お灸のこれまでとこれからの話/鍼灸師・医学博士:三村 直巳
ヒートショックプロテインの働き
次は、ヒートショックプロテイン(HSP)について紹介します。細胞が熱、化学物質、虚血などのストレスにさらされると発現が上昇して細胞を保護するタンパク質の一群で、1974年に初めて報告されました。分子量によりHsp10、Hsp40、Hsp60、Hsp70、Hsp90、Hsp104、Hsp110など種類があります。
プロテインって、いわゆるタンパク質のことですよね。このヒートショックプロテインとタンパク質はどのように理解したらいいですか。
タンパク質は、遺伝子・DNAに決められた通りにアミノ酸を鎖のように結合して(100個以上結合したものをタンパク質といいます)、各々のタンパク質に特有の立体構造を作ります。タンパク質としての機能が決まる立体構造づくりから、各場所への運搬、分解に際して、付き人的な介添え役(シャペロンと呼ぶ)を務めているのが、ヒートショックプロテインです。
何らかの原因によって酵素などの各種タンパク質の構造が歪んだり崩れたりして、正常に機能しなくなった時に、ヒートショックプロテインが増加して傷ついたタンパク質を修復することで細胞を守ろうとします。また、壊れたタンパク質を細胞内に残しておくと病気などの原因になるため、そのタンパク質を分解したり、意図的に細胞死(アポトーシス)させて処理したりする役目を果たしているのもヒートショックプロテインです。
細胞を守る重要な働きを担っているということですか。
ヒートショックプロテインは、各種タンパク質の誕生から分解に付き添いながら、ストレスや傷害が起きた時には、タンパク質の防御役・処理係として出動し、細胞保護・修復の効率を高めることで、疾患や傷の回復・治癒のスピードを速めているわけです。
すごい。このヒートショックプロテインとお灸には、どのような関係があるのでしょうか。
HSPは施灸で増加することが報告されています。例えば、1989年明治鍼灸大学の小林先生らがラットの臀部に10mg×10壮の施灸をしたところ、3時間後の筋組織にHSP70が発現したことを報告しています13)。海外文献においてもHSP70が胃粘膜のアポトーシスを抑制することや内臓痛の発現を抑制するという報告も出ています14)15)。
温浴施設でお風呂に入るとヒートショックプロテインが増えるというようなポスターを見たことがあるのですが…。
そうなんです。HSP70は入浴でも発現することが知られていますので、入浴などによる全身性の保温と経穴などの限定箇所に行う灸刺激との相違について検討する必要があります。
温かい温度刺激が皮膚の創傷治癒や皮膚バリア機能に影響を与える可能性
次に、熱傷を生じる直接灸ではなく、温かい温度刺激を与える間接灸が皮膚の組織に与える影響について着目していきます。
第2回の『お灸と温度の話』で紹介してくれた、温かい温度を感受するTRPチャネルが関係するのでしょうか。
はい。温度感受性TRPチャネルのうち、TRPV3(活性化温度閾値は32~39℃以上)とTRPV4(活性化温度閾値27~35℃以上)は皮膚での発現が多いことについても以前お話しました。
そうでした。これらの温かい温度を感受するTRPチャネルはどのような働きをするのですか。
近年、TRPV3がCl-チャネルであるANO1の活性化を介して、表皮細胞の増殖・移動を促進することがわかってきました。同じ表皮細胞にはTRPV3とともにANO1が発現していて、TRPV3を刺激するとCl-に由来する電流が流れます。ANO1の働きを阻害する薬剤を投与すると、表皮細胞の動きが遅くなり、増殖も抑制されます。
つまりTRPV3には、どのような働きがあるのでしょうか。
まとめると、TRPV3はともに発現しているANO1を活性化してCl-が細胞内へ流入することが、表皮細胞による傷の修復に重要と考えられています16)。
このことから、温かい温度の灸刺激をした場合、TRPV3を介してANO1を活性化させて創傷治癒を促進するかもしれないと推測することができます。
実際、臨床において治癒した後の傷痕や手術痕に糸状灸を行うと比較的きれいに目立たなくなる効果があることを私も感じています。糸状灸は通常チクッとした熱感がありますが、同時に周囲から温かい輻射熱も入りますので、むしろ輻射熱の刺激が良かったのかもしれません。
TRPチャネルの活性化温度閾値でお灸の作用を推測するのは、とても興味深いです。
そうですね。ちなみに活性化したTRPV4は、表皮細胞において皮膚バリア機能を担うタイトジャンクションの形成を促進することなどが明らかになっており、寒い冬などに皮膚が乾燥肌を起こす理由の一つとして考えられています17)。
27~35℃の刺激でTRPV4を活性化することが、皮膚バリア機能を促進する。
このことから、乾燥肌、アトピー性皮膚炎など皮膚バリア機能が低下している場合には、温かい温度による灸刺激が有効である可能性があります。
アトピー性皮膚炎の灸治療について詳しく教えて頂けますか。
アトピー性皮膚炎の治療では、私は越石式灸法の糸状灸を用いていますが、皮膚に擦過傷がみられて滲出液などの炎症がひどい場合には一分燃やして押し消しして、チクッとした刺激を与えています。
糸状灸とはいえ、押し消す際にチクッとした刺激があるので、温度はかなり高いのではありませんか。
この刺激は55度を超えますので、神経線維に発現しているTRPV1(活性化温度閾値43℃以上)やTRPV2(活性化温度閾値52℃以上)を主に刺激して神経を介した機序により痒みが抑制されたり、局所の抗炎症作用が発揮されると感じています。
越石式灸法には、糸状灸を一分で挟んで消すやり方もありますよね。どのように使い分けているのでしょうか。
