仕事がみつからないので仕方なく盲学校へ
目の治療が一段落した段階で、仕事を探し始めたのですか。
ツルタ
杉野先生
手術が終わって状態が安定したときに、まずは自分の会社をたたみ、ハローワークで2年ぐらい仕事を探しましたが、見つかりませんでした。
障がい者への就業支援などはいかがでした。
ツルタ
杉野先生
障がい者雇用枠はありますが、視覚障がい者に限っては、ほぼ求人がゼロなんですよ。障がい者雇用のイベントに行ったりもしましたが、ダメでした。地方では「視覚障がいがある」と言った時点で、就職先がほとんどありません。
ハローワークや市役所で相談しても「盲学校に行ってあん摩師の免許を取る以外に道はないよ」と言われました。障がい者の就労支援みたいなところにも試しに行ったことがあります。レトルト食品の箱を組み立てる作業所でした。1カ月働いても、6万円ぐらいにしかならないんですけど。
ハローワークや市役所で相談しても「盲学校に行ってあん摩師の免許を取る以外に道はないよ」と言われました。障がい者の就労支援みたいなところにも試しに行ったことがあります。レトルト食品の箱を組み立てる作業所でした。1カ月働いても、6万円ぐらいにしかならないんですけど。
月に6万円ですか…。
ツルタ
杉野先生
このような就労支援は、大体それぐらいが相場だと思います。そのときは周りで働くほかの障がいのある人たちに「目が悪い人と一緒に仕事をしたくない」と言われてしまい、続けられなくなりました。
それからも、いろいろなところに相談に行きました。ちょっとはパソコンの画面が見えるので「ホームページを使った集客ができます」と建築会社の採用担当者に話したときには「できっこないでしょう」と笑われました。実際はできるんですけどね。
それからも、いろいろなところに相談に行きました。ちょっとはパソコンの画面が見えるので「ホームページを使った集客ができます」と建築会社の採用担当者に話したときには「できっこないでしょう」と笑われました。実際はできるんですけどね。
2年間必死に仕事を探した様子が伝わります。ハローワークや市役所で盲学校をすすめられたときはどう感じましたか。
ツルタ
杉野先生
とにかく働いて収入を得たかったので、盲学校には行きたくなかったんです。でも、2年にわたってあっちこっちに行って、視覚障がい者には仕事がないことが身に染みてわかったので、盲学校に入るしか道がなくなりました。
盲学校に入る前に、鍼灸やマッサージについて、ある程度調べたんですか。
ツルタ
杉野先生
入学の手続きでバタバタしていて、予備知識はなしで入学しました。ただ、説明会で「卒業して資格を取れば仕事はある」と聞かされていたので、給料の相場を質問したところ、「13万円ぐらい」とのことでした。安いとは思いましたが、失業保険はあるものの収入がない2年間を過ごしていましたから、高望みはしませんでした。
とはいえ、経営されていた工務店も、好調なときがあったと思うんですよ。そういうのを知っている杉野さんが、3年間学校に行った後に「月収13万程の生活が今後一生続くかもしれない」というのは、モチベーションが保てないんじゃないのかなと思うのですが…。
ツルタ
杉野先生
当時は目が見えなくなっただけではなく、自分の会社が火事で燃えたり、母親が白血病で亡くなったりと、2〜3年に不幸が集中しました。市役所で生活保護の相談に行ったときには、担当者から「本当によく生きてますね」と心配されたくらいです。生活保護は結局、受けませんでしたが、どん底にいたので月収10万円台でもよかったんです。
どうにもならない現状を打破するために「盲学校へ行く」ことを決意したんですね。
ツルタ
局所に鍼を正確に刺す盲学校の先生たち
盲学校での3年間はいかがでしたか。
ツルタ
杉野先生
何も知らないで入学したので「練習して揉めるようになれば、資格も取れるのだろう」と思っていたんです。ところが、最初の授業が解剖学で面くらいましたね。
これがマッサージとどう結びつくんだと。
ツルタ
杉野先生
「何が始まったんだ?」と思いました。解剖学を教えるのも全盲の先生で、腎臓や肝臓の複雑な構造を言葉だけで解説するんですよ。あとは触れて学ぶことも多くて、いろいろな臓器の模型がありました。
すごい世界ですね。教科書はどんな感じだったんですか。
ツルタ
杉野先生
拡大文字で書かれた教科書を使っていました。私の場合は、拡大文字をさらに虫眼鏡を使ってようやく見えるという感じです。
中途失明をして、勉強するのも苦労したのではないですか。
ツルタ
杉野先生
そうですね。今までできたこともできなくなっていましたから…。本当に、テレビもまったく観ないぐらい勉強に打ち込みました。
国家試験に合格されるまでに、すさまじい努力があったのだと思います。盲学校の先生たちの技術はどうでしたか。
ツルタ
杉野先生
視覚障がい者は、やっぱり指の感覚がすごく鋭いなと驚かされました。盲学校の先生たちは解剖学の知識を組み合わせて、指の感覚から違和感のあるところに、正確に鍼を刺していくんです。「指からエコーが出ているんじゃないか」と思うくらいでした。
ある意味、手が目の代わりということですね。優れた触覚で、ポイントを探せるのが強みであると。
ツルタ
杉野先生
まずはあん摩から始めるんですよ。「あん摩で筋肉をとらえられないうちは、鍼は打ってはいけない」と言われていました。触診ができてから初めて鍼を打ちます。
晴眼者の学校、特に専科では当たり前に鍼を刺す練習から始めるので、盲学校の理療科の教え方とはかなり異なりますね。
中途で視覚障がいになった場合でも、手の感覚は鋭くなるものですか。
中途で視覚障がいになった場合でも、手の感覚は鋭くなるものですか。
ツルタ
杉野先生
そうだと思います。私自身も、たとえば今、熱いものが全然持てないんですよ。視覚障がいになる前と比べて、手が敏感になっているんでしょうね。
触り方の決まりは何かありますか。解剖学的なランドマークから触っていくのでしょうか。
ツルタ
杉野先生
ランドマークもありますが、何人も触っていると、肩周りとか首とか「変だな」という感覚がすごく出てくるんですよ。「あれ、なんでここに変な筋があるんだろう」とか。局所治療の場合は、そこを治療点にします。視覚障がいのある先生たちの多くはそういうスタイルだと思います。
とてもシンプルですよね。僕も視覚障がい者の先生の施術を見学したことがあるんですけど、その方も触診の技術が素晴らしかったです。
ツルタ