「バランスを調整して人と人をつなげる」医療連携を/鍼灸師:蛯子 慶三

地域鍼灸院との連携構築に向けて

医療連携に関しては、東洋医学研究所と地域鍼灸院との連携にも取り組まれていますね。そもそも東洋医学研究所はどのような施設なのですか。
ツルタ
ツルタ
蛯子先生
蛯子先生
漢方外来(保険)と鍼灸外来(自費)をもつ東洋医学の臨床施設として1992年に開設され、初代教授の代田先生、第2代教授の佐藤先生、第3代教授の伊藤隆先生の指導のもとで発展を遂げてきました。現在は、第4代教授に就任した木村容子先生のもとでさまざまな取り組みが行われています。大学病院の中ではなく独立した施設として存在する、全国にみても珍しい医科大学附属施設なんです。
漢方外来と鍼灸外来のそれぞれの外来の特徴を教えてください
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
漢方外来は診察室が7ブースあり、22名の医師(常勤医師7名、非常勤医師15名)が漢方診療を行っています。鍼灸外来は施術室が6ブースあり7名の鍼灸師(常勤鍼灸師1名、非常勤鍼灸師6名)が鍼灸治療を行っています。昨年度の年間受診数は、漢方外来は約3万人、鍼灸外来は約4千人となっています。
多くの患者さんが受診しているのですね。地域鍼灸院との連携はいつから始まったのですか
ツルタ
ツルタ
蛯子先生
蛯子先生
約10年前から伊藤先生の指導のもとで、地域鍼灸院との連携構築に向けた取り組みを始めました。はじめは知り合いの学外の鍼灸師に声をかけ、東洋医学研究所内で毎月開催する漢方と鍼灸の合同の勉強会に参加してもらうところからスタートしました。
そのような交流の場があったのですね。他にどのような取り組みをしていますか。
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
東洋医学研究所から紹介できる鍼灸師のリストを作成しています。勉強会に参加してもらった学外の鍼灸師を中心に30名ほどの鍼灸師が掲載されています。
なぜ紹介できる鍼灸師リストを作ろうと…?
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
東洋医学研究所の医師にアンケートした際、外勤先の医療機関で鍼灸治療を希望する患者さんがいたとき、紹介できる鍼灸院がないという医師が多かったんです。それに東洋医学研究所には遠方からみえる患者さんも多くて、自宅近くの鍼灸院を紹介できたらと思うことがよくあったので。
実際の利用状況はどうですか。
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
2017年2月より運用を開始して、年間平均で40〜50人の患者さんが東洋医学研究所からの紹介で地域鍼灸院を受診していることが確認できています。実際は、リストに掲載していない鍼灸院に紹介することもよくあるので、それらも含めると紹介数はかなり多いことが把握できました。

患者さんを抱え込まないことが大事

東洋医学研究所から地域鍼灸院への紹介だけでは、一方通行になりませんか。
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
もちろん逆のパターンもあります。鍼灸治療を受ける患者さんのなかには漢方を希望する方が一定数いますから。地域鍼灸院から東洋医学研究所の漢方外来を紹介できるシステム作りを、木村先生の指導のもとで始めたんです。
どのようなシステムですか。
ツルタ
ツルタ
蛯子先生
蛯子先生
紹介状フォーマットを作成して、東洋医学研究所のホームページからダウンロードできるようにし、鍼灸師であれば誰でも利用できるようにしました。担当医師は、紹介状フォーマットを用いて紹介された患者さんが来た際、鍼灸治療はそのまま地域鍼灸院で継続するように案内しています。

「地域鍼灸院から東洋医学研究所漢方外来への紹介状フォーマット」

紹介状フォーマットの利用状況はいかがですか。
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
2020年9月から運用を開始して、利用者数は年間平均で6人ほどです。学会や職能団体を通じて本システムについて周知しているのですが、まだまだ利用者は少ないのが現状です。
紹介は、具体的にどういったケースを想定しているのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
蛯子先生
蛯子先生
先ほど話したように、鍼灸治療を受けている患者さんが漢方を希望されるケースですね。僕は鍼灸治療のみで効果がみられない場合にも、治療の選択肢のひとつとして漢方を提案するようにしています。紹介する際は、併設する鍼灸外来からも、この紹介状フォーマットを用いて紹介するようにしています。
たしかに、患者さん自身が漢方を希望されるケースはあると思います。
ツルタ
ツルタ
蛯子先生
蛯子先生
それと「鍼灸師が患者さんを一人で抱え込まない」ことも大切だと思っていて、心配な時は紹介するようにしています。漢方外来は医療機関ですから一通りの検査ができるんです。採血・採尿検査、超音波検査(腹部、甲状腺、頸動脈など)、心電図、骨密度検査などを実施することもできるので。
特に開業鍼灸師は孤独だったりするので、とてもありがたい仕組みと言えそうですね。
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
「ちょっと一人でみていて心配だな」っていう時に、紹介できる医療機関があるだけで、鍼灸師にとっては救われる部分があります。漢方外来の医師は、漢方専門医の他にさまざまな分野の専門医資格をもっているので、患者さんの症状によっては医師を指定して紹介状を書くこともあります。

