教員養成科という選択肢があることも知ってほしい/鍼灸師:中村 真通

鍼灸専門学校の先生を育てる「教員養成科」について、どんなイメージを持っていますか。

同学科の卒業生は、必ずしも教員になるわけではありません。
開業や鍼灸師として勤務する人も少なくないとか。その背景には、多様な臨床経験を効率よく学ぶことのできるカリキュラムがあります。

「10年分の修業を2年で身につけることを目指して」と語る、学校法人呉竹学園の中村真通(なかむら まさみち)先生が今回のゲストです。
教育で大切にしていること、そして教員養成科の魅力などについて、お話しを伺いました。

中村真通(なかむら まさみち)先生

【略歴】
1994年  慶應義塾大学 環境情報学部を卒業、卒業後は生命保険会社に勤務
2006年 東京医療専門学校 本科を経て、鍼灸マッサージ教員養成科を卒業
2009年 筑波大学大学院 教育研究科 カウンセリング専攻 修了
2010年~2021年 東京医療専門学校 鍼灸マッサージ教員養成科 科長
2021年 公認心理師 登録
2022年 博士(鍼灸学)取得
2021年~現在 東京医療専門学校 鍼灸科・鍼灸マッサージ科 科長

教員養成科の知られざる魅力とは?

「ハリトヒト。」では、鍼灸師にはどんなキャリアパスがあるのか、インタビューを通じて読者の皆さんにリアルな現場の声を届けています。教員養成科については、いつか必ず取り上げたいと思っていました。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
教員養成科でどんなことを学び、卒業生はどんな進路に進んでいるのか、意外と知られていないのでありがたい企画ですね。教員になる卒業生と、臨床の道に進む卒業生の比率は、だいたい半々くらいです。
臨床の道を選ぶ卒業生も多いのですね。ちょっと意外でした。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
臨床を重視した教育プログラムがおこなわれていますからね。入学者の経歴は多彩で、卒業後の進路もさまざま。共通しているのは、学生は皆やる気に満ちて、卒業後は何らかの形で鍼灸業界に携わっているということです。
鍼灸師が今後のキャリアをよく考えたうえで選択するのが教員養成課程ですものね。そう考えると、学生同士の交流で得るものも大きそうです。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
さまざまな背景の方が多いので、刺激的な環境です。私自身も鍼灸学校に入る前、生命保険会社に勤めていたので、そうした環境が水に合ったのかもしれません。
以前は保険業だったのですね。ぜひそのあたりからお話を聞かせてください。
タキザワ
タキザワ

バブルが崩壊! 会社倒産を機に鍼灸の道へ

中村先生
中村先生
僕はいわゆる「団塊ジュニア世代」です。当時は「いい大学=いい就職」みたいな風潮がありました。
そんな時代、大学を卒業した後、親に私学に通わせてもらっていたので「稼がないと」と思い、金融でとりわけ人と関われそうな生命保険の仕事を選びました。父からは「メーカーのほうがいいぞ」と勧められたのですけどね。
お父さんの助言を押し切って、保険の仕事に就いたんですね。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
メーカーに勤める父親の給料明細を見せてもらったことがあって。そうしたら想像よりちょっと低かったんですね。とはいえ今の自分より高いので、申し訳なかったなという気持ちですけど…。
生命保険の仕事はやってみてどうでしたか。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
入社後はそれなりにやりがいを感じて仕事をしていたんですけど、数字つまり業績の世界でかなりの激務でした。
だいたい夜の9時から10時近くまでは仕事をして、そのあと上司と飲みニケーションに行くような。そんなとき会社が経営破綻したんですよ…。父の意向に背いて就職した会社が、あえなく倒産してしまったんです。
まさかはあるんですね。勤めている会社が倒産するってどんな感じなんでしょうか。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
当時ソルベンシーマージンが話題になっていたものの、ある日突然です。お客さんから支社に電話があって、「お宅の会社が倒産したって報道されていますけど、本当ですか?」と。その後2時間ぐらいで本社から数十枚ファックスが届いて、本当に経営破綻したのだと実感しました。
すごい。なんだかドラマチック…。そこからどうやって鍼灸師になられたのか気になります。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
昼休みに書店で『なりたい!! カイロプラクティック&はり・きゅう師』っていう本を見かけてたんです。こういう道も良いなって思っていました。若かったので残務処理などで会社に残れたようですけど、「まだ20代だし人生やり直そう」と思って鍼灸の道に進むことにしたんです。
カイロも選択肢にあったんでしょうか。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
カイロの学校の資料も取り寄せましたが、やっぱり国家資格を取りたいなと思って鍼灸マッサージの道に進むことにしました。
全く馴染みのなかった医療の世界に飛び込んだんですね。
タキザワ
タキザワ
中村先生
中村先生
実は思い返すと、医療者を志した時期もありました。高校1年の時に柔道をしていて、捻挫で通ったのが横浜市鶴見区にある接骨院だったのです。今から30数年前、ビルが建っていて医師だと勘違いしていました。そんなこともあって「僕も医療の道に進みたい」と思いましたが、物理が苦手で医学部への道は断念しました。
勤め先の倒産をきっかけに、昔に夢見た医療職を志したんですね。何か運命を感じます。
タキザワ
タキザワ

NEXT:「中村君、教員にならないの?」と誘われて

1

2 3
akuraku3.jpg

関連記事

  1. 抱え込まない。だけども見捨てない/鍼灸師:粕谷 大智

  2. 求めていた理想は「自らの手による医療」/鍼灸師:足立 繁久

  3. 「伝わるように伝える」のが我々の責務/鍼灸師:澤口 博

  4. もっと海外に目を向けたらいいんじゃない?/鍼灸師:水谷 潤治

  5. 無名のまま死んでいくのが自分にはお似合いだと気付きました/元鍼灸師:土田 健一

  6. 自分にしかできない「挑戦」特別講義編/黄帝内経研究家 松田 博公