法律業界には、「予防法務」という言葉があります。労働問題に詳しい弁護士の小笠原 憲介先生いわく、これは「ディフェンスできるように準備しておくこと」だとか。
鍼灸院を経営するとき、あるいは鍼灸師として雇用されるときにも、関係する法律があります。守らなくてはいけない法律や、適切な相談先を知っていればディフェンスにつながり、トラブルを事前に回避することができるかもしれません。
小笠原先生に、予防法務の考え方、弁護士との付き合い方、そして法律を知らないことで起こり得るリスクなどについて伺いました。
小笠原 憲介(おがさわら けんすけ)先生
【経歴】
・馬車道法律事務所 所属
・上智大学法学部国際関係法学科卒(早稲田大ロースクール卒)
【委員会】
・神奈川県弁護士会子どもの権利委員会委員
・神奈川県弁護士会高齢者障害者委員会委員
【弁護団】
・福島原発被害者支援かながわ弁護団
・マイナンバー訴訟弁護団
・医療問題弁護団
・過労死事件弁護団
・ブラック企業対策弁護団
・ジャパンライフ神奈川弁護団
・外国人労働弁護団
・馬車道法律事務所 所属
・上智大学法学部国際関係法学科卒(早稲田大ロースクール卒)
【委員会】
・神奈川県弁護士会子どもの権利委員会委員
・神奈川県弁護士会高齢者障害者委員会委員
【弁護団】
・福島原発被害者支援かながわ弁護団
・マイナンバー訴訟弁護団
・医療問題弁護団
・過労死事件弁護団
・ブラック企業対策弁護団
・ジャパンライフ神奈川弁護団
・外国人労働弁護団
鍼灸師を守る「予防法務」とは?
法律の世界には「予防法務」という言葉があって、これは鍼灸業界にも活かせるものだと聞きました。そもそもどのような考え方なのでしょうか。
タキザワ
小笠原先生
紛争を未然に防ぎ、紛争に備えディフェンスできるように準備をしておく、それが予防につながるということですね。リスクを事前に把握して、トラブルにならないようにしておく。あるいはトラブルになりそうな段階で、こちらに有利になるように準備をしておくことをいいます。
東洋医学の「未病を治す」にも通じる考え方のような…。たとえば鍼灸院だと、どんな場面で活かせるものでしょうか。
タキザワ
小笠原先生
例を挙げると、患者さんからのクレームを避けるために、事前の説明書や同意書を準備しておくことですね。それから従業員を雇用している鍼灸院では雇用契約書の締結や雇用契約上の法的な面、そのほかには鍼灸院の賃貸借契約書の取り決めなど、法的に適切な契約が取り交わされているか等が論点になると思います。
鍼灸院も、いろいろな契約の上に成り立っているんですよね。特に開業するとなると、大きなお金が動くことになります。事前に、各種契約書はきちんとチェックしておいた方がよいということですね。
タキザワ
小笠原先生
その通りです。たとえば賃貸借契約を結ぶ際には、借地借家法という大きな法律があるんですが、改正されることもあります。そういったことを踏まえないで契約書を取り交わしていると思いがけない落とし穴にはまってしまう。自分が期待しているディフェンスが適切に機能しないということが起こり得るんです。
実は私も鍼灸院の賃貸契約書を弁護士さんに見ていただいたときに、契約書の内容に対して、こちらから大家さんに交渉する選択肢があることを初めて知りました。契約は「する・しない」っていう二択だと思っていたんです。でも本来、契約はお互いの合意のもとに取り交わされるものなんだっていうのが、体験を通して腑に落ちましたね。
タキザワ
小笠原先生
そうなんです。契約はお互いの合意で取り交わすものなので、交渉することができます。
弁護士との付き合い方
私たち鍼灸師は、弁護士さんとどう付き合っていくと、より良い未来につなげることができるのでしょうか。
ツルタ
小笠原先生
弁護士との付き合いは本当はもっと敷居が低くて良いと思っています。最近は「ホームロイヤー」という言葉もあって、これは、かかりつけ医のように個人に弁護士がつくような発想のことなんです。より気軽に相談できるようになるといいなと思っています。
弁護士さんに相談したいと思ったらどのような窓口があるんですか。
ツルタ
小笠原先生
まずは各弁護士会ですね。東京は三会といって、東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会っていう3つの会があって、それぞれ分野ごとに相談の窓口があります。各分野の事件を多くやっている弁護士が各相談窓口で担当することが多いです。
また、市役所や区役所の法律相談窓口に弁護士が派遣される場合もあります。ほかには、弁護士事務所のホームページなどを見て相談する方法もありますが、相談料がバラバラで相談の敷居が高いかもしれないと思っています。
また、市役所や区役所の法律相談窓口に弁護士が派遣される場合もあります。ほかには、弁護士事務所のホームページなどを見て相談する方法もありますが、相談料がバラバラで相談の敷居が高いかもしれないと思っています。
弁護士会や市役所等の窓口だと、相談料は一律なんですか。
ツルタ
小笠原先生
一律で30分5,000円が多いです。もし相談窓口を利用する場合は、相談時間を有効に使うため、ある程度事前に必要な情報を整理し、資料などを準備していただくと良いです。相談時間内に、相談や疑問点に対する回答や、考えられる問題点を整理して回答を受ける必要がありますから。
短い時間でも、きちんと相談内容や事実を伝えられるように準備が必要ですね。
ツルタ
小笠原先生
たとえば契約のトラブルについての相談であれば、弁護士の方で契約書を確認して「この契約書だと、こういうことになりますね」って伝えやすいです。結構あるケースとして、契約を解除したいって伝えたらお金を請求されたみたいな相談です。実際に契約書を見せていただいて「契約書のこの条項を指摘して、相手方に伝えてみてください」とお話しして、実際に相手側が手を引いて、それっきりで終わったという例もあります。
