人のために動けるなら、できる限りのことをやっておきたい/鍼灸師:相澤 啓介

2011年3月11日に起こった東日本大震災。強い揺れと津波で、甚大な被害が出たことは未だ多くの人の記憶に残っているでしょう。

被災者の1人でもある相澤 啓介先生は、震災を経験したことで「自分は生かされている」と感じるようになったと語ります。
それ以降、人とのつながりを大切に「生きているうちに何かやらないと」という想いで臨床家の道を歩んできました。

宮城県塩竈市で「相澤はり・きゅう・マッサージ治療院」を開業する相澤先生に、震災の経験から臨床家としての歩み方についてうかがいました。

相澤 啓介(あいざわ けいすけ)先生

略歴
・宮城県塩竈市出身
・東北工業大学工学部卒業
・ソフトウェア関係企業に在職中に東日本大震災を経験し、退職
・赤門鍼灸柔整専門学校(現:仙台赤門医療専門学校)に入学
・柔道整復科第二部(夜間部)を卒業後、鍼灸指圧科入学
・インターンを経て、相澤はり・きゅう・マッサージ治療院開業
・(一社)宮城県鍼灸マッサージ師会 理事
・(公社)全日本鍼灸学会 東北支部 学術委員
・第73回(公社)全日本鍼灸学会学術大会宮城大会 事務局長
座右の銘
継続は力なり

モヤモヤを経て、鍼灸師の道へ

宮城県の塩竈市で開業されているんですよね。そもそも、なぜ鍼灸師の道を選ばれたんでしょうか。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
実際に臨床をおこなうようになったのは、30歳を過ぎてからなんです。
もともと鍼灸とは関係ない仕事をしていました。その会社が、介護保険のレセプトとか、障がい者関係の施設に向けたソフトウェアを作っていたんです。それで介護や福祉の現場にたまに顔を出していました。
そこからなぜ鍼灸師を目指すようになったのですか。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
介護施設に行った時に、リハビリの様子を見ることがあったんです。利用者さんが「痛い、痛い」って言っても、PTさんが「大丈夫、大丈夫」ってリハビリを進めていて「いや、大丈夫じゃないでしょう」って思いました。それで、自分に何かできないかと考えるようになったんです。

東日本大震災が大きな転機に

特にそれまでの会社とか仕事自体に不満があったわけではないのに、辞めてこの業界に来たってことですか。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
実は、ちょうど東日本大震災があったんですよ。この経験が、自分にとって大きな転機になっているのだと思います。震災の時はたまたま気仙沼にいたんです。繰り返しテレビに被害状況が映ったと思うんですが、大きい船が陸にドンと打ち上がったところです。僕はその近くにいました。
被害の大きかった所ですよね。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
車で命からがら山の方に逃げました。そうしたらラジオから「気仙沼の海が燃えています」って聞こえてくるわけですよ。たぶん皆さんは、当時映像で火事の様子とかを目の当たりにされたと思うんです。だけど、現地で被災していると、映像なんて見れないんですよね。車の中で「燃えてます、燃えてます」とか「あっちの海のほうでは何人の遺体があるようです」みたいなラジオの声を、一晩中聞きながら過ごしました。
やはり被災したことが、現在に強く影響しているのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
そうですね。震災を経験して「自分は生かされているんだな」と実感するようになりました。人のために動けるなら、自分が死ぬ前にできる限りのことをやっておきたい。とにかくお世話になった人たちに、生きているうちに何か返したいっていう気持ちで、こういう道を選んだと思います。
どうして、そこまで思うようになったのか……。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
今もそうかもしれないけど、震災が起こるとSNSを使って情報を共有しようって言われますよね。でも、できないんですよ。だって電波が届いてないんだもん。ほかにも、水を買いだめしましょうって言うけど、水って毎日使うからあっという間になくなるんですよ。電気が復旧したのもしばらくしてからです。灯油もなくなるし。震災を経験して、生きているってすごいことなんだなって思いました。だから、今この一瞬一瞬をどうやって生きていくのかっていうところに、立ち返ったんですよね。
人生観が変わった。それで鍼灸師になった。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
そうです。生きているってすごく大事だから、これからは人のために生きていきたいって思ったんですよね。

