「鍼灸の良さ」をPRする前にやるべきこと
入職した頃の大学病院での鍼灸事情について教えてください。
ゆうすけ
粕谷先生
私が東大に入った平成元年くらいは、ちょうど鍼麻酔が広がっていた時期でした。
それで大学でも、鍼の鎮痛に関する研究や臨床が積極的におこなわれていたんです。でも大学に鍼を導入しても、導入した教授が辞めると鍼灸師たちも辞めざるを得ないケースが多くて…。
それで大学でも、鍼の鎮痛に関する研究や臨床が積極的におこなわれていたんです。でも大学に鍼を導入しても、導入した教授が辞めると鍼灸師たちも辞めざるを得ないケースが多くて…。
鍼を導入した先生の力がないと鍼灸部門を存続するのは厳しかったんですね。
ゆうすけ
粕谷先生
だから東大に入った時に、そういうことがないように自分たちから発信していこうと決めたんです。
医師や看護師を対象にした鍼灸の勉強会や、学会発表にも力を入れていました。必然的に学会発表は医師と共同でおこなうことが多かったので、そこから鍼灸に理解のある先生を少しずつ増やしていきました。
医師や看護師を対象にした鍼灸の勉強会や、学会発表にも力を入れていました。必然的に学会発表は医師と共同でおこなうことが多かったので、そこから鍼灸に理解のある先生を少しずつ増やしていきました。
つながりを増やしていくために、工夫していたことはありますか。
ゆうすけ
粕谷先生
鍼灸師サイドからすると、どうしても「鍼はいいものだから患者さんを紹介してください」とアピールしたくなるのですが、それだと鍼灸をよく知らない医師からすると全く響かないんですよね。まずは、きちんと信頼関係を築くことが大切です。
それは医療人として信頼してもらうということですか。
ゆうすけ
粕谷先生
その通りです。「粕谷がやる鍼だったら認めよう」となれば、患者さんを紹介してくれるし、鍼の効果を理解してもらうことにもつながります。だから結構、長いスパンで医師と信頼関係を築くよう努力してきました。
具体的にどのように信頼関係を築いてきたんでしょうか。
ゆうすけ
粕谷先生
鍼灸の学会でよくしているのは、医師を講師としてお呼びするんですね。
それで講演の中で鍼灸師と総合討論の機会を作ったりすると、「鍼灸ってなんか面白いな」「こういう効果があるんだ」と気づいてもらえたりします。あとは、専門の医師の方が主催する研究会とかに参加して、コミュニケーションを図っていくようにしていました。わりと地道なんですが、意識してやってきたことですね。
それで講演の中で鍼灸師と総合討論の機会を作ったりすると、「鍼灸ってなんか面白いな」「こういう効果があるんだ」と気づいてもらえたりします。あとは、専門の医師の方が主催する研究会とかに参加して、コミュニケーションを図っていくようにしていました。わりと地道なんですが、意識してやってきたことですね。
医師との連携をどのように進めていくか
信頼関係を築いて、実際にどんな連携をしてきたんですか。
ゆうすけ
粕谷先生
例えば、顔面神経麻痺が専門の先生を鍼灸学会にお呼びして講演していただいて、いろいろとコラボしていたら患者さんを紹介してくれて、さらに一緒に共同研究で論文を出したこともあります。そのつながりで、日本顔面神経学会でも発表したら、診療ガイドラインがリニューアルされる時に鍼灸と通電の項目を任されました。
すごい広がりですね。
ゆうすけ
粕谷先生
これは一例ですけど、医療と連携しながら研究に携わることも、大学病院に勤務する鍼灸師の役割だと思っています。
病院の中で、鍼灸や鍼灸師の位置付けを上げていきたいという気持ちもありますか。
ゆうすけ
粕谷先生
それもあります。あとは開業している先生方に還元したいという思いを持ってやってきましたね。
すでに恩恵をたくさん受けていると思っています。例えば先生の研究や講演などの活動は、一般の方に鍼灸治療を広めてくれていると思います。
ゆうすけ
粕谷先生
鍼灸を広めるという意味では、医師用にも患者さん用にも、さまざまな症状についてのパンフレットを作りました。
日常生活の注意点や、鍼の効果について説明したものになっていて、整形外科の外来にも置いてあります。患者さんがパンフレットを見て、「鍼、受けたいんですけど」と希望されて、鍼治療をすることもありますね。
日常生活の注意点や、鍼の効果について説明したものになっていて、整形外科の外来にも置いてあります。患者さんがパンフレットを見て、「鍼、受けたいんですけど」と希望されて、鍼治療をすることもありますね。
さまざまなことを粕谷先生が切り開いてきた印象があります。
ゆうすけ
粕谷先生
それこそ料金も変わりましたね。今は7000円代の自由診療でやっていますけど、以前は消炎鎮痛処置というくくりで、ほぼサービスでした。
病院内の鍼灸は無料や材料費のみというケースが多かったですよね。採算は取れていないだろうと思っていました。
ゆうすけ
粕谷先生
これをずっと続けていたら潰れるなって危機感を持っていて。そうしたら、当時の教授が「自由診療でやっていこう」って言ってくれて、そこから自由診療がスタートしたんです。
