正解は1つじゃない/鍼灸師:井口 智弘

「いい先生」というタレコミ

教員になって今年で2年目ですよね。教えるのが好きとおっしゃっていましたが。
ツルタ
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井口先生
井口先生
新卒ではないし、年齢も若くはないですが非常に楽しく働いています。うちの学校は、学生の年齢層が結構高いんです。定年退職後とか会社を辞めて入学したような方が多くて、学生とはいえ「この授業はよかったよ」とか率直にフィードバックしてくれるので、ありがたいですね。学習意欲も高いので、こちらも負けないように教えています。

どんな授業の反響が高いんですか。
ツルタ
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井口先生
井口先生
2年生の東洋医学概論Ⅱを担当しているのですが、国家試験に向けた内容以外に、臨床の話を交えるとやはりリアクションがいいですね。アンケートでも「授業の合間の、臨床の話が面白いし勉強になります」というコメントをもらうことが多いです。というのも、休みの日に細々と訪問鍼灸を続けているので、そこでの経験などを話しています。

これまでの臨床経験が活きているわけですね。
ツルタ
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井口先生
井口先生
鍼灸学校や大学院で勉強しても、治療方法の明確な答えはないじゃないですか。ただ、答えがあるとすれば、現場でお金をいただくことが、自分がおこなっている鍼灸治療の価値としての最初の答えだと思います。自費の施術は、1回1回が真剣勝負だと僕は思っていて、施術が良かったら直接患者さんから対価をいただけるし、リピートしていただける。そんな経験が、教える部分にも役立つんだなと思いながら、日々授業をしています。

学校の特徴としては、どんなものがありますか。
ツルタ
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井口先生
井口先生
「はり」「きゅう」「あん摩マッサージ指圧」の3つの資格が取れる鍼灸・マッサージ科(本科)、「はり」「きゅう」の資格がとれる第1鍼灸科(昼間部)と第2鍼灸科(夜間部)、「あん摩マッサージ指圧」がとれる夜間部のマッサージ科(選科)と、合計4つの学科があります。夜間で「あん摩マッサージ指圧」だけを取れるのは特徴ですね。

鍼灸のみの施術者は、手技とどう付き合っていけばいいか関心があります。
ツルタ
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井口先生
井口先生
僕は鍼灸師の資格しか持っていないんですけど、あん摩マッサージ指圧師の免許が欲しいなって、この学校で働いてさらに思いました。鍼灸科でも1年生の時に、「手技療法概論」というあマ指の先生に手技を教えてもらう授業があるんですけど、鍼灸科の学生たちには「これを絶対忘れないで、鍼灸の手作りに役立つよ」と伝えています。

杉山真伝流の修行だと、先にあん摩を何年かやって、そこから鍼をやるっていいますよね。ツボを捉えるのにあん摩の技術が役立つってことなのかな…。先生が教えるときに特に心がけていることはありますか。
ツルタ
ツルタ

井口先生
井口先生
そうですね。東洋医学を標榜する鍼灸には、さまざまな立場、住み分けがあることを早めに伝えておきたいんです。例えば、中医学の証と経絡治療の証は違うとか、沢田流ではこう考えているとか、僕が、学生のころは中医学ベースで東洋医学概論を学んだので、学生の頃は経絡治療が何なのか、名前は知ってるけど……でしたから。なので、どこの東洋医学なのか、学生が混乱しないように教えるように注意していますね。

じつは「いい先生」っていうタレコミはまさにそこです。きちんと出典を示してくれるところが「いい先生」って評価されているそうですよ。出典がわかると、学生はさらにそこから学びを進められますからね。
ツルタ
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正解は1つじゃない。いろんな方法を知ってほしい

