京都にある「烏丸いとう鍼灸院」 は、泌尿器科疾患に特化した専門鍼灸院です。
院長である伊藤 千展(いとう ちひろ)先生が、泌尿器科疾患に対する鍼灸治療の効果を知ったのが、鍼灸大学に通っていた頃のこと。「排尿の問題に鍼っていけるんや」と驚いたとか。
大学院で専門的に学んだ後は、研究者ではなく開業鍼灸師として生きていくことを決意。「臨床で患者さんの症状を改善していきたい」という思いが、そこにはありました。
そんな伊藤先生に、泌尿器科疾患を専門にしたきっかけから、専門鍼灸院を運営する難しさ、そして今後の目標までお話を伺いました。
伊藤 千展(いとう ちひろ)先生
略歴
2010年 明治国際医療大学 鍼灸学部卒
2012年 明治国際医療大学大学院 鍼灸学研究科 博士前期課程 修了
2013年 明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室(泌尿器科分野)研修 修了
職歴
2009-2020年 中安外科クリニック リハビリテーション科
2012-2015年 泌尿器科上田クリニック
2013-2014年 国際東洋医療鍼灸学院 鍼灸学科 非常勤講師
現職
2015年〜 烏丸いとう鍼灸院
2021年〜 明治東洋医学院専門学校 鍼灸学科 非常勤講師
学会
全日本鍼灸学会
日本排尿機能学会
2010年 明治国際医療大学 鍼灸学部卒
2012年 明治国際医療大学大学院 鍼灸学研究科 博士前期課程 修了
2013年 明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室(泌尿器科分野)研修 修了
職歴
2009-2020年 中安外科クリニック リハビリテーション科
2012-2015年 泌尿器科上田クリニック
2013-2014年 国際東洋医療鍼灸学院 鍼灸学科 非常勤講師
現職
2015年〜 烏丸いとう鍼灸院
2021年〜 明治東洋医学院専門学校 鍼灸学科 非常勤講師
学会
全日本鍼灸学会
日本排尿機能学会
鍼との衝撃的な出会いが進路を変えた
伊藤先生は、泌尿器科疾患を専門にされていますよね。ご専門のお話は後ほどじっくりお伺いするとして……。なぜ鍼灸師を志したのか、きっかけを教えてください。
ツルタ
伊藤先生
そもそものきっかけは、サッカーでした。小学2年生から始めて、高校まで10年以上、プロのサッカー選手を目指してサッカー1本に取り組んでいたんですよ。
そうだったんですね! 高校を卒業する頃もプロを目指されていたんですか。
ツルタ
伊藤先生
目指し続けることが自分への義理といいますか…。これしかやったことがなかったので、自然に大学もサッカーで進もうと思っていました。でも高校2年のある日、プレー中にケガをしてしまったことが転機になります。
どのようなケガですか。
ツルタ
伊藤先生
腸脛靭帯炎だったんですけど、もう痛くて痛くて。試合前には整形外科で毎回ステロイド注射を打ってもらっていました。でもすぐに再発してしまって、にっちもさっちもいかんという状態で…。
試合のたびに注射ってなると、大変ですね。
ツルタ
伊藤先生
幸い部活動が盛んな高校に通っていたので、同級生にバスケ部や陸上部の友達もいました。ケガのことを知った同級生から「結構効いたから、鍼やってみたら」とすすめてもらいました。
それが運命の出会いになったわけですね。実際に受けてみて効果はいかがでしたか。
ツルタ
伊藤先生
それがまた抜群に効いて。3回ぐらい通った時点で、完全に再発しなくなっちゃったんです。衝撃的でしたね。この出来事がきっかけになって、一気に方向転換しました。進路をガラッと変えて、京都にある明治国際医療大学に進むことにしたんです。
高校生でその体験をしたら、さぞ衝撃的だったでしょうね。進路まで変わった。
ツルタ
伊藤先生
わずかな可能性に賭けてプロを目指すのもいいけど…これは必死になれるものを見つけたかも…と思いました。そこから鍼灸師の道に進むことになりました。
「排尿の問題に鍼っていけるんや」
鍼灸大学では、どんな学生生活を送られたんですか。
ツルタ
伊藤先生
自身の経験から「怪我に悩んでいる選手の力になりたい」という想いが強かったですね。学部生時代は、フットサルチームやサッカーチームに行って、テーピングを巻かせてもらったり、ライセンスを取ってからは治療させてもらったりしていました。
泌尿器科疾患に対する鍼治療に出会ったのも、大学時代ですよね。
ツルタ
伊藤先生
大学3年生の終わりぐらいですかね。臨床系の授業が増えてきた時に北小路博司先生や本城久司先生の泌尿器科学の授業を受けたんです。「排尿の問題に鍼っていけるんや」という驚きがありました。スポーツ鍼灸から、ガラッと方向転換しましたね。
そこまで影響を受けた先生の授業って、どんな感じなんですか。
ツルタ
伊藤先生
両先生の授業はもちろん、惹きつけるパワーがスゴいんですけど、客観的なデータをちゃんと示してくれたので説得力が大きかったのだと思います。附属鍼灸センターでは本城先生の専門外来があって、過活動膀胱や間質性膀胱炎の患者さんへの治療を、実際に見せてもらえた経験も大きかったですね。
データの上でも改善がわかるって、モチベーションになりますよね。
ツルタ
伊藤先生
カルテを遡って見ていくと、痛みが取れていって、おしっこをちゃんと溜めれて頻尿が改善していくプロセスが明確で、感動しました。
忘れられない膀胱がん患者への治療
その後は、大学院に進まれたんですよね。どんなことを学ばれたんですか。
ツルタ
伊藤先生
明治の大学院修士課程の臨床コースに進みました。僕の入った当時は、1年目は附属病院の各診療科を全部回って、外来患者さんがどうやって入院に至って、手術して、退院されていくのかを1年間かけて総合的に勉強するんです。2年目になってから、1対1で指導教員に付いて自分の専門領域をより深めていくという内容になっていました。
いよいよ専門領域になる泌尿器科に進まれたわけですが、印象的だった出来事はありますか。
ツルタ
伊藤先生
大学院2年目の時です。かなりシビアな状態の膀胱がんの患者さんが、初めて病棟で担当する患者さんでした。恐る恐る2寸の8番で中髎穴に鍼をしたことは今でも忘れられません。
シビアな状態とは…?
