視聴者が過度に期待しないように注意した
これまで、東洋医学がテレビ番組で特集されることは、それほど多くなかったという印象です。
ツルタ
山本さん
そうですね。NHKで鍼灸の最前線や科学的に解明されている事実を紹介するような番組は20年近く放送されていませんでした。日本では、西洋医学が中心になっているので、なかなか手をつけにくかったのかもしれません。
番組作りでは、どういったことに苦労されましたか。
ゆうすけ
山本さん
鍼灸の効果がどこまで分かっているのか、世界中の論文をリサーチして、研究者に直接取材を重ねるなど、慎重に内容を決めていく必要がありました。科学番組で取り上げるには、それなりのエビデンスが必要です。「研究などで解明されていることは視聴者に伝え、まだ解明されていない部分は言及しない」という見極めが難しかったですね。
NHKならではの大変さはありますか。
ツルタ
山本さん
特にNHKには情報の信頼性が期待されています。なかには「鍼灸って本当に効くのか」とか、「嘘くさいな」って思っている視聴者もいらっしゃいます。だからこそ、効果やメカニズムが明らかになっている部分はきちんと伝えて、まだ解明されていない部分は、「分かっていないという事実」を伝えることも大切かなと。
僕の患者さんからの番組への感想で「NHKが紹介したんだから鍼は効くだろうと思った」というものがありました。
ツルタ
山本さん
厳密に言うと効果には個人差があるとは思います。それでも鍼灸のさまざまな症状への治療が、医療の世界で科学的にどこまで評価されているのかを踏まえ、そこからは逸脱しないように注意して紹介しています。
鍼灸を番組で扱う大変さ
誤解を招くような表現は徹底的に排除したわけですね。
ゆうすけ
山本さん
その通りです。ナレーションの原稿についても、紹介する事実が何に基づいているのか、すべての論文や研究データを制作チーム全員で確認するんです。医療を扱う番組は、情報を誤ると人の生死に関わることがあるので特に徹底していますね。
医療を扱う責任…。それに放送して終わりじゃなくて、視聴者からの問い合わせ対応もありますものね。
タキザワ
山本さん
取材情報を精査して、問い合わせの対応のために膨大なメモも準備します。紹介した治療法やケアについて、「この論文を基に紹介しています」とか「こういうデータが基になっています」とすぐにお答えできるようにしています。
番組で紹介するには核となるエビデンスが必要です。基本的に「信頼できる論文がある」とか「ガイドラインで推奨されている」、というような場合以外は、紹介が難しいのが実情です。
番組で紹介するには核となるエビデンスが必要です。基本的に「信頼できる論文がある」とか「ガイドラインで推奨されている」、というような場合以外は、紹介が難しいのが実情です。
エビデンスがあるからこそ、番組で世の中に広めてもらえるんですね。鍼灸師は、真摯に謙虚に聞かないといけないところだと思います。
ツルタ
東洋医学を取り上げる意義は2つある
「世の中に鍼灸が求められている」と感じることはあるのでしょうか。
ツルタ
山本さん
東洋医学の番組制作に携わって5年近くになりますが、視聴率は安定していますし、問い合わせも多数いただいています。最近は、放送と同時にウェブサイトで番組の内容を紹介する取り組みも行っているんですけど、そちらの反響もとても大きいです。
鍼灸への関心が高いのはうれしいですね。
ゆうすけ
山本さん
高齢化社会が進むなかで、東洋医学でいう「未病」の悩みは絶対的に増えていると感じます。私の実感としては、鍼灸は患者さんに1番近い医療だと思うんです。施術以外にも、セルフケアの方法や日常の過ごし方をアドバイスすることで、患者さんの健康リテラシーが向上し、健康にとってマイナス要因である「孤独感」も軽減するのではないでしょうか。
鍼灸師が地域医療の担い手になることは、大切ですよね。NHKが東洋医学を取り上げる意義については、どのようにお考えですか。
ツルタ
山本さん
NHKが公共メディアとして鍼灸を紹介する意義は、大きく2つあると考えています。1つ目は、病気や不調を抱えている方たちのニーズにきちんと応えることですね。玉石混合の医療情報が溢れている中で、確かな情報を提供していくことは大きな意義があると思っています。
もう1つはなんでしょうか。
タキザワ
山本さん
2つ目は、最新科学で解明されてきた東洋医学の治療メカニズムを伝えていく科学的・学術的な意義です。この20年ぐらいで、東洋医学の治療法、メカニズムの解明が急速に進んできたと感じます。
科学が進歩することで、伝統医学のメカニズムがわかってきた…ということですか。
タキザワ
山本さん
例えば、遺伝子改変技術によって、動物の特定の細胞を人為的に光らせてその活動を精緻に計測することもできます。こうした最新手法によって、世界の科学者が興味を持つような鍼灸に関する研究成果が次々に出てきています。番組では、そんな最新の研究や論文をベースにしながら、東洋医学の効果をきちんと伝えられるように努めています。
科学者の視点で鍼灸をどんどん研究する人と、それを伝えていく人がもっと出てくると、より面白くなりそう。
ゆうすけ
山本さん
基礎研究だけではなく臨床研究も大事ですよね。臨床では、やはり数が多いと説得力が増すので、大学だけでなく個人の治療院などと協力してデータを出していけると理想的ではないでしょうか。鍼灸の研究論文がたくさん出ると、私たちも取材を進めやすいですし、視聴者の皆さんの理解も得られると思います。
せっかくこうしてNHKが鍼灸の科学化に注視しながら、番組作りをしてくれているのだから、もっと鍼灸業界を挙げて協力していけたらいいですね。臨床データを取ることは難しいという治療院でも、まず鍼灸師が番組の内容をチェックしたうえで、患者さんへの科学的な説明に活かしていけると、鍼灸の信頼性につながると思います。
ツルタ
山本さん
そう言っていただけると嬉しいです。個人的には、医師やコメディカルスタッフの方々にも番組を見て頂き、研究や臨床の最前線を知ってもらいたいと思っています。知識や理解が深まれば、患者さんから鍼灸の相談があったときに、対処しやすいですからね。
確かに、医療関係者のみなさんにも知ってもらいたい番組です。
ツルタ
山本さん
私はもともと自然科学に興味があり、動物の生態や人体の仕組みについて取材を重ねてきました。
でも、取材をすればするほど、人間の心と体には、未知な部分が多いと感じています。
そして最近、「鍼灸」は、人体の謎を解明するための重要な“ツール”ではないかと思うようになっています。ツボや経絡の秘密が解明されれば、これまでの人体に対する認識が覆るのではないでしょうか。
でも、取材をすればするほど、人間の心と体には、未知な部分が多いと感じています。
そして最近、「鍼灸」は、人体の謎を解明するための重要な“ツール”ではないかと思うようになっています。ツボや経絡の秘密が解明されれば、これまでの人体に対する認識が覆るのではないでしょうか。
なんだかワクワクしてきますね!
タキザワ
山本さん
エキサイティングですよね。科学の進歩に合わせて、東洋医学の新たな裏づけが見つかり、人間の新たな側面が見えてくるかもしれないのですから…。
これからも、鍼灸のエビデンスをキャッチアップして、視聴者の皆さんのお役に立つ番組を制作していきたいと思います。
これからも、鍼灸のエビデンスをキャッチアップして、視聴者の皆さんのお役に立つ番組を制作していきたいと思います。
取材協力:NHK
『東洋医学ホントのチカラ』ポータルサイト
【記事担当】
取材 = ゆうすけ・タキザワ・ツルタ
撮影 = ツルタ
文 = なるみさわ
編集 = くちやまだ
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