大学時代に「鍼灸師は食べて行くのが大変な仕事だよ」と言われて、かなり回り道をしたわけじゃないですか。実際に教員として教える立場になって「鍼灸って食えない仕事だな」って思いますか。
ツルタ
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井口先生
井口先生
教員としてというよりも、臨床の現場で働いていたときの経験からわかったことがあるんです。訪問鍼灸では、曜日ごとに施術者が変わったりするし、会社や組織の運営面でみるとなるべく施術者のスキルは均一化している方がいいし、個性は邪魔になる場合があります。曜日ごとにムラがあると患者さんは困るので…。でも結局鍼灸治療は、人と人との交流の中でおこなわれるものなので、訪問鍼灸で何より意識したことはちゃんと名札をつけて「井口が来ていますと」と、真面目に一生懸命やっていました。そうしたら2年間でも「井口先生に来てほしい」って患者さんに言われるようになったんですよね。技術よりもまず誠実にやっていたら、患者さんはついてくるんだなと。

信頼関係を築いていければ、遅かれ早かれ必ず自分のクライアントが増えていくはずですよね。先ほど、学生さんの年齢層が高いというお話がありましたが、就職で不安を抱えているようなケースもありそうです。そういったときはどんなアドバイスをされていますか。
ツルタ
ツルタ

井口先生
井口先生
年齢に関係なく就職先はあると思っています。今の状況だと、訪問鍼灸の求人は多いです。それからデイサービスで機能訓練指導員として働く道もあるし、よく探せば就職先で困ることはないと思っています。ただ、いずれ自分で開業したいと思っている場合、どこでも長く働きすぎちゃうと辞めにくいよっていう話はしています。勤務先で一生懸命働けば働くほど、患者さんとの関係性が出来上がってくるはずなので、「その関係を、捨ててまでキャリアアップするのか? 自分は?」って自問自答しちゃいます。それに会社で役職がつけば辞めづらくなるのはどこの業界でも同じですよね。

最終的に開業したいのであれば、どうしたらよいと考えていますか?
ツルタ
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井口先生
井口先生
開業してすぐ患者さんが来るわけじゃないので、例えば平日は正社員やアルバイトでとりあえず訪問鍼灸などで経験を積んで、土日は開業する方法もいいですよね。現に、僕が休みの日に訪問鍼灸をしているのもその形に近いです。そして土日の患者さんが増えだしたら、アルバイトを5日から3日に減らして、治療院を開ける日を増やしたらどうかという話をすることもあります。

個人開業は自分のクライアントをいかに増やしていくかが重要だと思うので、現実的で役立つアドバイスだと思います。
ツルタ
ツルタ

井口先生
井口先生
あとは、個人だと自分が倒れちゃったり病気になったりすると、途端に仕事ができなくなりますよね。なので、自分が1日何人患者さんを診れるのかを、今のうちに考えた方がいいよ伝えています。まずは自分の体力的に1日に何人診れそうか、1人1人施術する方がいいのか、同時に患者を施術しても平気なタイプなのか、それを決めてから、次に自分がいくら稼ぎたいのか考える。そうすると、おのずと1施術の金額が決まってくると話しているんです。

かなり具体的な話もするんですね。
ツルタ
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井口先生
井口先生
予約を何時間おきに取った方がいいか話すこともあります。要は次の予約までに2時間空けたければ、9時、11時、13時の予約枠を設けてそれ以外の時間は予約を取らないようなやり方もできるよって。要するに、施術者自身が体力的にも精神的にも余裕をもって施術に望まないと、施術のクオリティが変化しちゃうよと話してます。

予約や収入って、多ければ多いほど正解ってわけではないんですよね。個人院は自分らしい生き方ができるやり方をできるので。
ツルタ
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井口先生
井口先生
そうですね。だから学生たちには、今のうちに色んな勉強会に参加して見聞を広げてほしいと思っています。治療方法はたくさんあるし、さまざまな臨床家がいる。世の中情報過多で、施術方法も唯一絶対の治療方法があると思ってしまいがちだけど、鍼灸で絶対やってはいけないことはありますが、絶対正しい治療方法はなくて正解は1つじゃない。実際にやってみて失敗してもいいから、1番自分にしっくりくる方法を在学中にみつけてほしいですね。

【記事担当】
取材 = ゆうすけタキザワツルタ
撮影 = ツルタ
文    = なるみさわ
編集 = ツルタ

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