自分にしかできない「挑戦」特別講義編/黄帝内経研究家 松田 博公

「黄老思想」と『黄帝内経』の新解釈

松田先生
松田先生
最近までは、戦国時代の思想というと、儒家、道家、墨家などの諸子百家と考えられていた。
だから、中国の『黄帝内経』の教科書では、冒頭に、ここは儒家、ここは道家、ここは墨家、ここは兵家なんて、諸子百家の思想との関係が、バラバラに説明されていた。
ところが、それら諸思想を束ねた総合学派が、戦国時代後半から活動していたことが、この30年ほどの研究でわかってきた。それが「黄老思想」なんだ。
ほとんど聞いたことないです…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
陰陽家ってわかるかな? 陰陽五行論の。彼らは黄帝を崇拝した。
だから陰陽家の思想は、黄帝思想と言える。
その黄帝思想と、無為自然を唱えた『老子』『荘子』の道家思想の2つが軸になっているので、研究者は「黄老思想」と名づけている。
そして、儒家、墨家、法家、兵家など当時の主な思想をすべて取り込んでいる。
思想って馴染みのない分野で…。
ぼくにはわからないです。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
これならどう?
「黄老思想」は、「天道に順って政治を行わないと災いが来る」と言っていて、『黄帝内経』は「天道に順って医療を行わないと災いが来る」と言っている。
つまり「黄老思想」と『黄帝内経』の枠組みは同じ宇宙論なんだ。
政治と医療の違いだけで、どちらも同じ理屈ですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ぼくの調査では、『黄帝内経』の宇宙論は、医学のオリジナルじゃなくて、「黄老思想」系の政治書から引き継いだものなんだ。
それを、松田先生が調べたんですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん、戦国時代から漢代の一連の黄老系政治書と『黄帝内経』の概念や字句、宇宙論を比較してみた。
具体的にいうと、『黄帝四経(しきょう)』、『管子(かんし)』、『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』、『淮南子(えなんじ)』、『春秋繁露(ばんろ)』など。
『黄帝四経』は、1973年、中国長沙の馬王堆漢墓から出土した4巻の小さな書物で、それが幻の『黄帝四経』だという仮説が、1980年代の「黄老思想」研究ブームをもたらした。
…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
調べていくと、概念も宇宙論も、あまりにも一致していて、『黄帝内経』は明らかに「黄老思想」系列の医学書だとわかった。
先に黄老系の政治書があり、その「天道思想」を枠組みとして、『黄帝内経』が誕生した。
これは中国、台湾では常識になりつつあるけど、日本ではまったく議論されていない事実なんだ。
すいません。
ぼくにはマニアックすぎて、ついていけません…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
そしたら、できるだけ手短に説明するね。
黄老系政治書には、どれも医療論が含まれていて、「国の中心の王が健康でなければ国はあやうい」という理論なの。
王の健康を重視したってことですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
その通りなんだけど、それがただの健康論じゃないんだよ。
黄老派の政治家たちは、王の健康を管理するために、「明堂」という建物を作り、王は1年12ヵ月の季節ごとに決められた部屋にいなくてはならないことにしたの。
そして、その部屋で王がすべきこと、してはいけないことを詳細に定めた「時令(じれい)」(四時ごとの天の命令)を作って、王に守らせたんだ。
健康管理というより、王の儀式ですよね?
それって医療論といえるんですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
これも気の思想なんだよ。
王の気は天の気と繋がり、地の気と繋がり、人民の気と繋がる。
王が天と人民を媒介する存在ってこと。
ここも宇宙論ですか。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
「王が媒介して、天の恵みを得て農耕が豊かになる」とか、「王が媒介して、天の気を得て人民が健康になる」とか…。
逆に「王の気が枯れて病気になると、天帝が怒って災害を振らせ、人民は病気になり、作物は実らず、国は危機におちいる」と書いてある。
そうならないように、王は「明堂」にいて、みずからの神気を天地日月の運行の法則に合わせて養い、健康を保たなくてはならない。
なるほどね。かなりオカルト的だけど…。
王を中心に、天と地の気がめぐって国家が治まるという理論ですね。豊かで健康になる。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
