「人としての経験を積まないと」と思った/鍼灸師:五味 哲也

「僕らの存在って何だろう」と自問自答を繰り返していた

今までの経緯をまとめると、阪神大震災で技術職を意識して、大学卒業後に鍼灸・あん摩マッサージ指圧師の専門学校に入り、徒弟制度を経て、青年海外協力隊員としてインドネシアとケニアに赴任…と。
国内外の現実を知って、五味さんご自身はどう変わりましたか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
そうだね…。たとえばケニアでは、治安が悪いから夜19時以降は外出できない。
だからやることといえば「考えること」が多かった。
「鍼灸や東洋医学って何だろう」とか「僕らの存在って何だろう」とか…哲学的な自問自答をずっとしていたよ(笑)。
五味さんが求道者のようなイメージなのは、哲学的だからかも(笑)。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
え、そんなイメージなの!?(笑)
そんなことを考えながら帰国して、もし開業するならば「世の中の役に立つ鍼灸院にしたい」という気持ちが芽生えていた。
それで、まずは訪問鍼灸マッサージから始めたんですよね?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
うん。最初は小さく始めようと、訪問鍼灸マッサージで開業したんだ。
そしてやっていくうちに多職種連携や日常生活をサポートする重要性を感じた。
視野が広がったということですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
そうとも言える。
鍼灸やあん摩マッサージ、指圧を深く考えたときに「東洋的な思想をベースにして社会問題を改善することが大事なんじゃないか」と思ったんだ。
いっぽうで、自分の鍼灸院を開業するという夢も叶えたかった。
しばらくして訪問の仕事が軌道に乗り、東京の板橋区で念願の鍼灸院を構えることができたんだ。

ダイアローグとの出会い

堅実なステップアップですね。
ただ、ぼくにとって五味先生といえば「ダイアローグ」なんですよね。
その辺りもお話をお聞きしたいです。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
そうだね(笑)。
ダイアローグについては、帰国後に森川すいめいさんの活動を知ったのがキッカケだね。
森川すいめいさんのお名前は五味さんとの話の中によく出てきますね。
どのような方なんですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
森川すいめいさんは鍼灸師であり、また、精神科のドクターでね。
東京の池袋で、ホームレス支援の「TENOHASI」という団体も運営している方だよ。
「ホームレスへの炊き出しと同時に鍼灸もやっている」と聞き、興味が湧いて活動に参加したんだ。
その「TENOHASI」に参加して、どのような変化がありましたか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
森川すいめいさんは日本で「オープン・ダイアローグ」を広める活動をしている第一人者でもある。
彼の一連の活動を通して、すいめいさんが大事にしているダイアローグ…つまり「対話」に関心を持ったんだ。
対話の重要性を知ったわけですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
鍼灸業界って、見えない上下関係が根強いし、「ベテラン世代」が話すと若い人は黙っちゃう文化があるな、と思っていて。
フラットな関係で話をする機会が増えれば、もっと業界が活性化するだろうと考えているんだ。
たしかに、それには対話することが有効でしょうね。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
前に金井くんや若い人たちと一緒に「はみカフェ」という対話型のイベントをやったことがあるよね。
あれは「これからの世代にこそ、対話を知ってもらいたい」という思いがあったんだよ。
五味さんにはずっと応援していただいて、本当にありがたいと思っています。
あのイベントは、若い世代に「対話の意義」を伝えるキッカケになりました。
ぜひ対話について、もう少しお話を聞かせてください。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
「対話って何か?」 というとね。
「相手を自分の思うように支配しよう」というものではなくて「お互いは違うんだ」と理解することが前提なんだ。
実際にダイアローグの本場フィンランドでは、精神科領域で大きな成果を上げているし、政策決定の場でも活かされている。
僕も臨床の場では「ダイアローグ性」を大事にしているんだよ。
業界においても臨床においても、フラットな立場で対話する姿勢が大切だと、ぼくも感じています。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
たとえば、9.11以降インドネシアでもテロが多くて、それについて現地のみんなと議論をすることもがあったけど、そんな時に日本人は緩衝材のような存在になるんだ。
お互いに意見と意見がぶつかってしまいそうな時に、クッションになる…という感じですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
うん。相手との「間」や感情を大切にする禅の思想や日本鍼灸の背景を考えても、やっぱりそこにつながってくるんだよね。
まずは「お互いは違うんだ」という前提に立つこと。
僕が目指しているのは、自分も相手も幸福感を感じるための鍼灸なんだ。
自分も相手も幸福感を感じる鍼灸…!
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
患者さんと「人と人の関係性をつくる」にも「安心安全な場をつくる」にも、普段から自分が意識していないと、急にはできないんだよね。
そういう場を提供しようと意識することが対話には大切なんだ。
臨床で我々が「安心安全な場」となることは大切ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
だから、僕はダイアローグの意義を若い人に伝えることで、鍼灸師が患者さんや社会にとっての、「北風と太陽」の「太陽」みたいな存在になることを望んでいるんだ。
あの童話の「太陽」みたいに、安心感で相手を包みこんで、心と心を通わせられる場を作れる鍼灸師…。
そのような鍼灸師になれる人って、五味さんはどんな人だと思います?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
いやーーー! それは全くわからないけど(笑)。
わかりませんか(笑)。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
やっぱり多様性を否定せずに認められる人じゃない?
なるほど。多様性を認めることが、対話の前提ですものね。
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
多様性を認め合えるようになると、豊かになるからね。外も内も。
それが安心安全の場につながるんじゃないかな。
最後に、今の鍼灸学生、経験の浅い鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師に伝えたいことはありますか?
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
鍼灸やあん摩マッサージ、指圧だけで食べていければ理想だけど、それだけにこだわってしまうと自分も相手も苦しむこともあると思うんだよね。
自分が持つ技術に「その人らしさ」を掛け合わせた、ニュータイプの治療家がこれからたくさん登場してくるんじゃないかな。
技術だけの治療家より、そっちの方が個人的にはワクワクしちゃうよね(笑)。
ニュータイプ鍼灸師…。すでに出現しているかもしれませんね!
ゆうすけ
ゆうすけ
五味先生
五味先生
かと言って、新しいってだけで、根幹をいい加減にされても困っちゃうから、大事になるのはやっぱり日本人としての哲学や思想だと思っている。
「鍼灸師には日本人らしい哲学や思想が大切だよ」と対話を通して次の世代に伝え続けるのは、僕たちの世代の最低限の義務だよね。

【記事担当】取材=ゆうすけシンタロー
撮影=ツルタウラベ
編集=さまんさ
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