中国医学思想史―もう一つの医学
■ 東京大学出版会(1992年) |
本書は、「もう一つの医学」すなわち中国伝統医学の古代から現代に至るまでの理論形成過程について、思想史研究の観点から論考された学術書です。
中国伝統医学の歴史的展開について、依拠する古典資料を提示し実証的に考究しつつも、中国史の枠組みにとらわれず、天⼈相関説、病因、診断法、臓腑経絡治療システム、運気論について整理、解説するなど、独⾃の理論が示され、鍼灸医学の源流を辿る上でも有意義な内容が記されています。
本書の中で「まなざし」という言葉が度々用いられ、「はじめに」の冒頭では、現代医学における⾝体観のあり方が次のように問題提起されています。
「⼈の⾝体は物質ではない。医学のまなざしが、科学のまなざしとは別に求められるのはそのためである。にもかかわらず、近代西欧医学は、私たちをもっぱら「物質」という認識工具で測りつづけ、医学が科学であるかのように装いつづけてきた。」
それに対し、中国伝統医学について、次のように述べられています。
「中国の伝統医学は、医学のまなざしを保持しているさまざまな医学のうちでも、とりわけて豊かなシステムと現実的有効性をもっている。……これは、一つにはその医学が、伝統諸医学の主流である液体病理説を超えて、心⾝を有機的総体として捉える臓腑経絡治療システムを認識しているからである。」
同時に、「病や老いて死んでゆくプロセスを受け入れ、有機的な網目の織り成すシステムのなかの一位相として、⾃己の心⾝や社会、⾃然を了解してゆくことこそ、私たちに求められていること」と記されています。
現代社会において、あるべき「医学のまなざし」とは何か――このことこそ、東洋医学を担う私たちが再考すべき課題の 1 つであると、本書を通して強く感じました。