眠の質を高めるといわれています。これは深い眠りができるようになるということで、炎症サイトカインが睡眠を調整しています。
適量の炎症サイトカインはノンレム睡眠の質を高める。
ゆうすけ
松浦先生
過剰であればノンレム睡眠やレム睡眠の質が下がるといわれています。これは眠りが浅くなるということで、体は炎症状態に陥っているということです。
過剰な炎症サイトカインはノンレム睡眠やレム睡眠の質を下げる。
ゆうすけ
松浦先生
この炎症サイトカインが過剰な状態には、うつ病も含まれると考えられます。うつ病は脳の慢性炎症が病態のひとつです。このように理解すると「不眠症」と「うつ病に伴う不眠症」が整理しやすいと思います。
うつ病に伴う不眠症の患者さんには、どのような鍼灸治療が適していると考えられますか?
ゆうすけ
松浦先生
うつ病に伴う不眠症の場合は、炎症サイトカインが上がっていると考えられるので、鍼灸治療の目的は抗炎症になります。
うつ病を伴わない不眠症の患者さんはいかがですか?
ゆうすけ
松浦先生
うつ病を伴わない場合は、炎症性サイトカインが調節不全になっていると考えられるので、鍼灸治療の目的は免疫調節機能の改善になります。
炎症を軸に考えると、「不眠症」と「うつ病に伴う不眠症」では、鍼灸治療の目的が異なるのがポイントですね。
ゆうすけ
(作成:松浦悠人先生)
うつ病のスクリーニングとレッドフラッグ
松浦先生
最初に、その患者さんがうつ病かどうかという問題があります。2質問法といって「ここ1カ月間、気分が落ち込んだり、憂うつな気分になりましたか?」と、「ここ1カ月間、何をしても楽しくないと感じますか?」という、2つの質問をすることで、うつ病かどうかスクリーニングする方法があります。
「抑うつ気分」と「喜び・興味の消失」があれば、うつ病の可能性が高い。
ゆうすけ
松浦先生
その2つがうつ病の診断基準の中で中核的な症状になります。もちろん僕たち鍼灸師は診断することができませんが、気分は沈むし物事に興味が湧かない状態の時は、その患者さんはうつ病かもしれないと考えます。
「気分は落ち込むけど、楽しい時はある」とか、どちらかだけあてはまるケースはどうですか?
ゆうすけ
松浦先生
どちらか1個でもあてはまっている場合は、うつ病の可能性を考慮しなくてはいけません。それから、どちらもあてはまらない場合は、うつ病の可能性は低いと考えられますが、可能性を否定できたわけではないので注意が必要です。また、どちらかが当てはまるから必ずうつ病、というわけでもありません。
大きな2つの症状は理解できました。そのほかに何か特徴はあるでしょうか。
ゆうすけ
松浦先生
すごく多彩な症状を訴える方がいらっしゃいます。あちこち痛いとか、いろんな症状があるとか…。どれも曖昧な訴えになりがちなのが特徴です※2。
曖昧な訴えって例えば…?
ゆうすけ
松浦先生
「いつからですか?」「うーん」、「どこですか?」「ここら辺」みたいな曖昧さですね。あとは検査所見に比べて訴える症状が強いこともあります。すごく痛いって訴えるけど、可動域はフルだし、圧痛とか筋緊張などの目立った身体所見がないみたいな。
強い症状を訴えているんだけど、所見と一致しないケースですね。
ゆうすけ
松浦先生
はい。それはすごく重要な特徴かと思います。あとは血液検査とか画像検査とか、いわゆる現代医学的な検査をしても異常がなくて原因がわからないけど、ずっと長く症状が続いているのも、うつ病を疑う特徴になります。
原因不明の慢性症状がある場合も、うつ病の可能性を考慮する。
ゆうすけ
松浦先生
あと大前提になるのが、鍼灸治療をやって大丈夫かどうかです。注意が必要なうつ病患者さんは、鍼灸院だけで抱え込まないことが大切だと思います。
※注意が必要なうつ病
・自殺念慮や、自傷行為がある方
・二次的なうつ病(他の医学的疾患による抑うつ状態で、慢性的な身体症状や、他の精神疾患に随伴する場合)
・不安症状がかなり強い場合や、ずっとそわそわして焦燥感が強い方
・混合性うつ病(躁状態とうつ状態が一緒に出てくる自殺リスクが高い)
・精神病性障害(妄想とか幻覚幻聴のこと。いわゆる統合失調症のような症状)
※日本うつ病学会ガイドライン(2016)より抜粋し要約
・自殺念慮や、自傷行為がある方
・二次的なうつ病(他の医学的疾患による抑うつ状態で、慢性的な身体症状や、他の精神疾患に随伴する場合)
・不安症状がかなり強い場合や、ずっとそわそわして焦燥感が強い方
・混合性うつ病(躁状態とうつ状態が一緒に出てくる自殺リスクが高い)
・精神病性障害(妄想とか幻覚幻聴のこと。いわゆる統合失調症のような症状)
※日本うつ病学会ガイドライン(2016)より抜粋し要約
鍼灸院におけるうつ病のレッドフラッグですね。
ゆうすけ
うつ病に伴う不眠症の鍼治療
松浦先生
ちょっと話は変わるのですが、うつ病患者さんは迷走神経の活動が調節不全になっていると考えられています※3。研究によって迷走神経の過活動とか低下とか、一致しないところがありますが、迷走神経活動の低下が多いような印象があります。
うつ病患者さんの鍼灸治療は、迷走神経の活動もポイントになる。
ゆうすけ
松浦先生
そういうことです。だから、うつ病に伴う不眠症の患者さんに対する鍼灸治療は、さきほどお話しした「抗炎症」と「迷走神経活動の調節」が目標になります。
抗炎症作用と迷走神経の働きにアプローチする方法って、なにか鍼灸であるのでしょうか?
ゆうすけ
松浦先生
それが足三里への低強度の鍼通電療法です。簡単に説明すると、足三里に低強度の鍼通電をすることで、迷走神経副腎系を駆動させます。足三里への刺激は一度脳にいき、迷走神経の核を興奮させて副腎髄質までいきます。それによって副腎髄質からカテコールアミンが出ることで、抗炎症効果があるといわれています※4。
迷走神経に刺激ができて、同時に抗炎症作用が期待できるとは……驚きです。
ゆうすけ
松浦先生
ちなみに、天枢への高強度の鍼通電は、脊髄交感神経系を活動させて、ノルアドレナリンによって抗炎症または炎症促進を引き起こすといわれています。
鍼通電は部位と強度で効果が変わるってことですか?
ゆうすけ
松浦先生
部位と強さ、それから病態ですね。この3つに応じて、異なる自律神経の経路を駆動すると考えられています。そして全身性の炎症を調整していくことが最近の研究でわかってきています※5。
部位と強さと病態。
ゆうすけ
松浦先生
この研究では足三里(下肢)と天枢(体幹)が部位ですね。低強度(0.5mA)、高強度(3.0mA)が強さ。炎症を起こす前と、炎症を起こした状態が病態です。強い炎症が起きている時に天枢とか、足三里に対して強い刺激をすると、逆に炎症を促進してしまう可能性があるんですよ。
ドーゼとか補瀉につながりそうな話ですね。
ゆうすけ
松浦先生
なんとなく、うつ病とか不眠症の方に強い刺激はしたくないって感覚があるのかなと思うんですけど、それはわりと理にかなっているということですね。そして、足三里への低強度の鍼通電は、炎症前であっても炎症後であっても、抗炎症効果があることがわかっています。
NEXT:足三里への低強度鍼通電療法
1
2