教員にとって臨床は「毒」であり「魅力」/関東鍼灸専門学校・副校長:内原 拓宗

  • Chapter1 【幼少〜大学生】
  • Chapter2 【社会人】
  • Chapter3 【結婚・学生生活】
  • Chapter4 【教員浪人】
  • Chapter5 【小林三剛への忠誠】
  • Chapter6 【西野亮廣とSNSおじさん】
  • Chapter7 【鍼灸界《オンリーワン》の存在へ】
  • Chapter8 【SNSからリアルへ。カテンセミナー】
  • Chapter9 【教育者】

Chapter1 【幼少〜大学生】

内原先生ってどんな人生を歩んできたんですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
えっと…、暗いですよ。
え、暗い…? 子どもの頃から聞いてもいいですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
わたしは大丈夫ですよ…。
…。
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ
内原先生
内原先生
…そうですねぇ。
小学生の頃は群れに入れない、輪を乱すような感じの子どもでした。
仲間はずれになっちゃうことが多くて。
おぉ…。そこ詳しく聞いてもいいですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
とにかく、強烈なのは学級会ですね…。
「なんで内原を仲間はずれにするんだ!」みたいな…。公開処刑的な…。
たしかに強烈ですね…(汗)。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
「勘弁してくれよ。なんでこんなことしなくちゃいけないんだよ…」って思いながら、その場にいました。
だから、中学校は「人と仲良くなる」がテーマでした。
群れに入りたかったんですね。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そうです。群れに入る方法を研究する中学生でした。
で、高校生になってね、ようやく群れに入れるようになったんです。
おー! ついに。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
でもね、群れに入れるようになったら…、今度は群れに入れない人が目につくようになるんですよ。
というと?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
かつての自分のように「群れに入りたいのに入れない人間」に対して、優しくできない自分に愕然とするっていう…。
群れの中にいる優越感すら味わっていて…。
人間って、そういうところがありますよね。
もしかしたら、高校時代は群れに合わせていたんですかね。
息を潜めるというか。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そうです。だって…仲間はずれは寂しいじゃないですか。
自分がその人たちを仲間に誘えたら良かったんですが…。なかなか…。
葛藤しますね。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
幼少の頃のキツイ気持ちが混ざって、ぐちゃぐちゃになっちゃう感じがありましたね。
どのあたりから落ち着くんですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
大学は楽しかったです。
演劇にハマり、お芝居していました。仲間が出来たんです。
おっ! ついに青春時代ですか? 仲間ができて良かったですね。
ツルタ
ツルタ
役者って、自分のイデオロギーというか…、個人的な考え方を除いた状態で、個性をぶつけ合うイメージがあるんですが…。そこが良かったんですかね?
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
そうですね。個人の「考え方」は一旦横に置いて…、純粋に「個性と個性が舞台の上でぶつかり合う」、そんな感じですね。
作品を通してコミュニケーションを取り、調和を目指すような仲間ができました。
(ホッ…)
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ
内原先生
内原先生
あ、でも、3人芝居をしたときに、自分の個性を前面に出そうとして演技したら、完全に滑り倒してしまったんですよね(爆笑)。
…(汗)。
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ

