今は鍼灸師の地位が低すぎる/株式会社チュウオー 代表取締役:今里 秀俊

理学療法機器メーカーである株式会社チュウオーは、電子温灸器やもぐさ燃焼解析システムなど、鍼灸の治療現場で役立つさまざまな機器を開発してきました。

ものづくりの力で鍼灸業界に新風をもたらしてきた、今里秀俊社長は「今は鍼灸師の地位が低すぎる」と嘆きます。鍼灸師の地位向上のために奮闘する今里社長に、レントゲンメーカーから治療器メーカーに移行したきっかけ、治療器開発の歩み、そして「鍼灸師の地位向上」に対する想いについてお話を伺いました。

今里 秀俊(いまさと ひでとし)社長

略歴
1951年 兵庫県生まれ
1972年 中央レントゲン製作所(現 株式会社チュウオー) 入社
1978年 大阪工業大学 電気科 中退
1980年 法人に改組と同時に㈱中央レントゲン大阪 設立、専務取締役に就任(医療用具販売管理責任者兼務)
1994年 株式会社チュウオーに社名変更
1999年 株式会社チュウオー 代表取締役社長に就任
2010年 兵庫県薬事功労者表彰
所属団体
兵庫県医療機器協会 副会長
歴任
日本理学療法機器工業会 副会長
日本理学療法器材工業会 理事
日本ホームヘルス機器協会 理事
関西医療機器連合会 理事

難病の患者さんに涙ながらに感謝されて

今里社長は、電子温灸器やもぐさ温度解析システムなど、さまざまな機器を開発されてきましたよね。もともと現在のような治療器の製造に力を入れていたんでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
実はもともとはレントゲンメーカーだったんです。中央レントゲン製作所として1955年に創業しました。私は2代目になります。
長い歴史があるんですね。もともとはレントゲンメーカーだったということですが、治療器の開発はいつ頃から始められたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
1965年にホットマグナーという磁気加振式温熱治療器を開発したのが、はじまりですね。それ以来、おかげさまで売上も規模もドンと大きくなりました。
レントゲンから治療器に移行したきっかけは、何かあったんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
当時技術屋として救急病院にも出入りしていたんですけど、交通事故で血だらけの患者さんとかが、いっぱい救急車で運ばれてくるんですよ。
医者は「早くレントゲン写真撮れ」って言うんやけど、検査する前に処置したれよってよく思っていました。もちろん検査が重要だってことはわかる。けど、患者さんからしたら早く処置してほしいわけです。そんな経験をしたこともあって、検査より治療のほうに興味がわいて、治療器の開発に取り組むようになったんです。
そんな経験が…。救急の現場となると、かなり強烈な体験ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
そうそう。それで病院にホットマグナーの試作品を作って持って行ったんです。その時は、レントゲンだけだと儲からないので、ほかの活路を見出したかったっていう理由も大きかったんですけど…。事務長に、ホットマグナーを紹介して「どうでっか。使ってください。タイマーと温度設定だけで使えます」って。
そしたら患者の評判が良いものやから、入院患者だけじゃなくて外来でも使ってくれたんですよ。病院なら基本的に保険適用やし、やり方次第ですごい稼げるんですわ。
病院で多くの患者さんに温熱治療器を使ってもらってみて、効果の面はいかがでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
ものすごく印象深い出来事がありました。ある病院で、後縦靭帯骨化症の患者さんが、治験を受けてくださったんです。そこの整形外科の医者から、「患者さんがどうしてもメーカー担当者に会いたいと言っているので、来てくれへんか?」と言われました。
治療のやり過ぎで火傷されたことを知っていたので、謝りに行かなあかんと思っていたんです。それで病院に行くと、課長や医者が5〜6人研修生をゾロゾロ引き連れて、もう白い巨塔みたいでしたね。そしたら患者さんがベッドサイドで私の手を握って「この機械で助かりました」って涙ながらに感謝を伝えてくれたんです。
後縦靭帯骨化症は指定難病の1つですが、温熱療法でこの病気自体が治ったわけではないですよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
そうです。治るはずがないんですよ。でも、私たちの治療器を使うようになってから劇的に変化があったそうで、食事がおいしくなったり、排便がスムーズになったりして、QOLがものすごい上がったっていうんです。それから数年後に残念ながらお亡くなりになったと聞いていますが、治療によって「もう1回頑張ろう」っていう気持ちになってくださったんじゃないでしょうか。
それは今里社長にとっても、大きな転機になったんじゃないですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
もう鉄ハンマーで頭ぶん殴られたみたいな出来事でした。それまではレントゲンが医療機器の中で一番良いと思っていたのに、患者さんからこれだけ感謝されて、治療器の効果ってすごいなと実感しました。治験でも効果が証明されて、これはやっぱり良いことをしているんだなと自信を持てたんです。そこから治療器の製造・販売に力を入れるようになって、レントゲンメーカーから転向したんですよ。

