役に立ちたいと思った時点で、緩和ケアは始まっているんです/鍼灸師:鈴木 春子

「先生、治りますか?」と聞かれて

これまで、予後が良くない患者さんに対して施術をすることも多かったと思います。施術者側の心構えには、どんなことがあるんでしょうか。
タキザワ
タキザワ
鈴木先生
鈴木先生
難しいのは、鍼で治療をしていても、病気が進んできて、こちらは何もしようがなくなってくることですね。
薬でも進行を止めようがない。体自身が倒そうとしてくるような感じというか。そんな時に「先生、わたし、治るでしょうか?」って聞かれると、それに対する答えがとても苦しいですね。もちろん治ってほしいんですよ。
どう声をかけたらいいのか…。難しいですね。
タキザワ
タキザワ
鈴木先生
鈴木先生
いろいろと勉強していた時に、痛みの治療に取り組まれていた永田勝太郎先生が、ウィーンの精神科医のヴィクトール・フランクル先生を記念した賞を受けることになって、何かわかることがあるかもと思ってついて行ったんです。
ヴィクトール・フランクル先生って、『夜と霧』を書いた方ですよね。第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ強制収容所の体験をまとめられた 。
タキザワ
タキザワ
鈴木先生
鈴木先生
そうです。そのヴィクトール・フランクル先生の最晩年の弟子である永田先生に、「先生、そういう時どうしたらいいんでしょうか?」って質問をしたら「良くなるといいですね」って答えられたんです。
患者さんに「良くなるといいですね」って言う…。
タキザワ
タキザワ
鈴木先生
鈴木先生
あなたを待っている誰かや、何かがある限り、生きていこう。希望の何かを忘れないでということかな…。
患者さんに対して、どうしていいかわからなくて言葉に詰まることがありますよね。そこで自分が楽になりたいために何か言うんじゃなくて、モゴモゴしていても、誠実な医療者であろうとする以外ないのではと思います。
そういう場面は、何かテクニック的な返しをするのかと思っていました。
タキザワ
タキザワ
鈴木先生
鈴木先生
やっぱり1番難しいのは心の問題なので、目を見てしっかりと受け止める。そして、よく聞くことが大切なのかなと思っています。

「気が巡る」感覚を大切にする

千葉県の市川市に治療院も開院されていますよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
鈴木先生
鈴木先生
「無量光寿庵はる治療院」といいます。お寺さんからいただいた名前なんです。
この名前からも、人の生死にたくさん関わってきたことがうかがえます。がんセンターに17年間勤めた後に、治療院を始められたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
鈴木先生
鈴木先生
途中からですね。地域の患者さんを診たいという思いもあって、立ち上げました。
たくさんの患者さんを治療されてきた先生は、「気が巡る」っていうのをどうやって感じ取ってきたんでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
鈴木先生
鈴木先生
気持ちがいいなっていう感じ。そっと、ゆっくりゆっくり上手くいきそうな時を待つんですよ。だめな時は黒い雲がかかったような感じなんです。
実際のむくみの治療を例にお話しすると、腎経の流れなんだけど、ツボがないようなところを狙ったんです。「これは通ったな」っていう時、それはものすごい力がいりました。次に患者さんがいらした時はむくみがなくなっていて、細くなっていたので驚きましたね。
それだけ効果が出ると、患者さんのQOL向上にかなり寄与していますね。
ゆうすけ
ゆうすけ
鈴木先生
鈴木先生
もう1つの例は肺の手術をされた患者さんで、体中が痛いとおっしゃっていました。動かせないので袖の中から手を入れて、天宗よりも少し下の辺りのところから狙って。そしたら本当に痛みが取れたんです。神の手だとおっしゃっていただきました。
すごいな…。そういう技術はどうやって勉強してきたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
鈴木先生
鈴木先生
やっぱり患者さんが先生ですよね。じっと鍼先を気が漏れないようあて、静かに自分の気が集中するのを待つんです。
何か困った時に、教科書や鍼灸関連の本から引っ張ってくることはなかったのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
鈴木先生
鈴木先生
『医道の日本』や『鍼灸重宝記』を見ることが多かったです。どうにもならない時も結構あったので。初めのころですけど、ほかの先生の真似をしてやってみたこともありますよ。でも上手くいかなくて……。なんか効かないなって。
多いですよね。他の先生の真似をしたり、本に書いてある通りにやっても、同じような効果が出ないこと。レシピ通り作ったのに美味しくないみたいなことが、鍼灸でも多々あるのかなと。
ゆうすけ
ゆうすけ
鈴木先生
鈴木先生
そうなんです。例えば、むくみの患者さんを治療する時に、鍼を刺さないで「気を動かす」ことがあります。体中の力を使って動かす時もあれば、さわやかに何も考えないで安らかに無になるっていう時もあるんです。そうやって、患者さんによって使い分けることが大切だと思っています。

