日々の臨床から良い臨床研究は生まれる/鍼灸師:菊池 友和
第71回(公社)全日本鍼灸学会学術大会東京大会が2022年6月3日(金)から6月5日(日)の3日間にわたって、東京有明医療大学・有明ガーデンコンファレンスセンターで開催されます。東京での開催は5年ぶりのことです。
大会会頭は坂井友実先生(東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授)、実行委員長は山口智先生(埼玉医科大学東洋医学科准教授)が務めます。
一体、どんなシンポジウムや講演がおこなわれ、どのようなディスカッションが飛び交うのか。
プログラムを一読すれば、内容の充実ぶりがよく伝わってきます。シンポジウムだけでも「慢性疼痛に対する鍼灸治療の展望 -ガイドラインの拡充を目指して-」「腰痛に対する鍼灸治療の展望」のほか7題がおこなわれるなど、まさに大会テーマ「現代医療における鍼灸の役割 -未来に向けての鍼灸のチカラ-」に沿ったプログラムが目白押しです。
しかし、全日本鍼灸学会は「研究者のための学術大会」というイメージがどうしても強くあります。はたして、実際の臨床にどこまで役立つのか。開業鍼灸師のなかには、そんな疑問を持つ人も少なくないことでしょう。
そこで今回は、全日本鍼灸学会で開催予定の「鍼灸臨床研究トレーニング SMART」(SMART:Specific Matters solution for Acupuncture clinical Researchers Training)をピックアップしながら、「開業鍼灸師だからこそ始められる臨床研究」について菊池友和先生(同学会諮問委員、編集委員、教育研修委員)に聞きました。
「全日本鍼灸学会に興味があるけれど、ちょっと難しそう…」
「治療院を休みにしてまで、参加するのはなあ」
そんな人に特に今回のインタビューを読んでいただければ嬉しいです。
さあ、来たる全日本鍼灸学会東京大会に向けて、気持ちを高めていきましょう。
菊池 友和(きくち ともかず)先生
【略歴】
注文住宅の施工管理業務に従事
左眼失明、右眼網膜剥離などの手術を繰り返すも緩解せず
1999年 埼玉県立盲学校専攻科理療科入学
2002年 埼玉医科大学東洋医学科研修生(2004年修了)
2003年〜現在 (医)パークヒルクリニック鍼灸外来(非常勤)
2004年〜2006年 埼玉医科大学 東洋医学科(非常勤)
2006年~2021年 埼玉医科大学 東洋医学科常勤職員、同総合医療センター麻酔科ペインクリニック、同国際医療センター支持医療科、同かわごえクリニック東洋医学科などを兼担
2011年〜2021年 埼玉精神神経センター神経内科(非常勤)
2021年~現在 日本鍼灸理療専門学校に入職、同校附属鍼灸院に勤務
2022年~現在 東洋医学研究所 主任研究員
【学会など】
全日本鍼灸学会(諮問委員、編集委員、教育研修委員、認定鍼灸師)、日本頭痛学会会員、日本自律神経学会会員、日本東洋医学会、現代医療鍼灸臨床研究会(理事、広報委員)、日本鍼灸師会(研修委員)
「良い臨床家は良い研究者」であるワケ
年に1回開催される鍼灸業界の大イベント、全日本鍼灸学会の時期が迫ってきました。そこで今回は、全日本鍼灸学会で諮問委員、編集委員と教育研修委員を務める、菊池先生にインタビューをします。「鍼灸臨床研究トレーニング SMART」を中心に、全日本鍼灸学会東京大会のことについて、お聞きしたいと思います。
花田学園、日本鍼灸理療専門学校の附属鍼灸院で外来と臨床実習を担当しながら、学会活動にも携わっている菊池です。よろしくお願いします。
「鍼灸臨床研究トレーニング SMART」(以下、SMART)は、「次世代の鍼灸臨床研究者を育成する」ことを目的としたワークショップですが、全日本鍼灸学会の教育研修部でおこなっている事業なんですね。
本企画は、教育研修部部長の津田昌樹先生、副部長の鈴木雅雄先生が中心となり、福原俊一先生(京都大学医学研究科教授、福島県立医科大学副学長)や福田文彦先生(明治国際医療大学鍼灸学部特任教授)にもアドバイスをもらいながら、10年前にスタートしたものです。
