鍼灸師よ、誇りを失うな【特別講義編】/鍼灸師:芦野 純夫

鍼灸は医業か医業類似行為か…。
この問いに明確に答えられる鍼灸師はどれだけいるのでしょうか。

今回は、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師などに関する法律(あはき法)の有識者である芦野純夫先生に、あはき法が作られた当時の事情、法律を作った人々の想いなどについて語っていただきました。
また、無免許の手技療法など、現在のあはき業界が抱える問題にも触れていきます。

インタビューをベースに芦野先生の文筆や関連資料、特に公益社団法人 東京都はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師会が発行した講義録を参考に、ハリトヒト。編集部が記事を作成しました。

あはき法解釈の昏迷を解きほぐす特別講義編です。

芦野純夫(あしの すみお)先生

1947年東京生まれ
高校卒業後1977年までウィーン留学、国立音楽演技芸術大学オーボエ科、ウィーン大学医学部研究生を経て、ボルツマン鍼研究所にて臨床研修、その間1976年東京高等鍼灸学校卒
1979年 筑波大学理療科教員養成施設臨床専攻課修了、筑波大学にてドイツ語講師
1980年 厚生省採用(厚生教官)、国立身体障害者リハビリテーションセンター理療教育部教官、東洋療法研修試験財団国家試験評価委員、筑波技術大学非常勤講師を歴任、現在は横浜医療専門学校学術顧問

あはき法は医業類似行為を禁止している

インタビュー『日本では鍼灸の価値が、軽んじられている気がしてなりません』のラストで、「あはきは医業類似行為」という嘘が広まってしまっているとおっしゃっていましたよね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
はい、法律上の医業類似行為とは、免許制以外の治療行為の総称なので、あはきは医業類似行為ではありません。それはあはき法をきちんと読めば誰でも理解できることです。あはき法第12条に、はっきりと「何人も医業類似行為を業としてはならない」ということが書かれています。これは同時に「鍼灸師であっても医業類似行為をしてはいけませんよ」という戒めでもあります。

あはき法第12条(一部抜粋)
何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。

あはき法第1条
医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。

何人も医業類似行為を業としてはいけないのなら、あはきが医業類似行為であるはずないですね。
しかし、このあはき法の12条は、本来は禁止されている医業類似行為だけど「あはきの免許者は医業類似行為を業としていいですよ」という意味で解釈されていませんか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
12条の「もの」を「者」と読み替えて解釈すれば、免許行為以外のさまざまな医業類似行為までレパートリーにすることができますから、あえて業界や教育界も恣意的にそのように取ってきたのでしょう。しかし、条文中の文字を勝手に置き換えることは許されません。
あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師。この内どれかひとつでも持っていれば、あらゆる医業類似行為を業として良いというのは、ずいぶん都合の良い話ですよね。それはたしかにおかしい感じがします。
ツルタ
ツルタ
芦野先生
芦野先生
繰り返しになりますが、この条文の正しい意味は「何人も医業類似行為を業としてはならない」ということなんです。
芦野先生は、どうしてその解釈が正しいと言い切れるんですか。
ツルタ
ツルタ
芦野先生
芦野先生
この法律を作った当時の厚生省医務局次長、久下勝次氏から伺ったからですが、まず12条の「1条に掲げるものを除く外」の「もの」とは、あはき師という「免許者」ではなく、あん摩、マッサージ、指圧、はり、きゅうの「免許行為」を指します。
ですから12条は「何人も、あはきの免許行為はここには入らないが、医業類似行為は業としてはいけませんよ」という意味なんです。これは昭和23年(1948年)の法律施行時に医務局で作られた『あん摩、はり、きゆう、柔道整復等 営業法の解説』にも書いてあることで、私の勝手な解釈ではありません。
「もの」は「免許者」ではなく「免許行為」を指す。
ツルタ
ツルタ
芦野先生
芦野先生
法律用語とは非常に厳密なものです。内閣法制局長官だった林修三氏の著書『法令用語の常識』に、法文中の「者」は人物を、「物」は物件を表すので、行為等の「もの」とは厳密に区別しなければならないとあるとおりです。
法律の世界で「もの」は、そもそも行為等を指す言葉なんですね。12条の「もの」が「あはき免許者」を指すという主張は、たしかに間違いといえそうです。
そして1条と12条をよく読んでみると「もの」と「者」が明確に使いわけられていました。
ツルタ
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あはき法第12条(一部抜粋)
何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。

あはき法第1条
医師以外ので、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとするは、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。

