鍼灸を探究し続けることで人生をずっと楽しめる/鍼灸師:樽井 智彦

「ケガや病気をしたときに、鍼灸に助けられたから」。そんな理由で鍼灸師になったという人は少なくありません。
そんな中、鍼灸を受けたこともなければ、どんなものか見たこともない。
けれども東洋医学への関心が抑えきれずに、鍼灸専門学校の門を叩き、免許取得後は開業して経絡治療を実践しながら、京都のラグジュアリーホテルで富裕層相手にも鍼灸をおこなう――。
そんな異色の経歴を持つのが、樽井智彦(たるい ともひこ)先生です。はたしてどんな道のりだったのでしょうか。

樽井智彦(たるい ともひこ)先生

略歴
1990年 高知県生まれ
2012年 日本健康医療専門学校鍼灸科 卒業
2014年 東京医療専門学校教員養成科 卒業
2014年〜2018年 京都医健専門学校 鍼灸科講師
2017年〜 太子道鍼療院 開業
2021年〜2024年 ソティスウェスティン都ホテル京都にて鍼灸メニューを担当
2024年〜 Social Meridian 往鍼プロジェクトメンバー
所属
経絡治療学会 関西支部
日本鍼灸師会、京都府鍼灸師会

図書館の本から東洋医学の世界へいざなわれた

鍼灸師になろうと思ったきっかけを教えてください。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
高校2年生のときに図書館で「鍼灸」や「東洋医学」という言葉を知って、興味を持ったのがきっかけですね。共感してもらえるかどうかは不安なんですが…。

どんな本で鍼灸を知ったのですか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
竹村文近先生の『はり100本 鍼灸で甦る身体』(新潮新書)です。チベットや海外の辺境の地に鍼とお灸だけを持っていって現地の人を治すということを、竹村先生がライフワークとしていると知りました。無医村で竹村先生が神様扱いされて帰してもらえなくなるところだった、というエピソードが印象的でした。

なるほど、『はり100本』がきっかけでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
実はもう1冊、寄金丈嗣先生の『ツボに訊け!―鍼灸の底力』(ちくま新書)もきっかけで、寄金先生の本には「一本の鍼で心を込めて一穴一穴治療する人もいれば~」と書いてあったんです。でも竹村先生の本は『鍼100本』なんで、だからよくわからなくて「鍼灸って面白いなあ」と。

たしか有名進学校の出身でしたよね。当時はどんな高校生活を送っていましたか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
高校2年生の一時期から学校には行かず、ひたすら映画を観たり、本を読んだりしていました。将来の目標がなければ、勉強する意味がないなと…。そのうち何か心惹かれるものに出会えるんじゃないかと思っていた時期でした。

それが東洋医学だったんですね。どんな点に惹かれたのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
鍼灸を始めとした東洋医学や気の「自分が死ぬまで絶対に解明されないであろう」というところに惹かれました。鍼灸を探究し続けることで、人生をずっと楽しめると考えたんです。

環境からすると大学進学が当たり前ですよね。周囲の期待もあったと思います。かなり思い切った進路を選びましたよね。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
当時の行動を振り返ると、勉強自体は楽しいと思っていたので、探求できる何かを探していたんだと思います。それが鍼灸や東洋医学の世界だったんです。

鍼を受けたこともなかったということですか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
なかったですね。専門学校で最初に実技の授業を受けたときに「そっか、鍼を打つのか」と思って焦ったくらいです。「東洋医学って面白そうだな」という興味からこの業界に入ったので、鍼を打つ責任とかも考えると「治療する覚悟」ができていませんでした。

学生時代に経絡治療に夢中になる

実際に鍼灸の専門学校に入学してみて、東洋医学の勉強はどうでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
学科長がベテランのスポーツトレーナーで、かつ、現代医学的な鍼ではなくて、古典的な鍼を実践していたので、刺激的でしたね。質問して返ってくる答えが予想外のものばかり。まさに「これこれ!」と感激して、ひたすら楽しかったです。

