人はなぜ治るのか
■ アンドルー・ワイル(著)、上野 圭一(訳) ■ 日本教文社、増補改訂版(1993年) |
医療に依存しない自律的な健康運動は、第二次世界大戦の前や戦中の日本でとても盛んでした。
石塚左玄、二木謙三、桜沢如一などの玄米食療法や岡田式静坐法、肥田式健康法、西式健康法、自彊術、野口整体などが漢方、鍼灸とともに日本医学を呼号するナショナリズムの一翼を占めていました。
このうちいくつかは戦後に復活し、いまも活動を続けています。
また、七〇年代には、中国の「はだしの医者」運動の影響で、「自分の病気は自分で治す」を標語に鍼、灸、漢方を広める草の根の「身体自治」活動も行われ、その中から鍼灸師になった帯広の吉川正子さんのような人々もいました。
こういう時代の雰囲気のなかで、末尾に紹介する拙著『日本鍼灸へのまなざし』で触れた小倉重成医師の『自然治癒力を活かせ』(創元社、1973年)、橋本行生医師の『病気を直すのは誰か』(創元社、1974年)などの本も多くの読者を獲得しました。
そして、70年代後半から80年代になると、自然回帰を唱え農作業や食べ方を通して患者さんの生き方を変える養生医師たちが現れます。熊本の『鍬と聴診器』の著者、竹熊宜孝医師、三重県・赤目養生所の藤岡義孝医師、奈良の自然農法家で漢方家の川口由一氏、断食療法の甲田光雄医師などでした。
これら日本土着の自然主義医療、全人医療の潮流を前史として、1987年、統合医療を旗印に医師、看護師、鍼灸師などが結集し、ホリスティック医学協会が生まれたのです。
本書は、その3年前に鍼灸師、上野圭一氏によって翻訳され、協会設立のスプリングボードになった記念碑的名著です。
「私は読者が人間に生得の自然治癒力を正当に認め、現状に替わる新しい医学の方法を理解し、精神・身体・霊性の相互作用にかんするホリスティック(全体的)な思考を育んでいただくための一助として『人はなぜ治るのか』を書いた」(「日本の読者へ」から)
本書は抽象的な理論書ではありません。
医学校を出たての若い情熱的な医師が、正統派のテクノロジー医療にあきたらず、ひとが内に秘めた癒しの力を解放する医療を求め、スピリチュアルな精神性がもたらす治癒の謎を解くため、ホメオパシー、東洋医学、シャーマニズム、心霊治療など、さまざまなフィールドを巡った半自伝的な記録です。
世界中を歩き、無数の民族医療、オルタナティブ医療を見てきたワイル氏は、日本に何度も訪れていますが、わたしが取材したあるシンポジウムで、こう語りました。
「各種の民間療法の間にはお互いに矛盾する、全く逆の療法がある。それでも病気は治っている。医学は治癒力を外から注入するのでなく、人々に内在する治癒力を解放してやるだけだということがよく分かる」
鍼灸師は、ある決まった方法でなければ患者さんを治せないと、思い込んでいるかもしれません。
ワイル氏の立場は、逆です。もっと自由に考えないと患者さんの治癒力は解放されないと。本書は、私たちの硬いマニュアル頭を柔らかくしてくれるでしょう。
「鍼灸によって人はなぜ治るのか」を自分の体験から考察するための、プラセボ論を始めとする尽きない話題も詰まっています。ホリスティック医学の古典の名に値する本なのです。