芦野先生
芦野先生
法律を国語で解釈してはだめです。法律用語と国語の用例は同じではありません、法律というのはそういう独自の世界なのです。
芦野先生は、厳密な法解釈を根拠としているのですね。
12条が「何人も医業類似行為を業としてはならない」という条文だというのは理解できたのですが、なぜわざわざ「、第一条に掲げるものを除く外、」は入れられたのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
芦野先生
芦野先生
それは1条の免許行為者であっても行えるのは免許範囲の業だけであり、それを逸脱して医業類似行為まで業としてはならないということです。
免許者はなまじ免許内で治療行為がおこなえるので、免許外の行為にまで踏み越えることのないようにいさめています。
もう一つは、この当時から世間ではあん摩や鍼灸は医業類似行為であるというような誤った見方があったからです。医業類似行為には含まれないと念を押したつもりが、今では逆手に取られた感じです。
ところで、第1条の冒頭に「医師以外の者で」とありますが、これにはどのような意味があるのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
芦野先生
芦野先生
あん摩と鍼灸は、本来は医師が行うべき「医業」であるということです。
この条文で、あえてあはきを医業の一部としたのは、戦後の医業以外の治療行為を禁止しようとする流れから、明治の頃からもともと免許制をとってきた伝統医療であり、盲人の福祉的意味合いもある、あん摩と鍼灸を守ろうとしたんですね。そういう意思が込められているのだと思います。

GHQは鍼灸禁止令を出していない

あはき法が公布されたのは終戦から2年後の昭和22年(1947年)ですが、やはり当時の情勢が関係するのでしょうか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
あはき法が制定された直接の動機は、昭和22年(1947年)5月3日、日本国憲法の施行に伴って、従来の内務省令「あはき及び柔道整復に関する取締規則」が効力を失うことになったので、新たな法律を制定する必要が生じたからです。
戦後、新しく日本の法整備がされていく中で、あはき法は作られたわけですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
ちょうどこの頃に「GHQの鍼灸禁止令」があったと、今もまことしやかに語られていますが、そのような禁止令は出されていません。
占領下に欧米人から「鍼灸は野蛮」と見なされて、禁止の危機にさらされたのだと思っていたのですが…。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
お灸のように火で焼かれる行為は、欧米人にとって非常に抵抗感のあることなんですね。捕虜収容所で病気の米兵にもぐさの代用として脱脂綿を使って灸治療をした衛生兵が、火あぶりの拷問をしたとして戦犯裁判で有罪になった事件もあります。
治療を拷問と誤解されたのなら残念ですね。ただ鍼やお灸を知らない当時の欧米人が、この伝統医療を好意的に捉えたとは思えないです。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
進駐してきた当初からGHQのPHW(公衆衛生局)は、盲人や柔道家たちが行ってきた伝統的な施術をどうするべきか関心を持っていたようです。そのような中で厚生省とPHWが連携して、医療制度の新たなあり方を模索しました。
具体的にどのような方針だったのでしょうか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
昭和22年(1947年)に設置された厚生省医療制度審議会で、「あはき、柔整の施術は医師の同意の下で行うこと」、「盲人の鍼灸業と柔道整復術営業は、既得権者を除き、今後は新たに免許は与えない」、「免許制の施術ではない、いわゆる医業類似行為は一切禁止する」という方針が打ち立てられました。
これは厳しい…。到底受け入れられるものではないですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
あはき柔整の免許者と医業類似行為者、その両方からの反発で、政治家を巻き込んだ陳情合戦が起こり、厚生省では収拾がつけられない状況になりました。
業界団体が厚生省に「NO」を突き付けた。特に今後は免許を与えないとされた視覚障害者の反対はすさまじかったでしょうね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
見かねたPHWは医務局の職員と審議会委員の数名を呼び出し、「PHWとしては医業以外の治療行為を行わせたくないが、これらの行為を医療制度の中で存続させるのならば、納得できる理由を記して提出するように」と要請したんです。
この呼び出しが業界内で「GHQによる鍼灸禁止令」だと、大袈裟に言い広められることになります。
GHQは医業以外の治療を禁止にしたかった。でも、実際に鍼灸禁止令が出されたわけではない。これが噂に聞く戦後の鍼灸界に起こった「GHQ旋風」の真実ですか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
当時の業界団体は「禁止令撤回」を名目に全国規模で募金活動を行っていました。しかしPHW側は禁止令など出していないので、業界が惑わされて運動がさらに拡大するようなら、募金活動を行っている団体を詐欺行為として起訴するとまで怒っています。
混沌とした時代ですね。自分たちの権利を守るため、みんなで戦う熱い時代だったともいえそうです。そして業界団体にとってピンチはチャンスかもしれません。戦後の鍼灸史が学べました。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
PHWが最後まで懸念していた盲人の鍼灸についてですが、ヘレン・ケラー女史がGHQのマッカーサー元帥に直接手紙を書き、「日本の伝統文化であり盲人の得がたい更生手段としての鍼灸を、理解できないから禁止するようなことは許されない」と諭したことで、ヘレン・ケラー女史を尊敬していたマッカーサー元帥のトップダウン的な指示があって、盲人の鍼灸業や独立開業権が守られたこともお伝えしておきましょう。

NEXT:医業類似行為の歴史

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