自由診療については反対もあったと思います。僕の知る限りですが、保険医療機関内で自由診療の鍼灸をおこなう正当性をホームページに載せて発信していたのは、当時の東大のみだったんじゃないかなって…。
ゆうすけ
粕谷先生
よく調べてみると、「医師の助手として、資格を持っている鍼灸師が鍼を打つ」のは問題なかったんです。それよりも、自由診療の導入にあたっては、医師や事務方の理解が重要になります。彼らに反対されたら導入は難しくなってしまうので、院内で信頼関係を築いていたのが大きいですね。
信頼を得ながらどんどんやりたいことを実現していく。粕谷先生から、フロンティア精神みたいなものを感じます。
ゆうすけ
反発も強かった「病院での鍼灸」
鍼灸師の父の話を聞いていると、昔は西洋医学との協調路線に異を唱える鍼灸師も少なくなかったのではないかと…。それに対してはどう思われていましたか。
ゆうすけ
粕谷先生
確かに鍼灸師の中には「西洋医学には限界があるから、鍼灸の可能性をもっと認めろ」みたいな先生たちもいるんだなと感じていました。ただ、ちょっと自分は共感しきれないなと。
どういう点で引っかかりましたか。
ゆうすけ
粕谷先生
たとえば、リウマチの患者さんには、炎症を抑えるためにステロイドを処方するのが一般的ですよね。ステロイドは力ずくで炎症を抑えるものだけど、鍼灸では自然治癒で軽く炎症を起こしつつ治していくから、治療法が真逆だという考え方なんですね。
なるほど。
ゆうすけ
粕谷先生
「ステロイドを飲みながら鍼をしたら逆の作用なので、ろくなことにはならない。ステロイドをやめろ」という意見の鍼灸師も少なくなくて。でも自分は、ステロイドで治療しながら鍼をしていると関節の痛みがきちんととれるし、効果があると思っていました。
ご自身の臨床からわかっていたんですね。
ゆうすけ
粕谷先生
そこで始めたのが、関節リウマチの研究です。研究の結果、鍼を薬と併用すると、薬だけ飲んでいる時よりもQOLが上がることがわかりました。「ステロイドをやめろ」という意見の鍼灸師の先生たちには、ある意味、気づきをいただいたなと思っています。
ここまでの約30年間、いろいろな苦労があったんだろうなと思います。
ゆうすけ
粕谷先生
そうですね。昔はそれこそ、医療機関で鍼をしていると「開業鍼灸師の職域を侵すことになる」と言われたこともあります。でも私自身は、決して仲違いするような関係ではないと思っていました。共同研究や学会活動は大学病院にいる鍼灸師がやるべきで、それをいかに開業している先生方に還元していくかを、常に考えて活動してきましたね。
医師の問い合わせにきちんと答える
先生は教育も臨床も研究もおこなっていますが、1番好きなのは何ですか。
ゆうすけ
粕谷先生
やっぱり臨床が1番好きです。昔はそれこそ目標もなかったんですけど、東大という環境に身を置いて、たくさんの先生方と知り合っていろいろな考え方を注入して、環境に育てていただいたと思っています。
こちらの治療室には、難治性の患者さんもいらっしゃるんですか。
ゆうすけ
粕谷先生
はい、いらっしゃいます。ただ、難治性の患者さんが治るかというと、なかなか難しいケースもあります。そういう時は、まずは週に1回の頻度で5回の治療を提案します。5回ぐらいやると鍼が反応するかしないか、大体わかります。
どういう判断で、医師は鍼灸を受けたほうがいい患者さんを見極めるのでしょうか。
ゆうすけ
粕谷先生
いろいろあるんですけど、鍼灸の役割として、鎮痛や自律神経系の改善、あとは認知行動療法みたいなものを求められているケースが多いです。なので、たとえば難治性の方でも、自律神経症状があってストレスを抱えているような場合には、鍼の治療をしても全く問題ないと思います。
なるほど。求められている役割があるんですね。
ゆうすけ
粕谷先生
医師から問い合わせがあった時に、きちんと答えることも重要だと思っています。「人工関節をしているところは感染しやすいけど、鍼は大丈夫ですか?」とか「糖尿病の痺れがある足に鍼をしても大丈夫ですか?」とか、結構聞かれますからね。回答する時には、きちんとガイドラインなどを守りながら施術していることを伝えます。
それは全日本鍼灸学会が作っている鍼灸安全対策ガイドラインをベースに…。
ゆうすけ
粕谷先生
そうですね。あれがベースです。
東大の鍼灸部門のホームページにも、今みたいなことがQ&Aで書いてあるじゃないですか。あれは本当に役立っています。僕みたいに参照している鍼灸師は多いと思いますよ。
ゆうすけ
粕谷先生
あのQ&Aは、特に問い合わせが多いものをまとめたんです。たとえば、がんの患者さんにどこまで鍼で治療していいのかとか。医師とディスカッションしながら一緒に作成していて、東大ではこういう対応をしているというのをきちんとオープンにしています。
素晴らしい発信だと思います。僕以外にも「これはすごい情報だな」と思っている人は、いっぱいいるんじゃないかな。
ゆうすけ
粕谷先生
結構見ていただいているみたいですね。ありがたいです。