40歳を過ぎてから鍼灸師を目指しました/鍼灸師:松岡 有理子

こんにちは。ウラベです。

今回インタビューした松岡有理子先生は、20年近く勤めた大手百貨店を退職して、40歳を過ぎてから鍼灸専門学校に入学しました。
在学中から尊敬する師匠のもとで学び、卒業して3年目で東京都千代田区にシェア鍼灸院「晴レヤカ鍼灸治療院」を開業。
現在も代表として仲間と一緒に運営されています。

大企業の人事や企画を担う立場で、東日本大震災を経験したことが、
「もっと家族との時間を大切にしたい」
という、本当の願いに気づくきっかけになったそうです。

自分自身が生き方を選択する大切さと、40代からのセカンドキャリアの作り方を笑顔で語ってくださいました。

※2020年3月11日 取材

松岡 有理子(まつおか ゆりこ)先生

1992年4月-2010年1月 大手百貨店に勤務 主に人事採用・総務を担当
2003年 双子男子を出産
2010年4月-2011年10月 子ども向け職業体験施設に勤務 人事担当マネージャー
2016年3月 東京医療専門学校を卒業
2016年4月-2018年3月 同校附属鍼灸施術所にて研修
2018年3月 晴レヤカ鍼灸治療院を開院

働く:大手百貨店に勤務

松岡さんは大学卒業後、百貨店にお勤めでしたよね。
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
ええ、三越に20年近くいました。
結婚して子どもが生まれてからも働きやすい会社だと思って志望しました。
もともと百貨店業界って、女性が長く働くために良い制度がたくさんあるんですよ。
すてきですね。そこではどんなお仕事を?
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
フィールドは人事を長くやっていました。
採用や教育、それから社内制度を企画して各部署に運用してもらうのも役割です。
辞めるきっかけって、何かあったんですか?
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
景気の影響もあって、百貨店業界は苦戦する局面が増えていきました。
それで業績悪化に伴う人員削減があって、私も退職の面談をしたんですよ。
いわゆるリストラの面談をすることになった?
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
そうです。
退職を勧めるのも、大変そう…。
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
まあ、仕事として割り切ってやりましたけど。
1人1人データを読み込んで、真摯(しんし)にやった記憶はあります。
このとき、勤め人は景気とか他人の意向とか、いろんな外からのことに左右されるのだなって思ったんです。
さまざまな都合が優先されるのは、会社員のつらいところですね。
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
あとは三越に長くいたから、単純に違う空気を吸いたかったのもあって転職しました。でも、その時はまだ鍼灸師になろうとは全然考えてませんでした。
それで、三越のあとは?
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
豊洲のキッザニアで1年半ほど働きました。
キッザニアって、子どもが職業体験をできるアミューズメントパークですよね。そこでは何をなさってたんですか?
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
人事担当のマネージャーです。バックオフィスでアルバイトの評価制度とかを作っていました。
管理職として働いていた感じですね。なにか印象的なことはありましたか?
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
そこに勤めていたときに、東日本大震災がありました。
それで現場のスタッフが不足して、私も土日は現場に出なきゃいけなくなってしまったことですかね。
あらら。
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
子どもと接する仕事をしているのに、家庭のこともままならない状態で、だいぶくたびれてしまって。
当時、小学校低学年だった子どもたちはすごく優しくて、疲れて帰った私を気遣って「お疲れさま」くらいしか言わないんです。
ほとんど会話をしなくなってしまって、これは良くないな、と。
お子さんたちと過ごす時間が減ってしまったのですね。
ツルタ
ツルタ
松岡先生
松岡先生
だからもっと家庭の時間を大切にしたくて、そのためにも働き方を主体的に選べるようになりたいと思いました。
それで鍼灸師を目指したんですか?
ツルタ
ツルタ
松岡先生
松岡先生
鍼灸師になろうと思った理由としては、ちょっと弱いですよね。
あとは祖母の影響も、あったのかもしれません。
おばあさんの影響というのは?
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
これは私のバックボーンになるのかな、祖母と父が医者なんです。あと私は4人姉妹の長女で、1番下の妹も医者です。
松岡さんは、お医者さんの家系だったんですか。
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
代々というわけじゃないですけど、祖母は戦争未亡人で、ひとり息子を育てるために医者になったと聞きました。
ちょっと年をとってからなので、けっこう苦労したみたいです。
なるほど、それは大変そう。
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
私が産まれたころ、祖母は船橋の片田舎の自宅で小さい病院をやっていました。
家で仕事をする祖母の姿を見ていたので、会社員以外の働き方も、自分の中にあったのだろうと思います。
開業というのは、わりと身近だったわけですね。
ツルタ
ツルタ
松岡先生
松岡先生
それから父は外科医で、海外の学会とかにガンガン行くような人でした。
鍼灸にも興味があると言っていて、病院の本棚には鍼灸関連の本もあったんですよ。
鍼灸に肯定的なお医者さんだったんですか。
ツルタ
ツルタ
松岡先生
松岡先生
ええ。それで、すごく後悔することがあって。
鍼灸の専門学校に行きたいという話をしようと思っていた矢先に、父は大動脈解離で急死してしまったんです。だから全然相談できなかった。
ということは、お父さんは松岡さんが鍼灸師になったことを知らないのですね。
ウラベ
ウラベ
松岡先生
松岡先生
そうなの、知らないんです。今も生きていてたら、聞きたいことがたくさんあったのに…。

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