タダシい学びのハジメ方(後編)/鍼灸師:矢野 忠・中根 一

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美容鍼灸では、「いい顔」を創ることが大切

中根:では、矢野先生。鍼灸師はみんな「はりきゅうの基本」を学んだ上で、さまざまな出会いや経験を経て自分のスタイルを作っていきますよね。

また、病気やケガの治療をおこなうだけではなく、「健康的な生き方」を提供できるという強みが鍼灸に備わっているので、已病にも未病にも対応できる汎用性があります。

このように多様性に満ちた鍼灸を研究されている観点から、先日テレビで話題になっていた「美容鍼灸」についてどのような感想をお持ちですか?

矢野:美容鍼灸はですね…、健康鍼灸の観点から言うと「象徴的な分野」とでも言えましょうか…。

中根先生がおっしゃられたように、鍼灸は健康維持・増進や未病治だけじゃなく、美容やスポーツなどの応用への広がりを持っています。「健康をより高次の健康に」というよりは、一般の人たちから見ると「美容」、しかも健美としての「美容」が1番入りやすいんではないでしょうか。「健康鍼灸」といっても、なかなかうまく伝わらない。

鍼灸療法の受療者の中で、健康維持や身心機能のコントロールのために、鍼灸療法を受けていらっしゃる方が比較的多いのではないかと思っています。すなわち、鍼灸でより身心の爽快感や心地よさといった体感を実感することにより、日々の生活を比較的快適に送ることができるということです。こういったデータが蓄積されてくると、鍼灸療法がもたらす未病治や健康維持や健康増進に対する国民の関心や意識が高まるのではないかと期待されます。

そういった観点でお話すると、美容鍼灸は単なる「美顔術」の一種ではないということです。美容鍼灸の利用者を調査いたしますと、「お得感がある」という感想が多いのです。これは何を意味するかというと、顔だけではなく、身心全体の健康も叶えられる「健美」を実感しているということなのですね。美容鍼灸を美顔の効果のみと捉えている方は、利用者には少ないのです。その利用者の実感により、美容鍼灸は成り立っているのではないかと思っております。

治療院に来られる方は、男女比でいうと、圧倒的に女性が多いんですね。女性は男性に比べて、健康に対して意識が高いですから、薬を使わない非薬物療法としての鍼灸に対して、たいへん期待しています。

そういう意味で、美容鍼灸には「より健康に美しくなりたい」という願いや、「内からにじみ出る美しさ」をという期待があるのではないかと言えるのではないでしょうか。そこが他の鍼灸の分野にはない美容鍼灸ならではの特徴と言えます。

中根:美容鍼灸の在り方も、ずいぶんと広がりを見せてきていますよね?

矢野:美容鍼灸は、昭和55年(1980年)頃に、森 和(もり かず)先生が、月乃 桂子(つきの けいこ)さんという美容研究家の方と一緒に研究をはじめたことが発端です。もともと、月乃先生は「経絡美容」を研究されている方で、月乃先生のほうから森 和先生へコンタクトがあったようです。それが契機となり、「美容や女性の身心の健康のための鍼灸」という形で、森 和先生が提唱されたのが、いまの美容鍼灸の原型であります。
※ 森 和先生については前編を参照

そして現在、世の中は大変にストレスの多い社会へと変貌してきました。人はストレスを受けると、表情が暗い、憂うつそうな容貌に変わります。顔は社会的な役割を持っていますので「明るく、いい感じの顔」というのは、いろんな意味でプラス効果をもたらします。しかし、表情というものは、表面的に作っただけでは「明るく、いい感じの顔」にはならないのです。美容鍼灸により、身心の心地よさ、爽快感を体感しますと、表情が明るく、内面から輝けるようになる。そういったことを、実際に利用者とお話していても、感じるところです。

顔には、美しい顔、魅力的な顔、いい顔があります。とくに美容鍼灸では、「いい顔」を創ることが大切で、そういった顔を創るには、身心の健康が何よりも大切です。

中根:さきほど、「単なる美顔術ではない」とおっしゃられましたよね。それは、美容鍼灸が「リフトアップしますよ」とか「シワが取れますよ」というような、顔の造作にアプローチするだけではないと。

だとすれば、患者さんの生き方、生きがい、豊かさや幸福感に対して、はりきゅうを介して鍼灸師が関わっていくものであるという考えがあって、森 和先生たちは美容鍼灸の研究をはじめられたのでしょうか?

矢野:現在、顔についての研究、すなわち「顔学」に関する研究がたくさんなされておりまして…、たとえば「いちばん認識されやすい表情が笑顔である」という発表があります。視力がほとんどない赤ちゃんであっても、笑顔だけは認識できるというのです。笑顔は、その意味でとても大切です。つくり笑いではなく、自然な笑顔ですね。

笑顔の持つ力については、鍼灸師もしっかりと認識しなければなりません。ほんとうの笑顔は、作り笑顔ではできない。テレビ電話を利用するときに、朝の起きたてのボーっとした顔ではなく、美しい笑顔になるようなアプリが出たら、売れるんじゃないかという話題もあったりします。

中根:(笑)。

矢野:やはり表情というのは、正直なもので…、治療後の患者さんに「どうですか?」と効果について聞いてみたときに、だいたいの患者さんは「いい感じです」とか「良くなった」「楽になった」というふうに答えてくださるんですが、奥ゆかしい方が多いものですから…ほんとはどうかわからないですよね。なので治療後は、是非、表情をしっかりと診てください。表情が変わっていなければ言葉ではよいと答えても効果がなかったということになります。表情は「ウソ」をつきませんから。

