「人としての経験を積まないと」と思った/鍼灸師:五味 哲也

こんにちは。ゆうすけです。
今回のインタビューは、五味 哲也(ごみ てつや)先生。
「はみカフェ」という若手鍼灸師の対話イベントを一緒に開催したことがあり、それ以来、五味さんと親しみを込めて呼んでいます。
ぼくにとって、悩んだときにアドバイスをしてくださる先輩鍼灸あん摩マッサージ指圧師です。

青年海外協力隊に参加し、日本ではホームレス支援の経験をお持ちの五味さん。
現在は東京・板橋で「自然堂はりきゅう院」を開業されています。

五味 哲也(ごみ てつや)先生

帝京大学 法学部卒
東京医療専門学校 鍼灸あん摩マッサージ指圧科Ⅰ部卒
漢方はり医 新井康弘・敏弘氏に師事
2004年 インドネシア・ジャカルタの指圧指導と鍼灸治療
2006年 ケニアの盲学校の指圧コースの立ち上げ
東京・板橋にて「自然堂はりきゅう院」開業

※青年海外協力隊とは、開発途上国の経済開発や福祉の向上を支援することを目的として、独立行政法人国際協力機構(JICA)が実施する、海外ボランティア派遣制度のことです

生まれて初めて、うれしくて涙が出た

五味さんは、青年海外協力隊の経験があるんですよね。
どちらの国に行かれていたんですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
最初の海外派遣はインドネシア。数年後にケニアだね。
2カ国も!
最初のインドネシアではどのような活動をされていましたか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
青年海外協力隊からの正式な要請は「盲学校で指圧を教えてくれ」というものだった。
派遣先のインドネシアには、日本と同じように「盲人がマッサージで食べていく文化」が元々あってね。
へー、インドネシアにもそういう文化が。
それなら指圧を教えるのはスムーズにいきそうですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
盲学校も協力隊の先輩たちが授業のベースをすでに作ってくれていたので、ぼくはただ講義をすればよかった。
なるほど。ちなみに現地で鍼灸はされていたのですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
気温が高い国だから、授業は午前中で終わるんだ。
午後は空いていたので、近隣の方に鍼灸治療をおこなっていたよ。
1日10人以上は治療していたかな。
10人以上!
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
日本では肩こり、腰痛の患者さんが多いでしょ?
インドネシアでは、鍼へのイメージが日本と違って、どんな身体の不調でも鍼治療に来る。
だからいろいろな患者さんを診させてもらって、すごくいい経験になったなぁ。
どんな患者さんが来るんですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
たとえば、てんかん発作の真っ最中で失禁している男児…、全身に皮膚炎がある人…。
ええっ! 現在の日本の鍼灸院では、診られない患者層ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
でしょ?
江戸時代の鍼医はどんな治療をしていたのか、どんな日常だったのか、思いを馳せながら鍼をしていたよ。
江戸時代の鍼医でも診ていない気がしますが(汗)。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
特にマラリアでうわごとを言っている女児は印象に残っているかな。
今の日本に住んでいると、マラリアそのものがないよね。
すごい経験ですね。治療は無償でやっていたんですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
はじめは無償だったんだけど、だんだん忙しくなって、同僚から「施術代をいただいたほうがいいわよ」と言われてね。
日本円で200円、インドネシア人の感覚だと2000円くらいの金額をいただくことにした。
それを2年間貯めて、帰国する時に設備費として学校に全額寄付をしたんだ。
全額寄付! それは喜ばれたんじゃないですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
うん。お金は大切だからね。
なによりも、ぼくが帰国するときに、鍼の患者さんや盲学校の生徒たちがバスを貸し切って、空港まで見送りに来てくれてね。
多くの方と確かな関係を築いたんですね。
それは嬉しいだろうな…。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
たくさんの人に喜んでいただけて、生まれて初めてうれしくて涙が出た。
日本でこんなことなんてなかったから、なおさら感動したよ。
自分の息子のように接してくれたおばあちゃんもいたし。
みんなに家族のような雰囲気で見送ってもらった。
思い返してみても感慨深い、非常に濃い2年間だったな。
そのシーンが目に浮かびます…。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
もちろん良いことばかりじゃなくて、初めての海外生活で大変なこともあったし、だまされたこともあったけど…。
え! だまされたというのは?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
いちばん信頼していた人に裏切られたんだ。
当時、ぼくは職員住宅の2階に住んでいて、1階に用務員が暮らしていた。
その彼が、ぼくの部屋の合鍵を使ってこっそり泥棒をしていてね。
泥棒!!
それって、どうして発覚したんですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
ある晩、ぼくが帰ってきたときにちょうど鉢合わせしてしまって…。
すごいエピソードですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
地域に日本人がひとりという環境で、なかなか信用できる人もいないから、彼をとても信用していたんだよ。
その彼に裏切られてしまったのは…ショックが大きかった。
身近な人の裏切り…。それは堪えますね。
そのあとは、どうなったんですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
ショックとはいえ、彼を糾弾して、今後の関係性が悪化しても困るでしょ?
だから「俺は忘れることにするから気にするなよ」と彼に伝えたんだ。
やさしいなぁ…。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
ところが「なにを言ってるんだ。俺は盗んでなんかいない!」と逆ギレされてね…。
周囲に「あの日本人は頭がおかしいから信用するな」と言いふらされてしまった。
えー…(汗)。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
まぁ、彼の素行はもともと良くなかったので、周りの人は誰も取り合わなかったんだけどね(苦笑)。
でも、あれは精神的につらかった。
想像するだけでもつらいですよ。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
まぁ、そのときはへこんだけど、その件を通して学んだこともたくさんあった。
途上国で何かを教えようと思って行ったはずなのに、逆にこちらが教わったことの方が多いと思っているよ。
他にもエピソードがあれば教えていただけますか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
たとえばある日、往診の依頼があってね。
往診先の家のドアを開けたら、末期がんの患者さんの手足や身体を家族総出でマッサージしていた。
その光景を見たときに「ああ、すばらしいな」と思った。
ぼくが施術するよりも、家族のきずなのほうが癒す力が大きいだろうなって。
それは、五味さんの価値観が変わるような体験でしたか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
そうかもしれないな。
お金がなくても、日本人より幸せそうに生き生き暮らしている人が多かった。
ぼくにとってインドネシアの経験は、「幸せとは何か」「社会とは何か」ということを改めて考えるきっかけになったんだ。

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