タダシい学びのハジメ方(中編)/鍼灸師:矢野 忠・中根 一

ツボについての、ツボをついたお話


中根:ぼくたちは鍼灸師になるための教育の中で、たとえば「婦人科疾患には三陰交を使え」という具合に、特定の疾患を治すためのスイッチのように学ぶわけですが、矢野先生はツボについて、どういったお考えをお持ちですか?

矢野:ううんと…。こうも簡単に質問されますけれど…、難しいですね…。

中根:ですよね(笑)。

矢野:ツボについての、ツボをついたお話はなかなかできないですね(笑)。

中根:なるほど(笑)。

矢野:ツボは…そうですね、ツボについて、どのように捉えるか、ですよね。

これも多様な捉え方があっていいのではないかと思います。そもそも体表にはいろんなものが映し出されますよね。ツボもそのひとつなのではないですかね。

ツボというのは、日常会話の中でよく使われるように「ポイント」という意味を持っています。鍼灸臨床では、診察上のポイント、治療上のポイントとして、日常「ツボ」と表現しています。しかも、我々鍼灸師の「ツボ」というのは、限局的なものではなくて、ツボとツボの「つながり」を想定したうえでの「ツボ」であり、それが経絡と経穴として認識されています。

経穴を刺激すると全身のどこに伝わるのか、それを示したものが経絡系統ということになります。

ツボに関して面白い点は、症状や効果、陰陽、五行、部位等に関する観点から経穴の名前が付けられているところなのですが、経穴名について教えられる機会は少ないようです。中国、日本は漢字の国ですから、経穴名には意味が含まれているはずなのです。ちなみに西洋諸国では、経穴を記号で覚えています。たとえば「三陰交」はSP6というように。

しかし、三陰交は表記の通り、足の三陰経が交わるという経穴です。すなわち、交会穴であることから三経脈の変調を調える効能があることを示します。また、中府は肺経の募穴で重要な経穴です。「中」は当たるという意味、「府」は大阪府、京都府のように大勢の人が集まるところを府といったように、肺経の気が集まる、あるいは邪気が集まるということから、中府は肺経の重要な経穴であることを示します。

このように経穴の字義を理解することは、経穴を理解する上で大切なことです。それを機械的に経穴を覚え込ませる教育は、経穴の本質を損なう危険性を孕んでいます。

一方、経絡については、「陰陽十一脈灸経」でも「足臂十一灸経」でも、経脈は十一経でしたが、やがて十二経脈に整理されます。面白いことに「陰陽十一脈灸経」では、肩脈、歯脈、耳脈といったように効果の及ぶ部位の名前が付けられています。それに対して「足臂十一灸経」では、手と足に三陰三陽を配した経脈名になっています。このことから経脈は最初から陰陽を以って名付けられていたものではないことがわかります。

現在の経脈名は、陰陽の過不足によって、太陽経や少陽経、太陰経や少陰経脈といったように整理され、最終的には手足の三陰三陽となり、十二経脈が完成しています。

「経脈があるのかどうか」というお話で言いますと…、最近の研究では、韓国から「新ボンハン学説」に関する論文が発表されています。ソウル大学のSoh教授らの「primo vascular system(原始脈管系:血管系、リンパ系、神経系を統合したもの)」です。また、株式会社 資生堂研究所の傳田 光洋(でんだ みつひろ)先生らは、ケラチノサイトのギャップ結合による情報伝達を実験的に検証しています。わかりやすく言えば、体表に生体情報を伝達する仕組みがあるということです。傳田先生は、経絡の解明に繋がるものと提唱されています。

いずれにしても、神経系と体液系による生体情報の伝達システム以外に、新たな伝達系が存在する可能性を示唆する研究です。いずれも経絡を仮説とし、それを検証する研究として捉えることができます。ツボ刺激が単に限局的刺激にとどまらずに、遠隔部につながる機序が科学的にも説明ができるようになってくるものと楽しみにしています。

現段階では、今、紹介したようなあたりまで研究が進んでいますので、中根先生が経絡経穴系の実体とその機序を研究され、それを解明されれば日本の何番目かのノーベル賞受賞者になれるのではと…。

中根:矢野先生、ぼくが研究者タイプではないと、よくご存知ではないですか(笑)。

矢野:ふふふ(笑)。

中根:いまのお話を踏まえてお尋ねすると…、ぼくたちは施術の補瀉を働きかけるポイントとしてツボの作用ばかりを意識してしまうんですけれども、刺激の入力と伝達についてもう少し視野を広げると、アプローチの手段が広がるのではないかと?

矢野:これもまぁ非常に難しいお話ですが…。非常に限局的にツボにこだわる先生もいらっしゃいますし、広い意味として捉える先生もいらっしゃる。ただ、体表をどういうふうに捉えるかによって、ツボにこだわるか、こだわらないかが分かれてくるのではないかと思ったりします。

どういうことかというと、体表には我々が考えている以上にさまざまな情報をキャッチする受容体(リセプター)、いわゆるセンサーがいっぱいある。わたしは、表皮はセンサーのシートではないかと思っています。

たとえば、今日は暑いですよね。そういった暑さや寒さを感じるのも表皮だし、2万ヘルツ以上の音だって表皮はキャッチするんです。更に青や赤のような七色の電磁波もキャッチしていることが最近の研究ではわかってきた。色や光を判別するのです。異物侵入を監視したりもします。

そういったさまざまな働きを持つ表皮をどのように捉えるか、表皮が有するさまざまな機能を効果的に引き出すポイントがあるのかどうか。あるとすればそれが「ツボ」ではないかと想像を豊かにすることができます。実際、受容体の分布は均一ではありません。深さも異なります。

これまで、ツボを探索する指標として、体表や体壁所見を重視してきました。皮膚のザラツキ、湿り気、温度、緊張度、圧痛、硬結など、近年では電気抵抗、トリガーポイントなど多様な経穴現象により、ツボを確定しようとしてきました。臨床的には、この手法は変わることはないでしょう。

先ほども言いましたように、体表(表皮)は、外界情報をキャッチするセンサーのシートです。外界との情報交流は、体表を介して行われます。いわば体表はインターフェースの役割を担っています。これによって身心の健康が維持されています。東洋医学では、「気の交流」と捉えています。その体表の部位が孔とし、孔穴、すなわちツボなのです。

ツボを知らない人からみると、鍼はどこに刺しても同じようなものに見えるかもしれませんが、長い歴史のなかで、日々臨床試験を行い、丹念に調べあげ、そのことを通して臨床的に主要な経穴を要穴とし、病態にあった定石のツボ、組み合わせを創り上げ、後世に伝えたものと思われます。

あれ? …どうもツボを外したツボの話になったようですね(照)。

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