顔は多義的です。「心の鏡」としての顔、「文化」としての顔、「社会」としての顔、といったように、顔の持つ意味や価値はさまざまなのですね。

鍼灸師が、顔の意味や価値をきちんと捉えられるかどうか。それが、美容鍼灸の本質的な課題なのではないかと考えております。

中根:となると、美容鍼灸とは術式ではなく、理念と捉える方が良さそうですね。先ほどの「患者の”患”は心が串刺しになった状態を表す」というお話から考えると、はりきゅうは患者さんを笑顔にする、つまり串刺しの状態から解放する手段のひとつだといえますね。

あわせて、患者さんに「良い笑顔」になっていただくためには、鍼灸師自身が「良い笑顔」でいられるように、文化的にも社会的にも豊かであることが大切なのではないかと感じたのですが、いかがでしょうか?

矢野:そうですね…。中根先生の魅力は、まさにその笑顔にあると思いますね(笑)。

中根:えっと…(笑)。

矢野:わたしはいつも酔っぱらいのような顔をしておりますので…(笑)。

中根:(笑)。

「主観的健康感」を保つために


中根:最近の学生さんは、ぎゅうぎゅう詰めのカリキュラムに追われてしまって、イキイキとしたキャンパスライフを謳歌するという感じではなさそうにみえるんです。また、真面目さゆえに自己評価が低く、充実感が得られない日々を過ごしている鍼灸師も少なくなさそうです。

鍼灸師が笑顔になるために、どういう学び方、どういう生き方をすればいいか、今度は教育者の立場からアドバイスをいただきたいのですが。

矢野:まず自分自身の主観的な健康感について考えることが大切なんではないですかね。

朝起きたときに「はぁ…今日も身体が重く、しんどいな…」といった感じなのか、「今日も身体が軽く、気分さわやか!」といった感じなのか。こうした普段の体感的な健康状態を「主観的健康感」といいます。

多くは4件法といって、「普段自分の健康状態をどのように感じているか」の質問に対して、《➀非常に健康である ②まあ健康である ③あまり健康でない ④健康でない》で判定していただきます。

このように普段の健康状態について主観的に評価することにおいて、自分が「体調がいいな」と継続して自覚できることが、健康維持にとって大切な指標になっていることがわかってきました。

では、その「主観的健康感」において「とても健康である」状態を保つためにどうすればいいのかというのは、これはなかなか難しい課題です。人それぞれの価値観や生き方がありますので…「これが良い」ということは難しいですね。

あえて、ざっくり言えば「ポジティブ思考」といいましょうか、ストレスのよき処理の方法といいましょうか、プラスの認知が効果的だと思います。

たとえば、中根先生に今日の登壇についてお願いされた際、「面白いな、行ってみようかな」とプラスに捉えましたが、川嶋先生(鍼灸フェスタ主催者)からお願いされた際は、「嫌だな、しんどいな」とマイナスに捉えました(笑)。

川嶋:(爆笑)。

矢野:このように物事を、プラスに受けとめるか、マイナスに受けとめるかは、健康に大きな影響を及ぼします。すなわち、ストレスですね。ストレスといえば、悪いものと思われがちですが、ストレスには善玉ストレス(Eustress)と、悪玉ストレス(Distress)があります。善玉ストレスは身心の健康にプラスに、悪玉ストレスは身心の健康にマイナスに作用します。

先ほど言いましたように、物事に対する認知の仕方によって大きく変わります。もっと言うなれば、その人の生き方が健康に影響するということかも知れません。その点については、百歳老人の研究において、かなり明瞭な結果が出ているかと思います。

この研究は、東京都老人総合研究所(現 健康長寿医療センター研究所)でおこなわれました。百歳を超える人口が8000人前後しかいなかった時代ではありますが(2018年は6万9785人)、百歳以上の人たちが、一般老人と比較して大きく異なった点は、皆、明るくて、人にやさしく、思いやりのある生き方をしているということでした。「その人の生き方」そのものが身心を元気にしているという結果だったんですね。

昔も今も「不老長寿の薬」を探し求めているわけですが、この百歳老人の研究から言えることは、老いても健康でいるために重要なのは、「不老長寿の妙薬」ではなく、「明るく無邪気に生きる」ということに尽きるのではないかと考えています。

「明るく無邪気に生きる」ためには、身体の爽快感があってこそ、かと思います。すなわち、主観的健康感が良いことが必要だと思います。両者の因果関係はわかりませんが、身心一如の観点から言えば、一体のものですから、「明るく無邪気に生きる」生き方そのものが大切なように思います。

鍼灸師が、患者さんへの鍼灸療法を通して爽快感を提供することで、患者さんの顔が明るくなること、気分が良くなることは、とても大事なんですね。このことを、あえて科学的に言うとすれば「脳内セロトニン分泌」に関わります。セロトニンが分泌されますと、心が落ち着き、しかも全体的に抗重力筋に作用しますから、前かがみの姿勢が必然的に「良い姿勢」になり、あわせて表情も良くなります。

そういった明らかな変化を実感しつつ、患者さんは「ありがとうございました」とおっしゃるんではないでしょうか。

こういったセロトニンやドパミンなどの脳内アミン系の挙動と、脳内報酬系のメカニズムを理解し、良い方向に身心が反応する仕組みを、鍼灸師も医療従事者として考えてみる必要はあるのかなと思います。

ただし、わたしが「生き方」を語ると…、とかく悪い、正しくない方向にいきますので皆さん注意して聴いてください(笑)。

中根:(笑)。ありがとうございます。

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