自分にしかできない「挑戦」特別講義編/黄帝内経研究家 松田 博公

ライターのツルタです。
『自分にしかできない「挑戦」』前後編に掲載しきれなかった部分、『黄帝内経』研究家 松田先生の特別講義編です。

この特別講義編は、『黄帝内経』の古代思想や宇宙論などがテーマになっています。

今回はハリトヒト。にとっても「挑戦」。
『素問』や『霊枢』の引用、古代中国思想や宇宙論などを扱いました。

みなさんにとって、訳がわからないかもしれないし、すごく腑に落ちるかもしれない、とっくに知っている事かもしれないし、すべて斬新な話かもしれない。
どんな感想になるか、読み手次第で大きく変わると思います。

正直、ぼくにはわからない部分がたくさんあるけど、松田先生が遺言だって言うから…。

日本鍼灸は思想嫌い

松田先生
松田先生
現在、神田で毎月第1土曜日に開催している「松塾」は、鍼灸の思想を学ぶ会なの。
東京都はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師会の講座ですね。
それにしても、鍼灸の思想を学ぶ場所って珍しいですよね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
思想を学ぶ場所が珍しいのは、日本鍼灸が技術志向だからなのね。
日本人は古代から技術志向の実感主義で思想嫌いだと言われている。
山田 慶児(やまだ けいじ)さんなんか、その観点から日本漢方、鍼灸を厳しく批判している。
山田先生って、中国思想や医学などの研究で高名な、京都大学人文科学研究所の名誉教授ですよね。
それにしても、思想嫌いはともかく、技術志向の実感主義ってそんなに悪いことですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん、それ自体は悪くない。
以前、日本伝統鍼灸学会で講演したとき、山田大先生に反論して「思想嫌いで実感主義だから日本鍼灸は、優れた技を生みだした。マイナスがプラスに転化した」と話したことがあるけどね。
でも、技術主義と実感だけでは、鍼灸のシステムって成り立たないの。
システムを成立させる論理が必要なわけね。
鍼灸のシステムというのは?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
鍼灸のわざを客観化し法則化し、時代を超えて手渡していく形にしてある言葉と理論体系、といえばいいかな。
言語化や体系化をおこなうことで、鍼灸のわざを共有可能にするってことか。
そのシステムを成立させる理論って、たとえばどういうものですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
陰陽とか五行とか、精、気、神とか、経脈、経穴、病因、病証、脈論、補瀉それから運気論なんかも。
歴史的にそれは中国から借りているんだけど、実際に江戸の初期には運気論がブームになっている。
運気論って、えっと…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
運気論というのは、自然界の法則は四季、二十四節季、七十二候として推移する…、60年周期で循環する気の法則を理論化したものなんだけど。
かなりシステマチックですね。
そういうシステム的なものって、日本鍼灸が好む実感的なものとは対照的なような…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
そうだね。
だから、しばらくすると、中国から輸入された論理的なものより、もっと実感的な技術が重要という風潮になる。
たとえばツボを探って治療点にするとか。
中国鍼灸の細かい証立てに反発して、シンプル化した太極療法を唱えるとか。
「ツボを探る」って、まさに日本鍼灸が好む、実感主義の技術志向という感じがします。
指頭感覚とか、繊細な触診とか、日本鍼灸の特徴的な技術に繋がりそう。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
でもしばらくして、やっぱり論理的なものが足りないと気付いて、また中国から借りてくる(笑)。
それって、実感と理論を行ったり来たりしているってことですか?
日本鍼灸は、昔から変わらないようでいて、じつは流行りがあるというか。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん、日本鍼灸が理論を欲すると中国鍼灸に傾く。
そのあとまた、日本的反動が起きる。
日本鍼灸って、中国的要素と日本的要素の2つの中心がある楕円の構造なんだよ。
時代によって中心がどちらかに片寄り、ジグザグ、ジグザグしている。
そういう歴史があったとは、驚きました。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
江戸時代以前にも、明代医学、今で言う弁証論治の直系の曲直瀬 道三(まなせ どうさん ※戦国時代から安土桃山時代の日本の医師)の医学が流行すると、それを批判して「邪正一如」「補瀉一如」などを唱えて明代医学のシステムを壊す日本鍼灸流派が生まれている。
そういった日本鍼灸の歴史や流派を学ぶ機会って少ないですけど、やはり中国の影響は大きく受けていますよね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
最近も、鍼灸学校の教科書に中医学が導入されたけど、これって日本鍼灸に足りない理論を中国から借りたってことだよね。
まだその中国から借りる構造が続いているってことですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん、今でも続いている。
それって今の日本鍼灸に、「理論が必要」というチカラが働いたってことですよね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
そういうことだね。
なるほど…。
ところで、中医学ってどういう理論ですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
中医学は、治療技術化され、現代医学化された疑似古典理論なんだよ。
疑似古典理論…、その疑似っていうのは?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
現在の中医学の生理学、病理学、弁証、診断治療体系は、『黄帝内経』の古代思想そのものではないということ。古代思想を現代医学的に再解釈し、重大な改編を行っているのに、古代をそのまま踏襲しているふりをしている。
核は古典理論と言えないから疑似古典理論か。
…そもそも中医学ってなんですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
中医学は、1949年の中華人民共和国成立後しばらくして、「現代医学と伝統医学をドッキングさせて、新医学を作れ」という毛沢東(もう たくとう)の指示を至上命題に、それまでの伝統的な中国医学を現代医学化して成立したもの。
毛沢東!
中医学は、国家プロジェクトでもあるんですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ちなみに中医学は、現代医学と同じく身体を皮膚の下の生理学と病理学の仕組みとして捉えている。
臓腑の機能も、現代の解剖生理学で解釈している。
なるほど。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
『黄帝内経』は古代語で書かれているのに、その意味を無視した現代的解釈をしているわけね。
たとえば「精神」を、そのまま現代語の精神と理解している。
現代語の「精神」って、心とか意識という意味ですよね?
現代と古代で「精神」の意味が違うとしたら、『黄帝内経』で使われている「精神」ってどういう意味ですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ひとことで言うと「生命エネルギー」だね。
生命エネルギーの陰の状態の「精」、陽の状態の「神」を合わせて「精神」という言葉が作られた。
つまり、「気」を言い換えた言葉なんだよ。
どういうことだろ…。
ちょっとむずかしいです。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
これは、『黄帝内経』の古代思想が現代の鍼灸師にとっても大事とぼくが言っていることに繋がるんだけど。
それ、知りたいです。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
『素問』宝命全形論は、鍼灸師にとって重要なのは「治神(ちしん)」だと強調している。
「治神」ですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん、これは「神(しん)を治める」と読むんだけど。
それを現代中医学では、「治療に際して精神を集中すること」って解釈する。
「神」を精神と理解し、治療のときは精神を集中せよ、というわけ。
でも、これは大間違いなんだよ。人体の「神」は天の神気がからだに入ったものなんだ。
生命エネルギーである天の神気がからだに充実していれば、鍼灸師は元気で健康。
その状態の鍼灸師のみが、患者を治療する資格があると、『黄帝内経』は言うんだよ。
その状態の鍼灸師「のみ」ってまさか…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
神気を失って不健康になった鍼灸師には、治療する資格も能力もない。
不健康な鍼灸師は、治療する資格なしって、…『素問』めちゃ厳しいですね!
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
だから、「鍼灸師は自身の生命エネルギーを高めるよう、天の神気との繋がりを保持するよう、毎日研鑚を積まなければならない」というのが、「治神」の教えなのよ。

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