タダシい学びのハジメ方(後編)/鍼灸師:矢野 忠・中根 一

この世界の本質を、いかにわかりやすい言葉で伝えるのか


中根:入学した当初から鍼灸師としてのビジョンが明確になっていると、学びの方向性が見えて良いのではないか、と言われることがありますが、その点についてはいかがですか?

矢野:わたしは、1年生には、鍼灸の世界の面白さや広がりみたいなものを伝えられたらいいかなと思っております。

直接、専門基礎や専門分野の授業科目に入ることも理解できますが、これから学ぶ世界がどういう世界なのか、少しゆっくり時間をかけて勉強し、考えていただきたいですね。現在の鍼灸教育に最も必要、かつ、求められていることではないかと思います。

昔は鍼灸の専門学校には、入りたくても入れなかったのです。平均倍率が10倍前後ありましたし、難関な学校では20倍近くあったと聞いています。今はボーダーフリーであり、入試機能が効かず、そのために色々な学生さんたちが、鍼灸学校に入ってくるようになりました。非常に多様な学生がいます。

では、そうした多様な学生に、どういう手段をもって、鍼灸の魅力的な世界に学生さんたちを引き込めるのかを考えたときに、この世界の本質を、いかにわかりやすい言葉で伝えるのかということが、基本的には大事なのではないかと思っております。

鍼灸の本質とは何かといえば、それは現実世界の複雑性を分析せず、複雑なまま捉えようとする思考にあります。このことをそのまま伝えてもわかってもらえません。しかし、現在、誰しもが使っているコンピュータの基本的理論である二進法が陰陽論から発生したとすれば、この世界はとてつもなく、面白く見えてくるのではないでしょうか。また、そうして独特の科学的思考によって発展してきた鍼灸の世界は輝いて見えるのではないでしょうか。…でもまだわかりにくいですかね。

鍼灸の世界は決して時間が止まった世界ではなく、常に創造的発展をしている世界であることをわかりやすく、伝えることが最も重要であると思っています。そうしたことを伝え、そのことを踏まえて自分の道をどう歩んでいくかを考えてみるといいのかなと思います。

鍼灸研究に携わる先生たちにおいても、自分の研究だけでなく、鍼灸の魅力をわかりやすい言葉で伝えることについてもお考えいただくことが、この世界の未来の発展にかかってくるのではないかと思っています。

中根:ちなみに、この春に入学したばかりの学生さんや、あるいは来年以降に入学してくる学生さんたちに、こんなことを体験してほしいというビジョンはありますか?

矢野:入学後のオリエンテーションでは、「こんな勉強をしますよ」というガイダンスをいたしますが、そのオリエンテーションをもっと楽しいものにしたいな、と個人的に思っています。

10日間くらい勉強せずに、我々教員と学生さんが交流したり、クラスメイトの交流をはかり、また他学部の学生さんと交流したり、先輩と交流したり…。それぞれの立場から、鍼灸の面白さを伝えられたらいいなと。来年度からはそういったことをしたいと思っております。

最近「人との交流が人間の治癒力を高める」ということが、社会疫学的な研究で明らかになってきているんですね。

先ほど、ほんのちょっと話題に出た認知症においては、交流の場を作り、一緒にゲームをしたり、料理を作ったり、ハイキングしたりして過ごすことによって、アルツハイマーにコンバートする率が低くなるということがわかってきました。

なお、認知症の未病をMCI(認知機能障害)といいますが、その状態を放置しておくと、アルツハイマー病へと進展します。その率は、日本の研究者によるとおおよそ16%と報告されています。それが、人との交流を通して、抑制したり正常な状態に戻すことが可能だというのです。

また、地域においては、ソーシャル・キャピタルや、ソーシャル・サポートといったものが充実している町は、人々全体の健康度を高めるとも言われております。

その点において、町の中で開業をしてきた鍼灸院という場所は、昔から人々の交流の場であり、鍼灸師は、その町に住んでいる人たちの身心の健康をサポートする立場であったんではないかと思っております。

これからますます進む、超高齢社会の中で、鍼灸師がどのような役割を果たすのか、町の人たちとどう関わりを持つかということを考えていただきたいんですね。

身体を診て、鍼をして、お灸をする。それで完結するのではなくて、地域全体に上手に溶け込んでいくような。鍼灸だけでなくて、もう少し活動の場を広げていってほしいのです。脱治療院といいますか、在宅もぜひ積極的におこなって、デリバリーメディスンを必要としている人の元へ鍼灸を届けてほしい。

我々鍼灸師は開業権を持つ数少ない医療従事者なわけですから、地域にどのように溶け込んでいくかを考えることが大事なのではないかと思うのです。つまり、鍼灸界だけを見つめているだけでは、なかなかうまくはいかない。鍼灸分野だけではなく、違う分野の人たちとの交流を大切にし、地域に住んでいる方々の健康の維持増進に努めてほしいし、実際にそういった実例がたくさんあるのです。

ぜひ開業されている先生方は、治療院から街に、地域に出て、多くの人たちと交流してください。そうすれば、治療院の受療者も自然と増えるのではないでしょうか。そうなれば、収入も増え、3ヶ月に1回くらい美味しいフランス料理を楽しんだり、ワインを飲めるかもしれません(笑)。データをみると、そういった生活を送ることは厳しいような数字が出ていますが、けっしてそうではなく、発展できる可能性は十分にあります。

ある高名な文明家は、21世紀は物理療法の時代であると言いました。この先の社会の姿を見据えると、まさにその時代が到来しつつあります。なお、ここでいう物理療法は、そのものの意味ではなく、薬物療法に対する非薬物療法として記載されたものです。

鍼灸医療は非薬物療法の代表です。その治療原理は自然治癒力です。文明化の予言は、薬物療法に象徴されるような人工的介入による医療から、自然治癒力を尊重する医療が、これから必要であると言いたかったものと捉えています。その役割を担うのが鍼灸師であり、鍼灸師が社会から期待される、社会から望まれる時代が到来すると思っています。

我々は教員として、先輩として、鍼灸の可能性を信じ、ぜひ1年生の学生さんたちにもわかりやすく鍼灸の魅力を伝え、もっともっと鍼灸に興味を持っていただけるようにしていきたいなと。そうすれば、中根先生のような学生は少なくなるのではないかなと思っています(笑)。

中根:す、すみません。学生時代はほんとうに不真面目で…(汗)。

矢野:ふふふ(笑)。

中根:自主休講が多かったので、学生時代には、こういったお話をしていただくというチャンスはなかなかなかったので、今回はぼくだけではなく皆さんにとっても興味深く、学びがあったのではないかと思います。

ところどころ難しい部分はあったかと思いますが、恩師として、先輩として、矢野先生から鍼灸について未来志向で多くのことを教えていただけた、すばらしい時間だったと思っております。

今日はありがとうございました。

矢野:十分に役目を果たせずに申し訳ありません。

中根:最後にひとつ。矢野先生、生まれ変わっても鍼灸師になりたいですか?

矢野:そうですね…。同じハリでも曲がったハリで…、漁師がいいかなと思っています(照)。

中根:(笑)。

(会場拍手)

【記事担当】
加筆=矢野 忠先生/中根 一先生
対談書き起こし・文・写真・編集=さまんさ

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