悩み過ぎるよりまずは相談かも。関係する書類は全部持って行くぐらいがいいかもしれませんね。自分だけでは難しい問題に、アドバイスをもらえるのはありがたいです。
ツルタ
この契約は変だ、と思ったら相談を
私が聞いたケースなんですけど、鍼灸院の雇用契約書の中に3年以内に退職した場合には、数十万円を支払うという一文が入っていたそうなんです。雇用される立場で、この契約は変だなって思った場合はどうしたらいいんでしょうか。
タキザワ
小笠原先生
それこそ弁護士に相談することです。この場合、退職するときに違約金を取るのは、がっつり労働基準法違反なんですよ(労働基準法第16条)。違法なので、それ自体が無効になりますし、仮に払ってしまった場合でも取り戻すことができます。
ほかにも、退職後は半径2キロ以内で開業しないという一文が入っていたケースを聞いたことがあります。
タキザワ
小笠原先生
競業避止義務契約については、
⑴会社側の守るべき利益を踏まえて、競業避止義務の内容が目的に照らし合理性が認められるか
⑵当該労働者の地位
⑶地域的な限定の有無や範囲
⑷競業避止義務の期間
⑸禁止される競業行為の範囲
⑹代償措置(競業避止手当等)が講じられているか
などを踏まえて、法的に有効な契約であるか判断するため、半径2キロ以内という距離のみで無制限に禁止することは合理性を欠き無効となる可能性があります。
⑴会社側の守るべき利益を踏まえて、競業避止義務の内容が目的に照らし合理性が認められるか
⑵当該労働者の地位
⑶地域的な限定の有無や範囲
⑷競業避止義務の期間
⑸禁止される競業行為の範囲
⑹代償措置(競業避止手当等)が講じられているか
などを踏まえて、法的に有効な契約であるか判断するため、半径2キロ以内という距離のみで無制限に禁止することは合理性を欠き無効となる可能性があります。
すでに取り交わした契約でも、違法なら無効というのは案外知られていないかも。鍼灸業界ならではなのか知りませんが、独自の謎ルールみたいのが結構あるようですね……。先ほど労働基準法のお話が出てきましたが、これはそもそもどういう法律なんですか。
ツルタ
小笠原先生
労働条件の最低限の基準を規定し、労働者の雇用契約上の地位を守るための法律です。
労働基準法違反は労働基準監督署から監督を受けます、使用者は遵守しなければならない法律ですね。労働者側からすると、労働基準法違反について労基署に相談(申告)することもできます。
労働基準法違反は労働基準監督署から監督を受けます、使用者は遵守しなければならない法律ですね。労働者側からすると、労働基準法違反について労基署に相談(申告)することもできます。
知ることが、業界の改善につながるから
鍼灸院を開業して、雇用主になる鍼灸師も少なくありません。雇用する側として、どんなことに注意したらいいのでしょうか。
ツルタ
小笠原先生
健全な経営はもちろんのこと、良い労働環境で働いてもらうことの重要性については、意識して伝えていきたいですね。また、労働環境を備えることは結果的に経済的にも合理的なんです。
人手不足の解消や離職率の低下につながるので、採用や教育という面で合理的ですよね。それに、労働環境を軽視することは、思わぬ落とし穴があったりするのではないでしょうか。
ツルタ
小笠原先生
労働環境が悪いと、会社の社会的な信用を失うことにもなりかねません。労働災害のリスクもありますから、経営する側として適切な就労環境を整えることの重要性は、周知していく必要があると思っています。
個人事業主として雇用して小規模な院を運営していると、スタッフが有給休暇をきちんと取れてないケースもあると思うのですが……。
ゆうすけ
小笠原先生
年次有給休暇を付与する条件は法律で定められています。労働基準法内で正社員か否かを問わず、「雇い入れ日から6ヵ月継続して勤務し、全労働日の出勤率が8割以上出勤した労働者に対して」10日以上を付与しなければならないとされています。
短時間労働者も、週の所定労働日数と年間の所定労働日数に応じて、年次有給休暇の取得が定められています。また、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対しては、年間5日の有給休暇の取得が義務化されました。
短時間労働者も、週の所定労働日数と年間の所定労働日数に応じて、年次有給休暇の取得が定められています。また、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対しては、年間5日の有給休暇の取得が義務化されました。
やはり義務なんですよね。わかってはいるのですが、現実的に有給を取ってもらうのが厳しい場合、どう対処したらいいのか…。弁護士としての考えを聞きたいです。
ゆうすけ
小笠原先生
どのように取得していくのが適切かについては、各業界による部分もあると思いますが、「取得したいです」と労働者から言われたら、原則として取得させることが義務になっているのは間違いありません。従業員が指定した日に有給休暇を取らせることが「事業の正常な運営を妨げる場合」にのみ時季変更権により他の時季に有給休暇を与えることができます。
スタッフが少ない鍼灸院だと営業の観点から一斉に取得するのは難しいという課題はありそうですが、少なくとも休暇を取得できるよう努力はしないといけないってことですね。このケースも含めて、自院のルールが法律より優先されることはないっていうのは未病ポイントだと思いました。
どうしたら業界として労働環境を改善していけるのでしょうか。
どうしたら業界として労働環境を改善していけるのでしょうか。
ツルタ
小笠原先生
鍼灸業界の労働環境を良くしていくためには、使用者、労働者どちらに対しても、法律について周知していく必要があると思います。知ることが、今後の改善につながり、トラブルを未然に防ぐことになると信じています。