求めていた「東洋医学のわからなさ」があったと。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
クラスメイトも高校とは違って多彩で、看護師もいれば、薬剤師、医師、カイロプラクター、あマ指師もいました。それぞれの視点が興味深くて学生生活に飽きることがなかったです。興味のない科目や苦手な科目も特になかったですね。

経絡治療学会を知ったのは学生時代ですか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
2年生の時に経絡治療学会の夏期大学の噂を聞いて、実際に参加してから、経絡治療にハマりました。夏期大学は年に1回しかないので、学校の授業以外の時間は、経絡治療学会の教科書をひたすら読んでいましたね。

経絡治療学会の教科書はどんなことが書かれているのですか?
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
経絡治療の教科書には「基礎編」「臨床編」「経穴編」の3冊があるのですが、まずは基礎編を読み込みました。「五臓の病証」と「五臓の体質」の考え方をなんとか理解したいと思ったんです。というのも、夏期大学で講師に脈診をしてもらったときに「今、特に悪いところないでしょう」と言われて、感動したんですよね。

悪いところを指摘されたのではなくて。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
そうなんです。自分はすごい猫背なんですけど、子どもの頃から周囲に指摘されすぎて、もう嫌になっていて…。だから脈を診てもらったときに、姿勢がどうこうじゃなくて「どこも悪くないよね。でもお腹が弱いと思うから、こういうことに気をつけてね」という体質を踏まえた治療と養生指導を受けて「経絡治療はすごいな」と。これまでで一番感動した瞬間かもしれません。

なるほど。病ではなく人を診るですね。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
「おおむね健康である」と言ってもらったうえで「でもこういう体質だから、こんな習慣をつけてみたら」と背中を押されたら、毎日が生き生きと過ごせそうじゃないですか。自分もそんなふうに患者さんを勇気付けたいなと思いました。

いつも実践を意識して経絡治療の習得を目指す

夏期大学以外では、経絡治療をどうやって学んできたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
経絡治療学会の教科書の最後のページに臨床例が載っていて「背中に施鍼して、お腹に打って、手足に打って、頭に打つ…」というような流れが書いてあります。学校の授業が終わると、協力してくれると友達と一緒に、その臨床の流れを毎日練習しました。

毎日はすごい。そこまでやろうとした理由は何かあるんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
教科書をいくら読んでもわからないところがあるからこそ、手が先に動くようになりたいなと思ったんです。ツボの感覚を得たり、脈診を習得したりするには時間がかかると聞いていたので、練習のスタートは早いほうがいいと思って。

実践しないとわかるようにならない領域があると、早いうちから感じていたんですね。卒業後は教員養成科に進んでいますが、どんな理由からだったんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
「わからないことだらけだから、もっと学びたい」という気持ちからです。経絡治療学会会長の岡田明三先生が講師で来ていると知って、呉竹学園に進むことに決めました。臨床が毎日できるというのも決め手になりましたね。

教員養成科に行ってみて、どうでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
臨床の思い出が強烈に残っています。カルテを3種類も出すんですよ。もし月曜日から金曜日まで6人担当したとしたら、経絡治療と中医学そして現代医学のカルテを2枚ずつ出すことになります。

3種類の鍼灸をそれぞれやらせるってスパルタですね。あえて混ぜさせないのか。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
中医学のカルテなら四文字熟語で病証を書かなきゃいけないし、現代鍼灸のカルテは神経や筋肉など刺鍼した部位を記載しなければなりません。一番難しいのが経絡治療で、脈診の表を書かないといけない。なまじ勉強していることは、かえって難しいという発見がありました。でも楽しかったですね。

経絡治療以外のスタイルでやるのも、楽しかったんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ

樽井先生
樽井先生
中医学や現代鍼灸をやってみると、自分の足りないところはもちろんですが、長所も際立つんですよね。強みがよりクリアになるといいますか…。
例えば、中医学では、鍼管なしで撚鍼法を使って刺しますが、それができるようになれば、経絡治療で細い鍼を使って管鍼法で打ったときに、より痛くない刺し方ができるようになるんですよ。

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