鍼灸で使える治療器を次々と開発

鍼灸とは、どのようにかかわるようになったんでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
明治国際医療大学の篠原昭二先生(現職は九州看護福祉大学教授)からの依頼で、治療器を作り始めたんですよ。鍼灸師の中でも目の不自由な先生方は火を使うことが難しいので、盲人の先生方でも使えるように操作が簡単な電子灸を作ってくれないかと依頼されたんです。それで作ったのが「バンシン」ですね。火、煙、においが出ず、狭い部分に熱刺激を与えられる装置になっています。
視覚障害者の先生方から、評判はいかがでした。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
それがね、私たちのPR不足もあるんですが、あまり売れなかったんです。でも、ふたを開けてみたら盲人以外の先生たちにたくさん売れました。鍼灸接骨院で柔整の先生がけっこう買ったと思います。「バンシン」は医科用医療機器ではなく、家庭用の電子温灸器なんです。だから治療家の先生には、患者さんに指導と販売をしていただきたいというコンセプトがあったんですけど、鍼灸院の先生って物販はなかなか…。
ちなみに「バンシン」って、いわゆる焼き鍼のことですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
そうです。鍼を真っ赤に熱して速刺速抜する治療法がありますよね。それを電気的にやってくれへんかということでした。
ちゃんとチクッと刺激があるのが良いですね。ただ正直、ちょっと燔鍼(バンシン)ってマイナーじゃないですか。もっと台座灸みたいにメジャーで、なんなら刺激もマイルドな感じを求める声もありそうですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
現場の意見は、製品開発する上で参考にしています。やっぱり時代のニーズに合わせなあかん、と思って。そういう先生方とのやり取りから、次のアイデアが生まれてくるんですわ。
ズバリ言うと、台座灸が売れているみたいやし、利便性やマーケティングも含めてなんですけど。じゃあ温灸の方もしようかってことで、研究していただく先生方もいらっしゃったので、「一灸」という光線療法も同時にできる電子温灸器を開発しました。
そのほかにもさまざまな治療器を開発されていますよね。ところで、電子温灸器は火を使わない点や、煙やにおいが出ないことから、最近では災害時の避難所での活用にも注目されていると聞きます。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
ありがとうございます。実は各県の鍼灸師会の方にも、当社の治療器を災害医療で使う機器の1つとして備蓄するのがいいんじゃないかと提案して、何本か備蓄用として買ってもらっているんですよ。
そうなんですね。今里社長の方から提案したのは何か理由があったんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
もちろん、災害現場で治療の役に立てるなら、という気持ちが大きいです。あとは、なんとか鍼灸の地位を上げたいという想いもあるんです。鍼灸師の先生たちって、避難所に行けば被災者のじゅうぶんなケアができるわけじゃないですか。世間にもっと実力を知ってもらうという意味で、災害医療という分野に参入するのも1つの方法かなと思うんですわ。
たしかに被災地での貢献はめざましいです。ただ、もっと根本的な改革として、鍼灸師の地位を向上させるためには、どんなことが必要だと思いますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
今里社長
今里社長
重要なのは、やはり教育だと思います。例えば、お灸の温度を学生はほとんど知らないんですよ。鍼灸学校の卒業生に「お灸は米粒大でどのぐらいの温度?」って聞いても、「いや、学校で教えられてない」って言うわけです。言い方悪いけど、分からんとよくそんな治療してるなって。だから教育を変えたろと思って東洋療法学校協会に乗り込んで、当社のお灸の温度と熱量を測れる「モクサス」という製品を推薦機器にしていただきました。

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