「漢方外来の医師プロフィール」

東洋医学研究所の漢方外来と連携できるのは心強いですね。
ツルタ
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蛯子先生
蛯子先生
自分で言うのも何ですが、鍼灸師にとっては画期的なシステムだと思っています。もちろん自院から紹介できる医療機関があれば、そちらに紹介できるとよいと思いますが、医療機関と連携している鍼灸院は少ないのではないでしょうか。
実際はやっぱり「かかりつけ医に行ってください」とか「○○科を受診するといいですよ」とか、患者の意思に任せる形で離しちゃうケースがかなり多いと思うんです。もしくは抱え込んでしまうか、だと思うんですよ。「紹介状を書いて渡す」のは、すごく誠実ですね。
ツルタ
ツルタ
蛯子先生
蛯子先生
紹介状を介して誠実さは伝わると思います。
そうは言っても、医師に紹介状を書くなんてハードルが高いと感じる鍼灸師は多いと思いますが…。
ツルタ
ツルタ
蛯子先生
蛯子先生
よくわかります。ただ紹介状の記載内容に医師が求めたものは、難しい専門用語の記載ではありません。依頼する症状と紹介理由を、わかりやすく記載してもらえれば大丈夫です。
それこそ紹介状フォーマットを利用してやりとりを繰り返していく中で、メリットを実感してもらい、信頼関係を築いていけると素晴らしいんだけど。

「医療連携」で地味な役割を担っていく

医療連携における目標というか、こうなるといいなっていうのはありますか。
タキザワ
タキザワ
蛯子先生
蛯子先生
顔面神経麻痺のように、ある疾患において医師との連携を図るには高い専門性を持つ鍼灸師の養成、エビデンスの蓄積が必要ですから、それこそ大変です。少なくとも現代医学的な治療や検査、評価方法について学ぶところから始めないと、鍼灸の信頼性はどんどん失われていくと思います。
診療ガイドラインに鍼灸に関する記載が増えても、それに対応できる鍼灸師が増えないままでは、むしろまずいってことですか?
タキザワ
タキザワ
蛯子先生
蛯子先生
そう思います。一方で、漢方専門医との連携は、東洋医学という同じ概念を用いている分、流派の違いはあれども共通認識は得られやすい面があります。僕は、鍼灸師が医療連携にかかわるには、漢方専門医との連携が不可欠と考えているんです。
鍼灸院に来る患者さんは漢方に興味があることも多いので、「よろしければ紹介できますよ」って一声かけると、自院の信頼につながることもあります。
それでも地域鍼灸院との連携は順調とまではいっていないようですが、今後の展望はありますか。
タキザワ
タキザワ
蛯子先生
蛯子先生
約10年間、地域鍼灸院との連携に取り組んできて、学会や職能団体を通じて情報発信も続けてきたつもりでしたが、今回取材を受けて、まだまだ周知できていないことに気付かされました。
今回のインタビュー記事をみて、関心をもつ鍼灸師が増えるといいですね。
タキザワ
タキザワ
蛯子先生
蛯子先生
はい、そう思います。東洋医学研究所の診療スタイル、つまり医療機関(保険)と鍼灸院(自費)との連携は、地域において医療機関と鍼灸院が連携する際のモデルケースにもなり得ると考えているんです。将来的には、それそれの地域でニーズに応じた連携が構築できるようになるといいなと。
なるほど。確かにそうなるといいですね。
タキザワ
タキザワ
蛯子先生
蛯子先生
実は取り組みを続ける中で、医師と鍼灸師が連携を始めた地域もでてきているんです。このようなケースはまだ少ないですが。
前進はしていますね。
タキザワ
タキザワ
蛯子先生
蛯子先生
最後は「人と人がつながる」ことが大切ですから。そこまでいけば、あとはその地域のニーズに応じた連携方法があると思うので、役目は果たせたかなと。
「医療連携」ってキレイな四文字熟語ですけど、いざ実行しようとするとすごく地味な取り組みなんですね。
タキザワ
タキザワ
蛯子先生
蛯子先生
地味ですよ。サッカーをしていたときも、僕は本当に目立たないポジションだったんです。守備的ミッドフィルダーって言って、今で言うボランチと呼ばれるポジション。グラウンド全体をみて、いいポジションにいる選手を早く見つけてパスを繋いだり、人が足りていないスペースを早く見つけて穴埋めしたりするんです。「バランスを調整して人と人をつなげる」今もそんな役割を担っている気がします。

【記事担当】
取材 = ゆうすけタキザワツルタ
撮影 = ツルタ
文    = なるみさわ
編集 = くちやまだ

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>>> 蛯子先生の選んだ本はコチラ(本編の翌週公開予定)。

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