鍼を受けてる時間って、こんなに気持ちよくて幸せなんだ(後編)/鍼灸師 中根 一

「いい鍼灸師になる条件ってなんですか?」って聞いたの

中根先生
中根先生
実習が終わった頃、ほぼ毎晩友だちとプロレスゲームをしててさ。
その相手が、今の経絡治療学会で事務局長をしてる橋本くんっていう同期だったの。
ある時、彼が「遊んでばっかりいないで、たまには勉強に行こうぜ」って誘ってくれて、経絡治療学会の夏期大学※(経絡治療学会主催で夏期におこなわれる短期集中講座)に行ってみたのね。
そこで、岡田明三という人に出会ったわけですよ。
いよいよ。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
なんだか面白くってさ、この人が。
質問会でみんな難経や脈診について真剣な顔をして質疑応答してたんだけど、そんなの僕、わかんなかったしさ。
でも岡田先生の班は、もうちょっとゆるい感じの話をされていて。
で、岡田先生だったらアホらしい質問をしても答えてくれそうだなと思って、「いい鍼灸師になる条件ってなんですか?」って聞いたの。
それはぜひ聞いてみたいです。なんて言われたんですか?
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
「センス」って言われたの。
ドキッてしない?
うーん。ちょいっとツラい感じがします。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
だよね。そしたら次に問いが立つよね。
「センスがなかったらどうしたらいいですか?」って。
そうですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
「遊べ」って言われたの。
ああー!
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
パッキーンですよ。
これだって感じですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
でね、こう付け加えられたの。
「でも、遊ぶといっても、ゲームするとかそういうんじゃなくて。春にはお花見をする、夏には海水浴に行く、秋には紅葉狩り、冬にはスキーをする。そうやって自然に触れると、そのときの光の加減とか、空気の匂いとか、あるいは湿気の感じとかがわかるでしょ。そういうことに対して、感度を磨くのがセンスを磨くってこと。それができてれば大丈夫」ってね。
じゃあセンスというのは、いわゆる才能というよりも、それを感じる…。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そう。センスって「感性」や「感じ方」という意味だから。
そう言われて「あぁ、すっげえこの人」って思ったんだよね。
だってそのアドバイスって、鍼灸師を育てるアドバイスじゃなくて、人を育てるアドバイスでしょ?
普通だったら、難経を読みなさいって言っちゃうじゃん。
だから流派じゃなくて考え方だっていう経絡治療の自由度がフィットしたし、何より岡田先生にハマった。
僕にとってどちらもが救いだったんだろうね。主語が自分でいられるのがさ。
それは運命を感じちゃいますね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
ちなみに鋤柄くんはどうやって師匠を選んだの?
選んだ…というか、学生時代に友人に誘われて勉強会に入りまして。
そのままそこに所属していたら講師をされていた先生のところで、勉強させていただけるようになったという感じですかね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
なるほど。よく「師匠選びってどうやってやるんですか?」って聞かれるけど。
やっぱりご縁だよね、これ。
ほんとに。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
出会いしかないよね。だから学生の間に、いろんな先輩に出会えるといいよね。
そうです、そうです。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
これは神戸女学院の名誉教授で合気道に精通されている内田 樹(うちだ たつる)先生の言葉なんだけど。
「師匠が見ている未来を共に見るのが、弟子の務め」と著書に書いていらっしゃって。
師匠が患者さんだけじゃなく、弟子やいろんな人と笑顔で話されてるのを見て「ああ、僕もこんなふうに誰かを元気にできたらいいな」と思った瞬間に、弟子になるんだよね。
なるほど…。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
師弟関係って、師匠と同じ技術や手順で施術ができるようになるとか、そういう学や術をコピーするのとはちょっと違う気が僕はしてて。
むしろ価値観や生き方を共有するとか。
そうすると、師弟というのは、学校における先生と生徒の関係というよりは、お茶やお花みたいな。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そうだね。僕のイメージだと、教育じゃなくてお稽古なんだよね。鍼灸の学びって。
なんとなくわかる気がします。
あと、最近では、以前のように修行や弟子入りみたいな就業形態は少なくなっていますが、個人的に思うのは、修行させていただいた時に学んだことって、「How to」だけじゃなかったということなんです。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
うん、そうじゃないよね。
すごく貴重な体験だったんですが、あれってなんなんでしょう。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
やっぱり「How to」じゃなくて、「Know how」を学べる環境の違いじゃないかな?