それを研究者は「治身治国」論と呼ぶんだ。
「王が身を治めることで国が治まる」という考え方ね。
この黄老派の「治身治国」論が、『黄帝内経』にもうたわれているんだよ。
??
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
これまで、『黄帝内経』は黄老系政治書を引き継いでるなんて、誰も考えてなかった。
「治身治国」論が盛り込まれていることも気付かなかったんだよね。
だから、トンデモ解釈、イマイチ解釈がまかり通ってきた。
すいません、ぜんぜん話についていけてないです…。
それってどういうことですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
たとえば『素問』四気調神大論篇の最初に、こんな言葉が連ねてある。
「春の三カ月は、古い気を発散させる季節である。天地の気が新しく生まれ、万物のいのちが栄える。この季節では、少し遅く寝て少し早く起き、広い庭園を歩き、髪を解きほぐしからだの緊張を緩め、生きる意欲が生まれるようにする。いのちは生かし、殺してはならない。恩寵を与え、剥奪してはならない。それがいのちが息吹く春の気に応じ、生命を養う道である。これに逆らうと肝の気は傷害され、次の季節である夏に寒性の病になり、夏の盛張の気に適応する能力を失ってしまう。」
このあと、夏三カ月、秋三カ月、冬三カ月と、同じような指示が続く。
それは、有名な四季の養生法ですよね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
「一般人のための養生法」というのが、唐の王冰以来、1000年間、定説とされてきたけど、これは「王のための養生法」で「時令」なんだよ。
もしそうなら、まったく意味が変わりませんか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ぼくはそう考えている。
王冰の時代には、すでに古代思想がわからなくなっていたみたいだ。
「時令」って、守らないと、天帝が災いを振らし、国が亡ぶという真剣なもの。
ついでに言えば、『黄帝内経』には、黄帝が「明堂」にいて、臣下の医師に医学を教える篇もある。
そんな篇があるんですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
「黄老思想」がわからないと、『黄帝内経』はわからないわけ。
歴代の注釈家は、ここを「時令」と理解できなかった。だから、続く段落に、王は傲慢さを避け謙虚な姿勢を保たねばならないと政治の在り方が書いてあるのを、意味不明としたり、考証学を使ってコジツケ解釈をしたりしてきた。
そして、王が「時令」を守らないと、天帝が怒って天災を振らし生命を滅ぼすと怖ろしい記述があるのも、わけがわからなくて、四気調神大論篇は「千古の謎」だとされて来た。
なんて言ったらいいんだろ。
ぼくにとっては、ホントに謎のような話でして…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
四気調神大論篇は「千古の謎」でもなんでもないんだよ。明々白々、黄老思想の「時令」であり、「治身治国」論なんだ。
調べてみたら、王冰より90年ぐらい前に『黄帝内経太素』を編纂した楊上善が、この篇が「時令」で「治身治国」論だと正確に理解しているんだよね。だから、松田の妄想ではないんだよ。
過去に同じような解釈もされていたんですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
神秘主義なんだ。『黄帝内経』の根底には、気は宇宙の万物を繋ぎ「感応」するという神秘的、宗教的感覚が流れている。古代思想だから当たり前なんだよ。
それを、すっきりしゃっきり、味も素っ気もない単線的で合理的な解釈をしてきたのが、『黄帝内経』研究史なの。現代中医学は唯物論だし、日本人は、山田慶児さんがいうように。江戸時代から哲学嫌いの実感主義、合理主義の傾向が強いし。
従来の『黄帝内経』研究と、松田先生の研究には、かなり隔たりがあるんですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ふふ…。
四気調神大論篇の新解釈について、日本伝統鍼灸学会で11月24日に話すことになってる。
講演タイトルは、「『黄帝内経』千年の定説を覆す」。
松田先生は定説を覆そうとしてるんですよね!?
これも「自分にしかできない『挑戦』」ってことか…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
まずは、「古代思想で書かれた『黄帝内経』を、あるがままに丸ごと読もう」と言いたいだけなのさ。そのうえでなら、臨床に役立つところをつまみ食いしてもまったく構わないんだよ。

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