初期メンバーが、鈴木雅雄先生、金子聡一郎先生、木津正義先生、そして私の4人です。その後、八重樫寛子先生、南波利宗先生、藤田洋輔先生、堀部豪先生が加わり、現在は8名がファシリテーターとなりグループワークを中心に進めていきます。
SMARTには、研究の経験がない臨床家も参加できるのでしょうか。
ええ、もちろん大丈夫です。SMARTの基本的なスタンスが「良い臨床家は良い研究者」というものですから。日頃から臨床で患者さんと向き合っていれば、「なぜだろう?」という疑問が、たくさん出てきますよね。
臨床で少しでもモヤモヤするものがあれば、すでに研究は始まっているようなものです。研究の目的を「明日からの臨床行動を変える」と捉えてみてください。
日々の臨床で感じた疑問を研究する。そこに込められた願いは、臨床行動を「より良く」したいってことですね。
「良い臨床家は良い研究者」ということがよくわかると思います。その研究の作法を学べるのが、「鍼灸臨床研究トレーニング SMART」です。
鍼灸師のカルテは宝の山
SMARTは、座学もありますが、グループワークがメインです。疑問を解決するために、どんな研究デザインを描いたのか、グループごとに話し合ったことを発表してもらいます。その発表に対して、みんなで議論するところまでがセットです。
臨床だけしかしてこなかった開業鍼灸師や、論文を読んだことがない人でも参加できるのですか。
もちろんです。さまざまな鍼灸師の先生に「臨床研究は楽しいですよ」と伝えるのが一番の目的ですから。
むしろ一般的な鍼灸師が参加することに意義があるんですね。
そうです。本当に必要な臨床研究は、臨床現場の疑問からしか生まれないと思っています。だからみなさんの感じている臨床上の疑問を、SMARTの場で聞かせてもらえるのが楽しみなんですよ。
SMARTって、第一線で研究者として活躍する先生方と交流できるわけですから、すごく貴重な機会ですよね。一般の鍼灸師にとって学会でないとできないことが、凝縮されていると思います。
いろんな立場の方に参加してもらうことで、臨床研究を根付かせたいという想いがあります。研究者からすれば、先生方のカルテは「宝の山」なんですよ。お互いに信頼しあえるような協力関係を築いていくのが理想的です。
例年、SMARTの申し込みは先着順なんですよね。定員は何名くらいですか。
今年は40名でzoomによる開催です。6月3日金曜日の19時から21時を予定しています。
SMARTは10年前からスタートして、今回で最後と聞きました。
当初から「10回でひと区切りにして成果を観よう」と決めていたので、とりあえず今回で最後になります。若い人にバトンを渡せればよいなとも思いますので、ぜひ、今回の機会を見逃さないでほしいですね。
お話を聞いて、臨床研究が思った以上に、幅広い意味だとわかりました。日々の臨床のなかの「トライ&エラー」も研究の種になるんですね。
臨床でもやっているうちに、鍼の刺し方も変わりますし、お灸の捻り方も変わりますよね。たとえ1人でやっていたとしても、自分の診療行動が変わることは、臨床研究だと思います。
研究の目的を「臨床行動を変えること」だと最初に言いました。でも、実はもっと広がりがあります。アドバイザーの福原先生はこんなふうに言っています。「良い臨床研究は診療行動を変える。良い診療行動は政策を変える」と。
ただ、第三者の行動を変えるにはお作法が必要です。このSMARTでは医師をはじめとしたメディカルスタッフ、患者さん、そして我々鍼灸師の診療行動を変える。そして政策を変えるためには、第三者が理解できる形に言語化する必要があります。その基本をSMARTで学んでいただきたいと思います。
お作法が大切なんですね。
私たちひとりひとりが「良い臨床家は良い研究者」を実践することで、いつかは診療ガイドラインに反映され、国の政策をも変えるかもしれない。そう思うと、せっかく日々の臨床で感じたことを形に残さないのは、鍼灸業界全体にとって損失ですらありますね。
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