置鍼時間と治療効果の関連とは?/鍼灸師・博士(鍼灸学):山﨑 翼

今回の学びは「置鍼時間」がテーマです。
最新の研究や古典から、より効果的な置鍼時間について考察します。

引き続き、予防医学としての鍼灸治療の有効性を研究されている明治国際医療大学講師の山﨑翼先生に執筆をお願いしました。

いただいた原稿を、ハリトヒト。編集部が対談形式に再構成しています。

山﨑 翼(やまざき たすく)先生

2005年3月 明治鍼灸大学 鍼灸学部 卒業
2010年3月 明治国際医療大学大学院 博士後期課程 修了 鍼灸学博士
2010年4月 明治国際医療大学 博士研究員
2010年11月 明治国際医療大学 保健・老年鍼灸学講座 助教
2017年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 助教
2019年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 講師
2022年4月 明治国際医療大学 大学院鍼灸学研究科鍼灸学専攻専攻長補佐(現在に至る)

効果的な置鍼時間を文献から考える

山﨑先生
山﨑先生
鍼灸治療をおこなう際、施術者や流派によって最も意見が分かれるものの中に、置鍼の時間があります。
実際どのくらいがベストなのか、とても気になります。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
一般的な置鍼時間はどれくらいで、時間によって効果はどれくらい異なるのか。ひとつに絞れないまでも、適切かつ効果的と思われる時間はどのくらいなのか。今回は、シンプルながら深みのある「置鍼時間」について、文献を交えつつ考えていきたいと思います。
よろしくお願いします。
ゆうすけ
ゆうすけ

文献でも置鍼時間はさまざま

山﨑先生
山﨑先生
はじめにも触れた通り、置鍼時間については施術者や流派、主訴によっても大きく異なり、10分前後から15分~20分、15分~30分、20分~40分など本当にさまざまです。
日本の場合、流派や手法が多様なので置鍼時間もさまざまだと思うのですが、海外ではどうなのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
海外の文献を大まかに調べてみても、日本同様に15分、20分、30分が設定されていることが多いのですが、やはり科学的根拠には乏しいようです。
海外でも置鍼時間はまちまちなんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
一方、諸説ありますが古典には「気は全身を1日に50周する」とあります。その場合は1周にかかる時間は計算上30分程度ということになりますので、そうなると、東洋医学的には30分程度の置鍼時間がよいということになるのかもしれません。
全身を気がめぐる時間にあわせて30分置鍼というと、なんとなく説得力があるように聞こえますが…。どのくらい置鍼するのが効果的なのか、実際に検証してみた結果が気になります。
ゆうすけ
ゆうすけ

置鍼時間によって治療効果に違いはあるのか

山﨑先生
山﨑先生
今回ご紹介する論文は、置鍼時間による効果の違いに着目した研究です。タイトルは「Acupuncture in Oncology: The Effectiveness of Acupuncture May Not Depend on Needle Retention Duration」、意訳すると「腫瘍学における鍼治療:鍼治療の効果は置鍼の時間に依存しない可能性がある」になると思います。
どういった内容の研究なのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
この研究は後ろ向き研究で、がん患者さんにおけるさまざまな鍼治療の置鍼時間による効果を比較したものです。患者さんは6週間、週1回の頻度で治療を受けている方で、置鍼時間が2分、10分、20分で効果に差があるかを調査しました。対象症状は不安と抑うつ、ストレス、疲労、生活の質(QOL)とのことです。
結果はどうでしたか?
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
結論としては鍼治療後に3つのグループすべてで抑うつ、ストレス、疲労、およびQOLが有意に改善しました。ただし、置鍼時間2分VS置鍼時間10分VS置鍼時間20分の3群間で有意差は認められませんでした。
どの長さでも治療効果が見られたんですね。2分でも改善するなら置鍼時間は短くていいのでは?って思うのですが…。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
しかし、さらに細かな解析をすると、置鍼時間2分VS置鍼時間10分、置鍼時間2分VS置鍼時間20分では、いずれも置鍼時間が長い方が効果が高かったと述べられています。一方、置鍼時間10分VS置鍼時間20分では効果には差がなかったとのことです。結論として、「一定の時間に達すると、がん患者においては鍼治療の効果は置鍼時間に依存しない可能性があることを示唆している」と結ばれていました。
2分よりは10分以上の置鍼の方が効果が高いけど、それ以上では効果に差がないかもという結論だったんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
加えてこの結果は、慢性の首や肩の痛みがある患者に対する鍼治療の置鍼時間による効果の違いを調べた過去の報告の結果とも一致しているとも述べられていました。すなわち、肩こりなどの一般的な症状でも、必ずしも置鍼時間が長いほうが効果的ではないと考察していることになると思います。
では、あまり長く置鍼しても意味がないってことですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
ご紹介した論文は、対象ががん患者さんであることなど、限定的な条件での比較にとどまるかと思います。患者さんの状態や刺激方法が変われば当然結果も変わるため、あくまで1つのデータや解釈ということになるでしょう。ここに、治療時間や治療院の予約枠、施術者の経験などが加わると、臨床的にも研究的にもよく用いられる15分~30分以内という置鍼時間になるのだと思います。