冬などに皮膚がカサカサして乾燥しているタイプの場合、糸状灸を一分燃やして挟んで消す方法を用いています。今思うとこの刺激は40度前後の輻射熱による刺激になりますので、TRPV4やTRPV3を介して皮膚バリア機能や皮膚組織の修復に寄与していたのではないかと感じています。
世代・領域を超えたお灸の広がり・課題
全4回ありがとうございました。最後にこの「お灸の話」シリーズのまとめとしてお話ししていただきたいです。
お灸がお年寄り向けという認識は古くなりつつあります。以前は嫌煙されていた20~30代の女性にも支持層が広がっており、「お灸女子」という言葉が生まれました。あるお灸メーカーが銀座にお灸のショールームを開設してお灸教室を開いていますが、予約が先まで埋まっていると聞いています。現在市販されているお灸のデザインも若い女性向けのエレガントなものが増えています。
たしかに若い女性からの支持が、近年広がっているように感じます。デザインやイメージの部分以外はいかがですか。
女性が特有に抱えている月経関連の症状、冷え性などは灸の有用性が高いのも関係すると感じています。また、女性に最大に関心が高い美容領域にも貢献できると考えています。
美容領域のお灸って、どのような施術をするのですか。
私は禁灸部位とされている顔面部にも施灸をおこなうのですが、直後効果から浮腫が改善されて発色が良くなります。翌日以降は、皮膚の肌理が整って化粧乗りがよくなります。これは、先ほど解説したTRPV3やTRPV4を介した皮膚への効果の他、血流促進による代謝産物の排出、マクロファージなどの免疫担当細胞の活性化などの効果であると考えています。
高度なテクニックと注意を要する部分がありますので、教育を受けて習熟することが必要です。また、鍼治療と比較して、ゆっくり作用して持続効果が高いのが特徴だと思いますので、今後ますます美容分野で着目されていくと考えています。
このようなお灸の広がりには、どのような要因があるのでしょうか。
若い女性に支持され、さらに一般のセルフケアに応用されるようになってきた経緯としては、お灸の主流が有痕灸から無痕灸にシフトしてきたことが背景にあると思います。また、ヨーロッパの方々向けのセミナーでは、訴訟社会であるので患者に灸痕をつけることが厳しい、灸痕を残さない灸や心地よい灸についてぜひ習いたいという意見を伺いました。
日本でも灸痕をつけることは厳しくなりそうです。そして心地よいお灸のニーズは増えているように感じます。
今回のテーマは、皮膚を燃焼させることによる組織的な変化についてでしたが、現代の灸の果たすべき役割としては、どちらかというと、温熱刺激による生体反応の方が期待されているように感じますね。
温度刺激だけに着目するなら、電子温灸器はいかがでしょうか。
温度を簡便に設定できますので、便利に使用できることが利点です。病院や家庭など、煙を嫌煙する環境での有用性が高まっています。しかしながら、モグサで据えるお灸の温度曲線を電子温灸器で正確に反映させることはまだできていません。
電子温灸器とお灸だと、どう温度曲線が違うのですか。
透熱灸であっても、直下の伝導熱に加えて周囲から入る輻射熱が加わります。また、捻るモグサの大きさと硬さを変え、緩和法など手で温熱刺激の量も細かく調節することができます。そのことが心地よい感覚につながり、患者に安心感を与えると考えております。
「お灸の話」の結びとして、なにかメッセージをお願いします。
温度受容器としてのTRPチャネルの発見から、ますます温熱刺激と生体反応の関係が着目されています。これまで灸の効果がどのようにして起こるのか謎だった部分が推測できるようになり、今後研究分野で解明されることが期待されています。世界に目を向けると、モグサを小さく捻って行う灸はほぼ日本でしかおこなわれていませんので、日本の研究者によって解明することが求められています。同時に臨床家の先生においてはより多くのモグサを捻って頂き、日本が誇る優れたお灸文化を進化させながらも伝承していくことを願っております。
1) 谷寶抱 : 国家医学会雑誌, 337 : 65-87, 1915
2) 谷寶抱 : 国家医学会雑誌, 346 : 557-78, 1915
3) 原志免太郎 : 福岡医科大学雑誌, 22(2) : 35-61, 1929
4) 太田峻二 : 日本微生物学病理学雑誌, 24(4) : 853-874, 1930
5) 太田峻二 : 日本微生物学病理学雑誌, 24(4) : 876-886, 1930
6) 渡辺四郎 : 十全会雑, 38(7): 2324-2349, 1933
7) 沖野勝治 : 岡山医科大学雑誌, 50(1) : 142-46, 1937
8) 沖野勝治 : 岡山医科大学雑誌, 49(12) : 2419-24, 1937
9) 松尾均 : 明治東洋医学院第1回 学術大会学会誌 : 40 -41, 1972
10)倉林譲 : 麻酔, 26(3) : 349-349 , 1977
11) 校條由紀 ほか : 解剖学雑誌, 77(1) : 7-15, 2002
12) 松熊賢三ら. 全日本鍼灸学会誌, 58(1) : 41-49, 2008
13) 小林和子. 全日本鍼灸学会誌, 39(3) : 338-41, 1989
14) Zou W. et al., Acupunct Med, 34(2): 114-19 (2016)
15) Yu J, et al., J Tradit Chin Med. 2013; 33(2): 258-61
16) Yu Yamanoi, et al., Commun Biol. 6(1): 88 (2023)
17) N kida, et al. Pflugers. Arch., 463(5), 715-25 (2012)
文 = 三村 直巳
編集=
ツルタ
撮影=
タキザワ・ツルタ
(2024.10.21公開)