「家に来てくれるからありがたい」

免許を取ってすぐに開業したんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
相澤先生
相澤先生
実は先に柔整を取ったんですけど、いくつかの治療院で経験を積んでから、一気に開業しちゃった感じです。まずは訪問で鍼灸マッサージを始めました。そのうち、昔一緒に仕事をしていた人から「うちの施設でマッサージしてくれないか」みたいに声をかけてもらって、業務委託でそちらの仕事も始めたりした感じですね。
以前のお仕事関係からお声がかかったっていうことですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
相澤先生
相澤先生
柔整の時に昼間働いていた施設があって、そこで仲良くさせてもらっていた職員の方から声がかかった感じです。もともとそういう介護施設関係で鍼灸をしたいっていう思いがあったので、ありがたく受けさせてもらいました。あとは顧客をどうやって増やすかに立ち返ってくるんですけど…業務委託先の施設の利用者さんが患者さんになってくれたこともあって、少しずつ増えていきました。
最初は訪問をされていたんですよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
相澤先生
相澤先生
一応、治療院も開いていました。実家ですけど、保健所に治療院の登録はしてあるので。来てくれる患者さんも大事にしたかったので、メインは訪問ですけど、予約が入れば戻って治療するというスタイルでしたね。
訪問と治療院では、ちょっと勝手が違ってきますよね。訪問の魅力みたいなものは、どんなところなんでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
相澤先生
相澤先生
患者さんは「家に来てくれるからありがたい」って皆さん言いますね。やっぱり外出するのが大変だと。そりゃそうだよね。膝も痛いし、腰も痛いし、それなのに歩いて治療院まで行くのって大変ですもん。
塩竈ってもともと港町なので、狭い道とか坂道が多いんです。だから尚更、来てもらえるとありがたいって思うんでしょうね。比較的若い患者さんからは、仕事が終わった後に夜遅くなっても自分の家で治療を受けられるのはすごく助かるって言われることがあります。
年配の方以外にも需要があるっていうことですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
相澤先生
相澤先生
そうですね。私は個人でやっているので、ある程度時間をかけて診ています。1対1で向き合うって、なかなか難しいじゃないですか。こういう言葉は適切かわからないけど、どうしても回そう、回そうとしますよね。それってちょっと違うなと思っていました。それだけはやりたくない。だから今、1人ひとりにきちんと時間をかけるようにしています。
それだとどうしても利益が出にくくなってしまいますよね。でも、人のためになりたいっていう想いで、一貫性のある取り組みをされているんだなって感じました。
ゆうすけ
ゆうすけ
相澤先生
相澤先生
まあ、儲けにはならないので…。ぶっちゃけ、経営下手ですね。

1人ひとりの患者さんに向き合うことが第一

患者さんが増えているというお話でしたが、それはどうしてなんですか。例えばケアマネさんに営業しているとか?
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
いえ、ほぼ紹介です。
つまり、「あそこ、いいよ」みたいな話が出ているわけですね。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
多分そうなんだと思います。「患者さん紹介しといたから」みたいに電話がくることもありますから。
それって土地柄もあると思いますか。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
うちは田舎なので、「あそこ、いいよ」ってなったら広まるんじゃないかな。
ネットはどうですか?
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
たまにホームページ見ましたって来てくれる方はいますけど、そんなに多くはないですね。そもそも僕がホームページに力を入れてないからかもしれないけど…。
逆に過剰に忙しくなって、患者さんと向き合えなくなるのは嫌なので。だったら今のペースで、徐々に患者さんが増えていく方がありがたいです。
1人ひとりに向き合っていたら、自然と患者さんが増えてきた。
ツルタ
ツルタ
相澤先生
相澤先生
その都度、その都度の症状ってあるじゃないですか。最近、腰が痛いんだよねとか。今日は、腰はちょっと楽なんだけど、肩とか膝が痛むんだよねとか。そういう患者さんの訴えを大事にしているだけですよ。

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