「知らないこと」が損失につながる。そんな人を減らしたい/東京商工会議所:山本 紘之さん

開業時の資金繰りの相談にも対応

私たちもハリトヒト。鍼灸院の移転にあたっては内装費などの融資が必要になったんですが、借金を作ることに対して若干恐怖感がありました。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
そうだと思います。
皆さんやっぱり毎月返済金額を口座から引き落とされることへの恐怖ってありますよね。でも貴社のようにお店の移転があって内装費を支払わなければいけないというのは、活きたお金の使い方なので、何も問題ないと思います。鍼灸院を開業される方から「自己資金がなければ開業できないの?」とご質問をいただくことがあります。確かに一定程度ないと難しいというのが、回答になります。0では厳しいです。
0資金は難しいのか……。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
例えば、日本政策金融公庫さんからお金を借りる場合ですと、一定程度自己資金を用意したうえで、足りない部分を創業資金として借りるのは有効だと思います。
また、特定創業支援を受けた証明書を取得した上で、区役所(市役所)と地域の金融機関が連携して実施する創業融資を活用するなど、公の制度を使うケースがあるかと思います。その場合には、金利が実は公庫より低かったり、信用保証協会の保証料が補助されたり、優遇されることがあります。
創業時は、創業の計画書で融資の審査が受けられる特別な時期なんです。創業時に適切なお金を借りる場合は、金利等のコストを小さくできる可能性があります。後になって足りないからといって借りるよりも、よっぽど良い条件といえます。創業時によく考えて、必要な金額を借りるようにしていただいた方が、1年後の自分に良いパスを渡せると思います。
そう考えると、やっぱり開業するぞって思い立った時から相談しておくといいんでしょうね。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
なんとなく開業しようかなぐらいのタイミングで、セミナーなどに参加して情報収集を始めていただくと良いと思います。中には区役所(市役所)のセミナーの受講が特定創業支援等事業の要件になっているところもあります。

廃業ではなく、のれんを引き継ぐ選択肢も

鍼灸師って、専門職であるがゆえに自分の作った鍼灸師像を大事にしすぎると、なんというか世間からズレていくのを感じることがあるんです。だから、鍼灸師ではなくて「普通の人」がいいって思う鍼灸院の方が、開業当初はうまくいく傾向があると思うんですよね。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
自信があると「これだけ素晴らしい技術を提供しているから、お客が来ないはずがない」と思うことがあるかもしれませんね。老舗のお店には、「のれん(ブランド価値)に対する信頼感」があるところも多いと思います。
すでに成功している先生の力っていうのは、「のれん込み」だぞっていうことを、新規参入者は理解しないといけないかもしれませんね。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
新規参入者の方には0から開業するのではなくて、のれんのあるお店を引き継ぐという選択肢も、ちょっと考えていただくと良いと思います。鍼灸師の方は明確な引退や定年退職がある業界ではないと思いますが、例えば実力ある年配の鍼灸師の方の鍼灸院に、弟子入りして数年後に引き継がせてもらうのは、1つの選択肢になるかもしれないですね。
それは多分業界としてはやっていきたいんだけど、上手くできていないことだと思います。そもそも事業承継って、どんな風に進めていくのがいいのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
まず覚えていただきたいのは、公的な機関でいろいろな相談や紹介ができるということです。
M&Aにはトラブルも多いです。東京商工会議所には事業承継・引継ぎ支援センターがあり、ご相談いただけます。他にも例えば、ここまで話題にのぼっている日本政策金融公庫さんでは、「事業承継マッチング支援」もおこなっているんです。
マッチングをやってくれるんですね。知らなかったです。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
すでに鍼灸院を経営されている方でも、例えば都内以外に店を出すときに、この支援を活用して、0から開店するのではなく辞めてしまいそうなお店を引き継ぎたいっていう相談も“あり”なんですよ。
公庫がそんな対応もしていたなんて…。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
事業承継・引継ぎ支援センターや「事業承継マッチング支援」へのご相談は無料です。事業を売りたい方も譲り受けたい方も、相談することができるんです。ただ廃業してしまうのはもったいないと思います。
たぶん自分の鍼灸院が売れると思ってない人が多いんですよね。辞めるときは、あとは地域の他の鍼灸院さんよろしくね、みたいな。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
のれんを考えると、個人名が入っていない鍼灸院であれば、そのまま使えますよね。ただ院長が変わりますっていうだけなので。
最初の何カ月間かは一緒にやるという、引き継ぎ期間を設けるケースもあるんでしょうか。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
それは条件次第ですね。ある飲食店の話をご紹介すると、代表が高齢で事業の譲渡・引継ぎをご希望されたところ、有名なお店だったので事業を買いたいという人がたくさん出てきたそうです。それは良いことだったんですが、お金の話ばかりになってしまって、最後には代表の方が嫌になってしまったんです。 
なるほど。大事なのはお金じゃないっていう…。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
代表が悩んでいる時に、たまたま食べに来ている常連の方がいらっしゃったんです。ほかの会社の役員をされていて、代表が困っているのを横で見ていらしたんですね。そしたら「俺やろうか」っておっしゃったそうなんです。代表も「この人だったら毎週来ているので、うちの味がわかる。安心だ」ということで、すぐに決まったそうです。金額ではなくて、お店の味を守ってくれることが一番の条件だったんですね。このケースでは、引継ぎの後も前代表がアルバイトとして勤務していらっしゃいます。
その店主の気持ち、わかるかも。この人だったらうちのお店を託そうかなって思ったんでしょうね。職人気質の鍼灸師ほど、同じように思うかもしれません。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
鍼灸院って統計的には開業数も増えていますが、一方で辞める数も若干増えてきているんですよね。これから開業する方が、そういうご縁につながったらいいですよね。