今でも思い出す「言ってあげられなかった言葉」

人の生き死にの場面にも、たくさん関わってこられたと思います。何か後悔していることはありますか。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
後悔ならいっぱいあります。例えば、お子さんを亡くされたお母さんに「今どこにいるんでしょうか?」って声をかけられたことがありました。その時に「そばにいますよ。すぐ後ろで見ていますよ」っていうのを言えなかったんです。今でも「言ってあげればよかったな」って思いますね。
共感的なテクニックより、人間味を感じます。誠実に向き合おうとしたからこそ、簡単には言えなかったのかな。特に昔は、明確な決まりがないなか、終末期ケアに取り組んできたのでしょうから。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
本当に失敗も多かったと思います。現場では、「言葉」はすごく大切なんですよね。ある患者さんがベッドに上がる時、なかなか上がれなかったので思わず「大丈夫?」って聞いてしまったんです。
深く考えず、ポロっと。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
そう。その患者さんは喉を切開していて声を出せなかったんです。言わなきゃよかったって思いましたね。だいぶ経ってからかな。声が出るようになった時に「大丈夫なわけないでしょう」って。「あんた医療者じゃないわね」って言われました。恥ずかしかったです。「大丈夫」っていう言葉を使っちゃいけなかったなって。大丈夫なわけがないんです。
たった一言だけど、大きいですね。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
コミュニケーションがそのままケアになるように、言葉は重要なんだと思います。

初学者のほうが「気」を動かせることも

若手の鍼灸師に何かアドバイスはありませんか。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
若い人には若いエネルギーがあるから、それを大切にしてもらいたいと思っています。役に立ちたいと思った時点で、緩和ケアは始まっているんです。
実践する前でも、気持ちを持った時点で、もうすでに…。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
わからないからこそ、一生懸命やろうと思うじゃないですか。その思いが、「気」を動かすんですよ。私は経験を積んだ今よりも、技術が足りなかった初学者の頃の方が純粋でしたし、気を動かせることがあったのかなって思うことすらあります。
実は僕自身、専門学校2年生の時に、鈴木先生の講演を聞いて勇気をもらったんですよ。がんとか難しそうな病気を含めて、この道で頑張ってもいいのかなって思えたんです。それに国立がん研究センターっていうと、先端医療に取り組んでいるイメージがあったし、がん治療の権威ですよね。そういうところにも鍼灸師がいるっていうのは、素直にかっこいいと思いました。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
嬉しいです。自分では、もっとよく治したいといつも思っていたので。
あと、まったく緩和ケアに携わってこなかった鍼灸師でも、歳を重ねていくと身近な人が重い病気になることも増えてくると思うんです。そんな時に「自分に何ができるのか」っていうのは必ずぶつかる壁じゃないのかなって。だから、もうすでに鍼灸で緩和ケアに取り組んでいる方がいるっていうのは、モチベーションになります。勉強しなきゃって場面が来るかもしれない。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
鍼灸に何ができるかとは、壁ではなく広がりだと思うんです。だから患者さんの状態をもっと良くしたいなって思うと、学びは尽きませんね、ほんとに。
先生にとって、鍼灸師をやっていて、すごく楽しかったとか、良かったことは何ですか。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
仕事をしている時は、辛いは辛いですよ。亡くなる方もたくさんみてきました。
でも、時には、ベッドごと窓から乗り出して、いつの間にか患者さんと手をつないで東京湾を見下ろしながら青空を飛んでいるんです。遠くに房総半島が見えて。脳が鍼を楽しんでいるんですね。
それから、カルテに「鍼灸はeffective(有効である)」と書かれていたのを見た時も、おっ!と、嬉しかったです。
良いことも悪いことも、先生は「気」で交流をしているのかもしれないですね。
ツルタ
ツルタ
鈴木先生
鈴木先生
全然話さないような患者さんもいるけど、だんだん言葉や顔付きから変わってくるのがわかるんです。「受け入れてくれているんだな」って思える瞬間ですね。

 

緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。
「緩和ケアの定義(WHO 2002年)」訳:日本緩和医療学会

【記事担当】
取材 = ゆうすけタキザワツルタ
撮影 = ツルタ
文   = なるみさわ
編集  くちやまだ

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