神経伝達物質の分泌には30分の置鍼が効果的

山﨑先生
山﨑先生
この15分から20分および30分の置鍼の間には、生体内で何が起こっているのでしょうか。そして、本当に長い時間の置鍼には意味がないのでしょうか。
さっきまでの話で、10分くらいすれば、それ以上長い置鍼には意味がないのかなと思っていたところですが……。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
鍼刺激をおこなうと、精神の安定やストレス軽減に影響するセロトニンや、意欲や学習に影響するドーパミンが増加することが多数報告されています。
もしやセロトニンやドーパミンの分泌増加も、置鍼時間と関連してくるのでしょうか?
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
動物実験ではありますが、特にセロトニンは鍼刺激の直後から増加し始めて、置鍼20分時点で分泌量が最大となり、40分時点で安定した後、100分までは濃度が高い状態が維持されると報告されています1)。また、鍼通電を想定した場合には、通電による一定の刺激はリズム刺激となり、刺激後30分でセロトニン分泌が最大になるとされています。
分泌量が最大になるのは早くても20分時点から。セロトニンの分泌という目的で考えると効果を出すためには10分の置鍼では短い可能性があるということですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
また、こちらも動物実験ですが、手技を加えながら30分間の置鍼を一定期間おこなうことで、腸内細菌叢の乱れが調節されることも報告されています。
前回の「学び」で鍼刺激で腸内細菌の種類が増えたという話がありましたが、腸内細菌叢を整えるのにも30分の置鍼が有効な可能性がある…。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
さらに、鎮痛物質であるエンドルフィン分泌促進に関しては、鍼通電後30分で有意に増加することも報告2)されているなど、動物実験や鍼通電も混ざりますが、「30分の置鍼」に意義があることも多数示されています。こうなってくると、必ずしも「長く置鍼しても意味がない」とは言い難くなってきますし、セロトニンなどの精神状態に影響するような物質の増加には、長い時間置鍼したほうが良いとしている文献も少なくありません。
神経伝達物質の分泌増加を狙いたい場合は30分の置鍼が効果的な可能性がある…。目的によっては長い時間の置鍼を選択すると、より治療効果が出しやすくなるかもしれないですね。
ゆうすけ
ゆうすけ

先人達が残した治療法から見えてくることがある

山﨑先生
山﨑先生
こうして調べていくと、東洋医学で言われる1周の気の流れに要する30分という時間にも、やはり先人の深い洞察と知恵が隠れていることが考察できます。
神経伝達物質の分泌が30分の置鍼で最大量に達するとか、現代で解明された結果を聞くと古代の人はそれに気付いていたのかと思えてその観察力にビックリします。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
もちろん今後の研究で、症状によってもっと細かく置鍼時間を設定することができれば、治療効果を高める一助になるのかもしれません。
最新の研究と古典、どちらも治療のヒントがたくさんあるって改めて思いました。
ゆうすけ
ゆうすけ
山﨑先生
山﨑先生
経穴の部位や経穴の特性を含め、古典で残された中には、今の科学では解明できていないものが数多くあります。しかし、これだけの長い時間、受け継がれているわけですから、なにか気付いていない意味や効果があるはずです。まずは偉大な先人が残した治療法に学び、科学で証明されるその日まで受け継いでいく必要があると感じています。また、私自身は研究者として、その解明に向けて少しずつでも努力していきたいと思います。

参考文献
Byeongsang Oh, Thomas Eade, Andrew Kneebone, George Hruby, Gillian Lamoury, Nick Pavlakis, Stephen Clarke, Chris Zaslawski, Isobel Marr, Daniel Costa, Michael Back.
Acupuncture in Oncology: The Effectiveness of Acupuncture May Not Depend on Needle Retention Duration.
Integr Cancer Ther. 17(2):458-466. 2018.

1)Kanji Yoshimoto, Fumihiko Fukuda, Masafumi Hori, Baku Kato, Hideaki Kato, Hiroyuki Hattori, Naoki Tokuda, Kinya Kuriyama, Tadashi Yano, Masahiro Yasuhara.
Acupuncture stimulates the release of serotonin, but not dopamine, in the rat nucleus accumbens.
Tohoku J Exp Med. 208(4):321-6.2006.

2)石丸圭荘, 関戸玲奈, 咲田雅一.
合谷鍼通電における内因性鎮痛と経絡の関係.
全日本鍼灸学会雑誌. 53(2):184-189. 2003.

文:山﨑 翼
編集:サイトウ
撮影:ツルタ
(2025.10.27公開)
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