商工会議所を信頼できる相談先のひとつに

商工会議所は公益性があり、長い歴史で培った信頼性があるところなんですね。やっぱり続いているところは、存在価値が認められているところなんだなと。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
古くからあるというのもあって、一定の存在理由はあるのかなと思います。
加入の手続きはWEBからできますよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
東京商工会議所ではWEBまたは、紙の申込書でご入会可能です。月に一度の常議員会で承認されるため、正式なご入会までは1カ月程度かかります。場所によって入会のルールは異なるため、所在地の商工会議所についてお問い合わせいただくと良いと思います。
相談はオンラインでもできますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
オンラインの経営相談にも対応している場合もありますので、所在地の商工会議所についてお問い合わせいただくと良いと思いますが、できれば直接会う機会を持っていただくと良いと思います。お会いするとお話しできる情報も多くなるでしょう。
ここまでで商工会議所の魅力はお伺いできたかなと思うんですが、山本さんご自身がお仕事で大切にされていることがあれば、知りたいです。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
経営指導員としては、最初はほかの区の担当として配属されました。そこで、コロナ禍の相談対応経験をしたことが、今にすごく活きていると思っています。
当時は朝早めに事務所に出社した時点で、多い日は相談者の方が数十人ぐらい並んでいたことがありました。その時にいろんな方がご相談にいらっしゃいました。全員の意に沿うお話ができず、胸ぐらをつかまれることもありましたし、泣き出す方もいました。
特に個人事業主の方は、ご自分の人生と事業が一体なので、本当に真剣なんです。「あと1日早く来てくれれば良かったのに」と思うこともたくさんありました。そのような経験を経て、相談時には、1回しかお会いでいないかもしれないと思って、知っている限りのことをお伝えしようと思っています。
仕事と人生の結びつきを、すごく大切にしてくれることが伝わってきました。相談する側の信頼感にもつながると思います。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
商工会議所の仕事をして15年以上になりますが、ビジネス環境の変化がどんどん早くなり、それについていく経営者の皆さまは「すごい」と常に感じています。一方で変わらぬお悩みもあり、身近に対等な立場で相談できる方がいないなどの理由で、孤独を抱えている方も多くいらっしゃるようです。
不安や、どうしたらいいかわからないことがありましたら、ぜひ信頼できそうなところへご相談してみてください。「早く知っておけば良かった」ということもたくさんあるかもしれません。相談先として、私たち商工会議所を選んでいただければ嬉しいですし、そうなるように今後も経営指導員のひとりとして頑張りたいと思っています。 

※本記事は2026年3月末までの期間限定公開です

東京商工会議所公式サイト https://www.tokyo-cci.or.jp/
【記事担当】
取材 =ゆうすけタキザワツルタ
撮影 = ツルタ
文    = なるみさわ
>>> 山本さんの選んだ本はコチラ(本編の翌週公開予定)。
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