血液脳関門に鍼灸刺激が与える影響について/鍼灸師・博士(鍼灸学):山﨑 翼

今回の学びは「血液脳関門(BBB)」がテーマです。
鍼灸刺激が血液脳関門に与える影響から「鍼灸治療と薬物療法の関係性」や「自然治癒力」について考察します。

執筆は、予防医学としての鍼灸治療の有効性を研究されている明治国際医療大学講師の山﨑翼先生にお願いしました。

いただいた原稿を、ハリトヒト。編集部が対談形式に再構成しています。

山﨑 翼(やまざき たすく)先生

2005年3月 明治鍼灸大学 鍼灸学部 卒業
2010年3月 明治国際医療大学大学院 博士後期課程 修了 鍼灸学博士
2010年4月 明治国際医療大学 博士研究員
2010年11月 明治国際医療大学 保健・老年鍼灸学講座 助教
2017年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 助教
2019年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 講師
2022年4月 明治国際医療大学 大学院鍼灸学研究科鍼灸学専攻専攻長補佐(現在に至る)

鍼の刺激が血液脳関門の透過性を高める

山﨑先生
山﨑先生
鍼灸に関する科学論文を若手鍼灸師や鍼灸学生などに分かりやすく解説するということで、今回は2020年に発表された非常に興味深い論文を紹介します。
論文って読んでみたくてもなかなか手が伸びなくて…今回は解説していただけるということで楽しみです。
タキザワ
タキザワ
山﨑先生
山﨑先生
タイトルは「Specific Frequency Electroacupuncture Stimulation Transiently Enhances the Permeability of the Blood-Brain Barrier and Induces Tight Junction Changes」。意訳すると「特定の周波数の鍼通電刺激は一時的に血液脳関門の透過性を高める」になると思います。
血液脳関門ってたしか脳のバリア機能ですよね。そんなところにまで鍼の刺激が関与するって驚きです。そして血液脳関門の透過性が高まるとどんな効果があるのかとても気になります。
タキザワ
タキザワ

鍼治療で薬が脳へ届く量が変化しているかもしれない

山﨑先生
山﨑先生
これまで、特にうつ病に関する鍼刺激のシステマティック・レビューでは、抗うつ薬と鍼刺激の併用が最も有効であることが示されてきていて、現在ではこの考えが一般的になりつつあります。
「うつ病の標準治療に鍼治療を加えると改善度が高い」という話はよく聞くようになりましたね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
なぜ併用がより高い有効性を示すのかについては明らかではありませんが、1つの仮説として、薬効成分が脳へ届く量が鍼治療によって変化するのではないか、ということが多くの鍼灸師や研究者によって考察されています。今回ご紹介する論文は、その仮説に対する1つの答えになるのではないかと思います。
鍼刺激で血液脳関門の透過性が高まることで薬が効きやすくなっている可能性があるってことですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
ただ、今回ご紹介する論文は動物実験であり、通電頻度や通電時間から考えても、すぐに患者さんに実践することは難しい段階ではあります。
動物とヒトでは違いますものね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
しかしながら、広い意味では鍼刺激が中枢に影響を与えることを明らかにした報告なので、Aのツボに刺すとAの効果、Bの場所に刺すとBの効果が発現する、というだけでは説明できなかった鍼灸の効果を明らかにする一助になると思われます。