Chapter2 【社会人】

大学卒業後の進路は…?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
わたし、実は、高校の教師になりたかったんですよ。
えっ、そうなんですか? 何学部だったんですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
文学部の史学科です。日本史専攻でした。
教師になるために、社会科の教員過程の単位を大学時代に取得していたんです。
卒業後、教師には…?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
教員採用の厳しい時代だったので、けっきょく教師にはなれなくて。
企業向けのシステム開発をする会社に就職し、システムエンジニア、いわゆるSEの仕事に就きました。
え…、今までの人生を聞いてきて、すごく文系っぽいなと思ったんですけど…。
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
めちゃくちゃ文系ですよ!
ですよね? なのに理系?
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
そうなんです。
もともとSEとしての素質はあったんですか?
パソコンを使うのが好きだったり…。
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
全くないです。猿がパソコンを扱うがごとくで…。
え…。
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ
内原先生
内原先生
技術研修では、先輩社員が頭を抱えていました(笑)。
なぜにあえて、システム系に?
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
システムの業務ができなくても採用してくださった、というのはあるんですけど。
自分の1番弱い部分…なんでしょうね。
自分に欠けているものをあえて選びました。論理性が全然なかったんで。
…。
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ
内原先生
内原先生
感情が最優先の人間だったので、コンピューターは成長できると思いました。
成長、しましたか?
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
しましたね。途中から仕事が楽しくて…。
システムの勉強をさせていただいたおかげで、「論理性の美しさ」にだんだん惹かれるようになりました。
精神的、体力的にはいかがでした?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
最初の1年はキツかったです。
社内の目立つところでボロボロ泣きながら「もう辞めたい」って言ってました。
えぇっ。かなり大変な感じじゃないですか!
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そうなんですよ(笑)。大学が楽しかっただけに、その反動もありました。
会社の人間関係も悩んだりしたんですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
仕事では、共通の目標「バグのない製品を作る」というのがあったので、そこまで悩まなかったと思います。
人間関係で悩まなかったのはいいですね。
仕事は好きになりましたか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
途中からは面白くてしょうがなかったです。
データベースの設計や、論理性の美しさにハマってですね。
うんうん。
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ
内原先生
内原先生
仕事は激務でしたが、楽しかったから…。
そう、SEの時はまだ良かったんです。
SEの時は?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
部署を異動してからが、大変でした。
異動しちゃうんだ…。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
人事担当になったんです。
学生さんとコツコツ関係を作っても、社長面接でバッサリ切るっていうことが多々あって…。
異動してから、本当に仕事が嫌になっちゃいました。
コンピューター相手から、人間相手のお仕事になったんですね。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そうです。ちょうどその頃にショックだった出来事があって…。
大事な約束を守れなかったんです。
今思えば、うつ状態だったんじゃないかな…と。
心身共に疲れてバランスを崩した時期…か。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
でもね、それがきっかけで退職して、親の跡を継ぐつもりで、鍼灸学校に入学することになったんですよ!
父親は、わたしが小学生の時に、浪越先生に影響されて脱サラした、あんま指圧マッサージ師なんです。
あぁ、「指圧の心は…」っていう流行語の。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そうです。父が脱サラしたことで、家庭内は大変だったんですけどね(笑)。
でも、そのうつ状態だった頃に叔父に相談したら、父のような仕事がいいんじゃないかと言われて。
鍼灸師ってそういうケースが少なくないですよね。リセットする選択肢になるのかな。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そういうところはありますよね。
とはいえ、本当に当時はしんどくて…。
うんうん。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
学校に通いながら、父の治療院の手伝いをしていたんですけど、起きているのも大変でした。
普通の生活に戻れるまで、けっこう時間がかかりましたね。
そのときに、心身も生活も支えてくれたのが妻でした。

Chapter3 【結婚・学生生活】

内原先生
内原先生
妻がバリバリ働いている間に学校へ行って、主夫をしながら鍼灸師の資格を取得しました。
大学での同級生だったんですよね?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そうです。
ちなみに、主夫になるって内原先生の世代だと珍しいですよね?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
あんまり多くはないですね。
主夫業に飛び込むのも、当時は勇気が必要だったんじゃないですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
そうですね…。主夫になって、また周りと話が合わなくなって孤独になりました(笑)。
あはは…(笑っていいのかな)。
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ
内原先生
内原先生
でも、そのとき自分をすごく納得させたのが東洋哲学で…。
陰陽は変化するし、消長も転化もありますよね。
会社勤めから主夫になったのを、陰陽論で自分を諭したんですか?
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
自分をそう説得するしかなかったんです。
自分たちの世代は、男性が外で働いて活躍しているのに、自分は家で赤ちゃんを背負っているんですよ。
最初はなかなか納得できなかったです。その状態を陰陽論が助けてくれました。
そんな風に陰陽論を活用するとは…。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
あとね、学生時代に「SEをやっていて良かったな」と思った事件があって。
へえ。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
わたしが3年生の時に、幕張で全日本鍼灸学会の千葉大会があったんです。
その大会で、初めてパソコンやプロジェクターを積極的に利用して発表する、という流れになったんですね。
今の学会スタイルの初期って感じなのかな。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
学会関係者の方や登壇される先生方は、使い方がわからないということで、とにかくパソコンや周辺機器に詳しい人間をかき集めたんです(笑)。
それがわたしや、現在同僚で当時東京医療専門学校の3年生だった、手塚幸忠先生でした。
以前、内原先生が主催のセミナーで登壇されていた方ですね。
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
そうです。まだね、その当時はプロジェクターなどの周辺機器の接続が不安定で…。
いろいろと大変でした。
だから、手塚先生とは戦友みたいな感じです。
学会の縁って本当にあるんだなぁ。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
その後、日本伝統鍼灸学会にも手塚先生と駆り出されて(笑)。
その時に将来一緒にお互い、こういう所で発表できるようになったらいいねと話をしていました。
いまでもよく覚えています。
夢を語り合った仲、かぁ。
さまんさ
さまんさ
内原先生
内原先生
SEをしていたおかげでできたご縁だな、と思っています。
その後、手塚先生は教員養成科にストレートで進んで、実際に学会で発表するような人物になっていって…。
うんうん。
ツルタ
ツルタ
内原先生
内原先生
一方、わたしはドロップアウトしちゃうんですよね…。
学生時代に小林三剛先生に心酔して、関東鍼灸専門学校で教員になる気持ちがいっぱいあったのに…。
…。
ツルタ・さまんさ
ツルタ・さまんさ

NEXT:Chapter4 【教員浪人】

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