抱え込まない。だけども見捨てない/鍼灸師:粕谷 大智

鍼灸師のキャリアパスの1つに、大学病院への就職という道があります。
粕谷 大智(かすや だいち)先生は、約33年前に東京大学医学部附属病院に入職しました。
今でこそ鍼灸業界のスーパースターのような粕谷先生ですが、入職当時は、周囲の理解を得られなかった日々を送っていたそうです。
「医師やコメディカルスタッフと信頼関係を築きながら、少しずつ鍼灸のことを理解してもらいました」。
そう語る粕谷先生に、フロンティア精神で道を切り開いてきた33年間の歩み、そしてこれからの取り組みについておうかがいしました。

粕谷 大智(かすや だいち)先生

【略歴】
筑波大学理療科教員養成施設 臨床研修生修了
人間総合科学大学大学院博士後期課程修了 心身健康科学博士
1987年 東京大学医学部附属病院 内科物理療法学教室(物療内科)に入職、アレルギー・リウマチ内科を経て、現在のリハビリテーション部に至る。

【現職】
東京大学医学部附属病院 リハビリテーション部 鍼灸部門主任
宝塚医療大学客員教授
東京有明医療大学、筑波大学理療科教員養成施設、東京医療専門学校教員養成科、国際鍼灸専門学校 (非常勤講師)

【所属学会・研究】
日本心身健康科学会理事、全日本鍼灸学会監事、日本東洋医学会代議員、日本リウマチ学会、日本顔面神経学会、日本リハビリテーション医学会
特にリウマチ、腰下肢痛に対して数多くの研究成果があり論文を発表している。

【著書・出演】
『関節リウマチ 鍼灸臨床最新科学』(医歯薬出版)
『ひざ痛はお灸で消える』(光文社)
『最強のボディメンテナンス』(徳間書店)
『東洋医学 ホントのチカラ』、『ガッテン!』(NHK)

やりたいことが見つからなかった学生時代

鍼灸に興味をもったきっかけを教えてください。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
高校時代から武道をやっているのですが、当時、整形外科に行っても坐骨神経痛が全然治らなくて…。
ところが、近所の鍼灸院に行くと、痛みが軽くなって試合にも出られるようになったんです。そこから鍼灸に興味を持つようになり、鍼灸学校に進学しました。
学校に入ってみてどうでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
その頃は、痛みがとれるメカニズムなど知りたいことは全然教えてくれなくて、そのうちフェードアウトしました。
とはいえ、国家試験には受かったので、もう少し勉強したいなと思って、筑波大学理療科教員養成施設に行くことにしたんです。そこで解剖学に基づいた鍼灸を勉強して、初めて鍼灸を面白いと感じました。
でも、その後の進路については、全然決まっていませんでしたね。
自分が東大で鍼をするという未来は…。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
考えもしなかったです。
やりたいことが見つからなくて、青年海外協力隊に行くことを決めたんですが、派遣先のアフリカでエイズが流行して、出発の2〜3か月前にキャンセルになっちゃったんですよ。
それはずいぶん急なことでしたね。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
これからどうしようかなと思っていた時に、その時の施設長の西條一止先生が、「東大で鍼灸のポストがあるから試験を受けてみない?」と誘ってくださいました。それが人生の転機となりましたね。

医師と対話してもかみ合わない鍼灸師

なぜ東大の試験を受けようと思われたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
病院であれば、痛みの勉強もできるし臨床もできると思ったからです。
当時、東大にいた鍼灸師の先輩の1人が、今の東京有明医療大学教授の坂井友実先生で、入職してからは一緒に臨床に取り組んでいました。でも私が入った33年前の内科物理療法学教室(通称:物療内科)では、鍼灸師はちょっと浮いた存在だったんです。
浮いた存在とは、具体的にどういう感じだったんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
鍼灸に興味がある医師は2人だけで、ほかの医師は全く興味がありませんでした。鍼灸の治療室も半地下の薄暗い所にあったんですよ。だから最初は、周囲の理解もないし、他のメディカルスタッフとのつながりもないので、来た患者さんを内輪で診ているような状況でした。でも坂井先生とは「ほかの医師にも理解してもらって、東大で鍼を広めていこう。研究会とか学会もできればいいね」という前向きな話をしていました。
孤立しているような状況を、どのように打開していったんでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
いくつかきっかけがありました。まずは勤務して1年半ぐらいですね。かつて月刊「医道の日本」に著名な先生がコラムを書くコーナーがあったんですよ。そこに当院の漢方外来の松多邦雄先生が「リウマチと鍼灸」をテーマにコラムを出したんです。
そのコラムの中で、「リウマチの患者さんが本当に痛い時は、ステロイドなどの薬を使ったほうが炎症も治まるし楽になる。だから、鍼は薬物と併用したほうがよい」と書いたんです。そしたら、この記事を読んだ鍼灸師の先生方から、クレームが入って…。
どのあたりが気に障ったんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
「鍼灸で治らないってどういうことだ、俺たちは治しているんだ」というわけです。
「医道の日本」で誌上討論させろと、20人ぐらいから投書が来ましたね。
それにしてもすごい反響ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
ええ、そしたら松多先生も面白い方で「東大に来てくれるんだったら討論会をやってもいいよ」とおっしゃって。
それで実際に3人の鍼灸師が弟子とかも連れて来て、10人ぐらいで討論会をおこなったんです。
実際におこなわれたんですね。どういう議論がされたのか、とても興味があります。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
ところが「さあ、リウマチの病気についてまず確認して、それから鍼の話をしよう」となったときに、医師が話すリウマチの病態と、鍼灸師が話すリウマチの病態が全く噛み合わないんですよ。
噛み合わないというのは…。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
その場に来た鍼灸師たちは、東洋医学的な理解を説明するだけでした。だから、現代医学的な病態について共通理解を得ようとしても、できなかったんですね。そのときに「医療の中で鍼灸をやるとしたら、絶対に共通言語が大事だな」と身に染みました。
なるほど。共通言語の必要性を肌で感じたわけですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
今、カルテを書く時は、鍼灸の治療の前に現代医学的な病態をきちんと書くようにしています。評価も同じで、みんながわかる物差しで測ることが重要だと考えています。
医師とかコメディカルときちんと連携を取っていくには、まずは共通言語です。次に、共通の評価が重要なのかなと思います。
そういう努力が、医療連携を進めていくうえで必要になるんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
もう1つ大切なのは、鍼灸師の役割を示すことだと思っています。いろいろな勉強会に参加すると、周りから「鍼灸でこういう患者さんに何ができるの?」と聞かれるんですよ。
チーム医療の中で鍼灸師の役割を示すというのは、開業しているとあまり考えることのないテーマかもしれません。
ゆうすけ
ゆうすけ
粕谷先生
粕谷先生
開業の先生であれば、ある程度自分1人で完結できますからね。
でも病院の場合は、それぞれ役割がある中で連携しなければいけません。ほかの職種の仕事を理解した上で、自分の役割を提示することが重要だと思っています。

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