同じ治療点がさまざまな症状に効く理由

山﨑先生
山﨑先生
「ツボの効能の特異性」や「ツボとはなにか」は非常に深いテーマであり、測定技術が進んだ現在でも明らかでない部分が多くあります。
鍼灸師なら誰もが一度は考えることだと思います。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
過去には光明穴が特異的に眼循環を向上させる1)ことや、膀胱経や華佗夾脊穴がある脊柱起立筋に刺激をすることで、そこにある交感神経が刺激され自律神経が調節される、など部分的な報告や考察がされていますが、まだまだ未解明のことが多くあります。そのような中で、近年では耳のツボや耳鍼が非常に流行しており、論文数が急増しています。
耳鍼って、実際のところどうなのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
耳鍼の論文を読んでいく中で不可解だったのは、どのような症状であっても治療方法がほとんど同じケースが多かったことでした。心的外傷後ストレス障害、禁煙、依存症、慢性痛など、ジャンルが異なるさまざまな症状に対して、多くの文献が同じ場所に刺激して有効性を示していました。こうなるとツボの意味や意義が余計にわからなくなります。
耳への鍼がさまざまな症状に効くとされる…。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
考察していく中で、「耳鍼を含めた鍼灸治療の一部では、中枢神経に影響を与えてさまざまな効果を引き起こしているのではないか」という考えに至りました。
特定の刺激がいろいろな症状に効くのは、中枢という大元に作用しているからだと考えたわけですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
そして、中枢神経に鍼が影響を与える機序の1つとして、血液脳関門の透過性の変化があるのではないかと思ったのです。実際、持続的なストレスによって血液脳関門の機能が低下する2)ことも明らかにされつつあって、精神との関連も示されてきているんですよ。
血液脳関門の機能低下がストレスで起きるとなると、より鍼刺激との関連が気になりますね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
鍼刺激がヒトの中枢神経系に影響して効果を発現していると考察できる論文は少なくありません。
そうなってくると、「人の脳は、同じ刺激でも精神状態や体調によって血液脳関門の透過性を変化させ、それによって最適な状態に自分を勝手に近づける、必要な物質を透過させて体調を整えているのではないか」と、本当に飛躍した発想かと思いますが、人間のいわゆる自然治癒力に大きな可能性を抱きます。

BBBの透過性の変化は治療効果に影響しているかもしれない

山﨑先生
山﨑先生
昔から、同じ薬や同じ施術をしても、信頼している先生から出された薬や施術のほうが効く、ということはよく聞かれますよね。また、信頼している医療者の顔を見たり、治療院のドアをくぐるだけで体が軽くなる、といったこともよく見聞きします。
ありますよね。それらはプラセボ効果としてネガティブに語られることが多いような気がします。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
これまでは一種の「プラセボ(思い込み)」として片付けられていましたが、もしかすると、人は自分の気持ち次第で血液脳関門の透過性を変化させ、それは実際の治療効果にも影響しているのではないかとも思われます。
プラセボをむしろ有益な効果と捉えていく。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
そのように考えていくと、患者と治療者の信頼関係や治療環境、治療院全体の雰囲気などを含め、治療効果は非常に総合的なものである可能性があります。
鍼灸治療の効果を最大限に出すには、鍼や灸による物理的な刺激以外の部分も大切になってくるのではってことですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
極論的にはどこに鍼をしても、それをどのように受け止めるかは患者さん自身が決める部分があるのかもしれません。まさに患者さんと「気を合わせる」ことの重要性が科学的にも明らかにされつつあり、さらには自分の健康は患者自身の心が決める部分があるのかもしれません。
気の交流というか、鍼灸師が患者さんの心に影響して健康に寄与する面もかなりあるのかなって思います。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
まさに、貝原益軒のいう「自然治癒力への信頼」が証明されつつあるのかもしれません。大変飛躍した考えですが、人体の不思議や大きな可能性を感じます。興味を持った方は、紹介した論文を是非ご一読くださいね。

 

【参考文献】
Shanshan Zhang , Peng Gong , Jiangsong Zhang , Xuqing Mao , Yibin Zhao , Hao Wang , Lin Gan , Xianming Lin.
Specific Frequency Electroacupuncture Stimulation Transiently Enhances the Permeability of the Blood-Brain Barrier and Induces Tight Junction Changes.Front Neurosci. 2020 Oct, Volume 14.
1)水上 まゆみ, 矢野 忠, 山田 潤.光明穴鍼刺激の眼循環動態に及ぼす影響.
日本温泉気候物理医学会雑誌,68巻4号, p.231-240.2005.
2)Hitomi Matsuno, Shoko Tsuchimine, Kazunori O’Hashi, Kazuhisa Sakai, Kotaro Hattori, Shinsuke Hidese, Shingo Nakajima, Shuichi Chiba, Aya Yoshimura, Noriko Fukuzato, Mayumi Kando, Megumi Tatsumi, Shintaro Ogawa, Noritaka Ichinohe , Hiroshi Kunugi, Kazuhiro Sohya.Association between vascular endothelial growth factor-mediated blood-brain barrier dysfunction and stress-induced depression.Molecular Psychiatry,27(9),3822-3832,2022.
文:山﨑 翼
編集:サイトウ
撮影:ツルタ
(2025.8.27公開)
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