ゆりかごの前から墓場まで、鍼灸はずっと寄り添える /鍼灸師:藤田 恵子

鍼灸のニーズが高い分野のひとつとして、産科領域が挙げられます。出産を控えた妊婦さんは、さまざまな身体の不調に悩まされるにもかかわらず、胎児への影響から薬の服用はなるべく避けたいと考える方もいらっしゃいます。
そのため、つわり、頭痛、むくみ、腰痛などのマイナートラブルや、逆子の治療などをきっかけに「鍼灸を初めて受けた」という方も多いのではないでしょうか。

鍼灸師として産科領域に携わるには専門知識が必要となります。「妊婦さんの治療に取り組みたいけれども、何から始めて良いかわからない」。そんな悩みを持つ鍼灸師さんもいることでしょう。
助産院を併設する「ヒーリングゆう」では、開業当初から産科領域への鍼灸をおこない、2021年で20年目を迎えました。また、治療のみならず、研修生を積極的に受け入れるなど、産科で活躍できる鍼灸師の育成にも力を入れています。

そこで院長の藤田恵子さんに、妊産婦に寄り添い続けている理由と、産科領域における鍼灸の役割について聞いてきました。一体、どんな経緯で妊産婦の治療に取り組むことになったのでしょうか。

藤田 恵子(ふじた けいこ)先生

【略歴】
1977年:東京女子体育大学 卒業
1984年:第一子出産(9日間の微弱陣痛後の帝王切開)
1987年:第二子出産(Vバックによる経膣分娩)
1992年:第三子出産(陣痛促進剤と吸引分娩)
1993年:第三子が右上肢単麻痺を発症する
1994年:離婚、シングルマザーとなる
1998年:東京医療専門学校 本科卒業
2001年:Healing you開業/都内の助産院にてバースクラスの講師を担当/お産の立ち会いを始める
2016年:酵素玄米の定食屋「ちとふなごはん玄」 開業
2021年:「女性の一生に寄り添う治療家の学び舎」設立

娘の病をきっかけに治療家に関心を持った

藤田先生は、なぜ鍼灸の道に進まれたのですか。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
簡単に言うと離婚をしたから。生活のためです。
専門学校に行くまでに、鍼灸をお受けになられたことは。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
実はないんですよ。ただ、娘の病を通じて、治療家という仕事への関心はもともとありました。
差し支えなければ、娘さんのご病気についてお聞かせいただけますか。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
もう今から30年近く前の話です。一番下の娘が1歳半のときに三種混合ワクチンの後に全身麻痺を起して動けなくなってしまったんです。ちょうど元の主人と「別れるの、別れないの…」と、大いにもめている時期でした。
そんなことがあったんですか…。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
ほんとに突然のことでした。国立小児病院(現・成育医療研究センター)に入院して、「もやもや病ではないか」と言われたんですがよく分からなくて…。最終的には「何かの菌が脊髄に入って麻痺を起こしたんだろう」と診断されました。入院中に麻痺は徐々に回復しましたが、右腕の麻痺はよくなりませんでした。
後遺症が残ってしまったんですね。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
それで、「右上肢単麻痺」っていう診断名がついたんですが、治療の方法がリハビリしかないんです。それでリハビリ病院に連れていったんですが、1歳半の子にリハビリと言ったって、ただ遊ばせるだけって感じなんですよ。
そうですね。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
あるとき、接骨院に連れて行ってみたんです。そこで筋肉を柔らかくしてもらっているうちに、少しずつ右腕の動きがよくなってきました。それを見ていて「マッサージ師か整体師になりたいな」と思ったんです。
そういうご自身の体験があったんですね。
タキザワ
タキザワ

食べていくために選んだ道が「鍼灸」

藤田先生
藤田先生
専門学校の受験を思い立ったときに、自分が通っていた整体の先生にも相談したんです。すると「整体は無資格だから、とにかく国家資格を取りなさい。一生の強みになるから」と言われたのが、転機になりました。あんま指圧マッサージだけの学校は少ないので、鍼灸も一緒にとることになりました。
何歳くらいのときですか。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
38歳の1月です。前年の12月に離婚しまして、それが原動力になりました。当時の専門学校の本科の倍率は10倍ぐらいあったので、「来年が本番だ」と予行練習のつもりで受けた四ツ谷の呉竹に、ラッキーにも受かっちゃったんですね。
1月に思い立って、2月に受験して合格ですか。とんとん拍子でしたね。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
シングルマザーだけど、絶対に子どもたちが希望した学校は出してやるっていう意地がありました。
凄みがありますね。自立のための手段が鍼灸だったんですね。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
若い鍼灸師さんたちの集まりで「先生、なんで鍼灸師になったんですか?」と聞かれたことがあって、「食っていくためです」って言ったら、びっくりされたんですよ。
たしかに。
今はあえて食っていくために鍼灸師を選択する人は少ないかもしれません。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
背水の陣だったんです、私にとっては。本気で食べていくために、鍼灸師になったんです。

産科領域に鍼灸師としてかかわるまで

どのようにして産科領域での鍼灸をおこなうようになったのでしょうか。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
きっかけをくれたのは、松ヶ丘助産院の院長をしている宗祥子先生です。まだ彼女が区役所の職員で私も普通の主婦だったときに、小学校のPTAで一緒になりました。
小学校のママ友として知り合ったんですか。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
ある日の保護者会の帰りに「藤田さん、あなた助産師にならない? 私、これからなるのよ」って言われたんです。「この人、なに言ってるの?」と思ったんだけど、彼女は36歳で東京医科歯科大学に入学して、本当に助産師になっちゃった。
その宗先生のお姉さんが、進路の相談に乗ってくれた整体の先生なんですよ。結局、私は助産師にはならなかったけど、鍼灸の道に進むことになりました。
そんな巡り合わせがあったんですね。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
長く生きていると、人って絶対にご縁で結ばれていると思うんですよね。私はあの2人に、人生を決定づけられたと思っています。
鍼灸師になってすぐに、産科領域の道に進まれたんですか?
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
資格をとったあと、アロマの専門店で鍼灸もやるお店に1年ほどいて、それから町田のクイックマッサージ屋で働きました。そこはクイックマッサージだけじゃなくて、足裏、アロマ、整体、保険療養費を使った鍼灸など、何でもやるようなところでした。
まずは治療の経験を積まれたのですね。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
そこで3年働いたあと、次のステップに進みたくなったんです。すると、ちょうど町田のお店を辞める最後の日、送別会の帰り道に、前述の松ヶ丘助産院の宗先生から電話がかかってきたんですよ。
なんというタイミング…。
タキザワ
タキザワ
藤田先生
藤田先生
驚きますよね。「私の友人に、鍼灸の資格を持っている助産師がいて、東松原で治療院をやっているんだけど、妊婦さんの患者さんが多くて、人手が足りないみたいなの。ケイコさん、手伝いにいけない?」と言われたんです。
そこが、私の最後の修行の場所となった「母と子の治療室Be born」でした。助産師で鍼灸師でもあるたつのゆりこ先生に出会って産科領域での鍼灸をすることになりました。

NEXT:目指すのは「自然なお産」

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