「to」じゃなくて「Know」。ここでの「Know」は知識や考え方という意味。
「Know」を学ぶことが目的だと問いが立つよね。
師匠の「Know」を学ぼうとすると、より原理原則に近い深い問いと向き合うことになりますね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そうそう。
時間が限られてるセミナーだと、講師をする時ってつい答えを言っちゃいがちでさ。
セミナーだと「How to」、つまり方法しか伝えきれないかもしれませんね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
たとえば、脈診をする前にお腹の散鍼をするといいって昔から言うじゃない?
セミナーでそう言っちゃうと、受講生には「脈診とは、お腹の散鍼をしてから六部を診るもの」っていう方法がインプットされちゃう。もうみんな、右へ倣えでさ。
これ、方法論が主題だから、「How to」の「to」だよね。
方法に疑問を持つ姿勢がないと。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
でも内弟子だとずっと師匠と一緒にいるからさ、イレギュラーに遭遇したりするじゃん。
「今日は百会に置鍼してから脈診したぞ」って日もあってさ、わけがわかんなくなるんだけど、そこで問いが立つんだよね。
そうすると「お腹の散鍼」と「百会の置鍼」の共通点を探すことになるんだよ。
いちいち師匠に聞けないし、自分なりにあれこれ考えてさ。
原理原則の「Know」を探す姿勢を持つようになるんですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
お腹への散鍼の目的が「脈診をする前にまずは落ち着かせて、余計なドキドキを脈拍から排除するためのプロセス」って気付けば、足三里にお灸してもいいし、アイピローでアシュネル反射を起こしてもいいし、お香を焚いて瞑想の時間からスタートしてもいい。
理由が分かれば、手段はアイデア次第。
応用が効く鍼灸師とは、そういう考え方ができる鍼灸師だと。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
How to」だけを求める人は、プロセスを経るのが面倒くさいんで「How」、つまり「どうやってやってるんですか」と問いかけて効率よく最適解をもらっちゃう。
もちろん「How to」のほうが手っ取り早いんだけど、これがクセになると自分で考えられなくなっちゃうの。
とかいって、いちいち問いを立ててトライ&エラーを繰り返している僕は、遠回り人生だよね。
すんなり通り過ぎりゃいいところで立ち止まっちゃう。
無駄が多いというふうに見えるかもしれませんね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
でも、そういう生き方しかできないんだから仕方ない(苦笑)。
じゃあそうすると、わたしたちは師匠のところに行ってHow to」を学んだのではなく、問いの立て方を学んだんですかね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そうだね、とにかく問い方を学ばせてもらったんだと思うよ。
僕たちの師匠は僕らが問う隙を、ちゃんと残してくれてたってことだ。
「こうあるべきだ」って正解が1つしかない環境だったら、きっと僕たちは弟子が勤まらなかっただろうね。
そうですね。中根先生の場合は尾崎豊よろしく卒業してしまう(笑)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
またやっちゃうか(笑)。
だから、僕にとって岡田先生との出会いは、大切な経験だったんだ。
でも逆にガチっと型にはまったほうがいい人もいるし。
師匠がいなくても自分で勉強して、自分なりに成長してく人もいるので。
それこそほんとに、どの経験にも良し悪しはないよね。
人それぞれのスタイルがあるなって最近実感します。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
東洋医学の考え方にも良し悪しのジャッジがないじゃない。
上が陽で下が陰だと、下がダメみたいな感じするけど。陰がダメなわけじゃない。
そうですよね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
陰と陽という状況は自然や身体の変化として、ただあるだけだから。
だから仏教では生病老死は自然で当たり前なことだから病気がダメって言わないの。
それと同じように、師匠がいなきゃダメなわけじゃない。
ほんとに、その人のご縁次第で。
たしかに。弟子入りせずとも素晴らしい先生は沢山いらっしゃいます。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
でも世の中って、こうあるべきだみたいなところがちょっとあるじゃない?
そうですね、ちょっと窮屈な感じはあります。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
まぁ、今の若い子たちがどうかわかんないけど、少なくとも僕らが若かった時代には、「幸せとはこうあるべきだ」というのが決められたわけよ。
バブルの頃だと「成功したビジネスマンはアルマーニを着て、メルセデスのワゴンにキャラウェイのゴルフバッグを積んで、レトリーバーを乗っけて休日を過ごすもの」ってね。
ここまで型にはめられると考えようによっては楽なんだけど。そこに向かって走れるから。
でも、もうそんな時代じゃないと思うんだよね。
こうあるべきというアイコンみたいなものがあった時代から、多種多様というか、少しずつ変わっていってるような感じはあります。
スキカラ
スキカラ

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