ツルタ
伊藤先生
もともと膀胱の上皮内がんで筋層にまで浸潤している患者さんでした。肺やリンパ節にも転移していて、手術もできないし、抗がん剤治療も拒否されていました。痛み止めも効かなくて、病室に行ったら膀胱の痛みでのたうち回っていて…。
その痛みって、どういうメカニズムで起きるのでしょうか。
ツルタ
伊藤先生
多くの膀胱がんでは痛みが出ることは稀なんです。ですが上皮内がんでは、粘膜の下に這うように拡がるので、知覚神経が刺激されやすいと考えられています。さらに尿が溜まった時の膀胱の伸展が刺激になるので、一定の尿が溜まると痛みを感じてしまうんです。そういった意味では、現在、取り組んでいる間質性膀胱炎とも、痛みの機序は似ている点があります。
なるほど。そういう痛みの仕組みなんですね。
ツルタ
伊藤先生
泌尿器科の主治医から「鍼でどうにかならんか」って緩和ケア目的に相談を受けて、本城先生の指導のもと治療にあたらせてもらえることになりました。
効果はどうでしたか。
ツルタ
伊藤先生
それが翌朝の回診に行った時に「めちゃくちゃ痛みが取れた」って言われたんですよ。1回の治療で劇的に痛みが取れたので、そこから毎日、患者さんの病室に行って鍼治療を続けていたら、痛みがどんどん取れていきました。
それは嬉しいですね。
ツルタ
伊藤先生
患者さんもご家族もすごく安心されました。最初はおしっこが50mLしか溜められず、1日に何十回と排尿に行くような状態だったんです。それが、痛みが取れたことによって排尿の間隔も長くなり、最終的には退院できて日常の生活に戻れたんですよ。もちろん、膀胱がんが治ったわけではないのですが、緩和ケア領域での鍼の可能性を感じた貴重な経験でした。それがきっかけになり、同様の症状が出る間質性膀胱炎にも、鍼は役立てるのではないか。強くそう思うようになり、現在に繋がっています。
専門性を打ち出すことの難しさ
大学院を卒業後に開業されたのは、どんなきっかけがあったんですか。
ツルタ
伊藤先生
いろんな道を模索したのですが、京都市内で泌尿器科クリニックを開業されている上田朋宏先生と本城先生が元々懇意にされていたこともあり、つなげていただくことができました。上田先生は間質性膀胱炎の世界的な研究者で、日本国内でも指折りの先生なんです。難治例の患者さんに鍼治療を併用していこうという感じで連携が始まりました。
医鍼連携といっても、さまざまな連携のやり方がありますよね。
ツルタ
伊藤先生
最初は院内で、週に1~2日程やらせてもらっていたんです。ただ患者さんが増えてきちゃうと、院内で治療していくのが難しくなっていって。それで、クリニックのすぐ隣のビルに一室借りて、鍼灸院を完全に独立して開いたんです。
提携クリニックの隣に独立開業って、すぐに軌道に乗りそうな印象がありますが…。
ツルタ
伊藤先生
いえいえ、安定するまでは結構時間がかかっています。なので、泌尿器科疾患の治療1本でやっていたわけじゃないんです。クリニックのリハビリテーション科や、鍼灸専門学校での非常勤講師など、2~3足のわらじを行ったり来たりみたいな……。泌尿器科の鍼灸院だと浸透するまでにけっこう時間はかかりました。
ところで、間質性膀胱炎の患者さん以外だと、どんな疾患の方が来院されているんですか。
ツルタ
伊藤先生
最近特に増えてきたのが、慢性前立腺炎(非細菌性)ですね。この病気は根治が難しく、薬物治療だけでコントロールできない患者さんが多いので、鍼灸の需要がかなりあるんですよ。当院には、間質性膀胱炎と同数ぐらい慢性前立腺炎の患者さんがいらしています。
かなり需要があるんですね。症状としては、どういうものが多いんですか。
ツルタ
伊藤先生
間質性膀胱炎も慢性前立腺炎も、症状がすごく似ているんですよ。頻尿はもちろんですが、会陰部、尿道、肛門といった陰部神経の領域や骨盤帯に広く痛みが出ます。これから泌尿器科の領域で、鍼灸治療が本格的に推奨されるものとして可能性が高いのが慢性前立腺炎だと考えています。
慢性前立腺炎に鍼灸治療はどのくらい有効とされているんですか。
ツルタ
伊藤先生
国内には、この疾患単独の診療ガイドラインはないんですけど、欧州泌尿器科学会(EAU)の現行の慢性骨盤痛症候群 診療ガイドラインでは慢性前立腺炎において、鍼治療の推奨度はStrong、エビデンスレベルは1Aに位置付けられています。
そんなに認められているとは…。
ツルタ
伊藤先生
僕もこの診療ガイドラインを見たときに「こんな推奨度ついてるの!?」って驚きました。でもいろいろ臨床研究を調べると、薬物治療やシャム鍼との比較でもやっぱり良い結果がちゃんと出ているんですよね。
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