鍼灸師よ、誇りを失うな【特別講義編】/鍼灸師:芦野 純夫

医業類似行為の歴史

法律の世界で「医業類似行為」とは、一体なにを指すのでしょうか。
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芦野先生
芦野先生
昭和29年(1954年)に仙台高等裁判所は、「医業類似行為とは疾病の治療、または保健の目的でする行為であって、医師、歯科医師、あん摩師、はり師、きゅう師または柔道整復師等の、法令で正式にその資格を認められたものがする行為でないものをいう」と判示しています。
つまり「免許制のない治療や保健を目的とした行為」が医業類似行為ですね。免許制のない治療行為ってあまりイメージがよろしくないのですが…。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
類似行為というのは、だいたい「してはいけないこと」を指す用語です。
「鍼灸師はお医者さんの医業と似たような行為をしている」と褒められているわけではないので、うっかり誤解して喜ばないようにしてください。
類似はネガティブなニュアンスなんですね。あはき法によって禁止される昭和22年(1947年)以前、医業類似行為はどのような扱いだったのでしょうか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
医業類似行為という言葉ができたのは、まだ厚生省ができる前のことです。内務省の衛生局が「国が免許制にしていない諸々の治療行為」を一括りに、行政用語で医業類似行為とか医業類似業と呼んだのですが、当初は一律の法的な決まりは設けられませんでした。
最初は特にルールもなく、各々が自由にやっていたような感じですかね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
大正の終わりから昭和の初期にかけて、大恐慌が起きて失業者が増えます。そこで免許行為以外のいろいろな治療、つまり医業類似行為を業とする者がたくさん出てきました。療術家全盛の時代です。
不景気になると、無資格の療術業が増える…。
そういう状況はちょっと心配というか、健康被害などの問題が起きそうですね。
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芦野先生
芦野先生
昭和4年(1929年)和歌山県知事の「医業類似行為をどう取り締まったらいいのか?」という照会に対して、国は翌年「按摩術・鍼術・灸術の営業取締規則のような、全国一律の中央法令でもって、教育制度とか試験制度、免許制度はもう作らない、府県で適時取り締まってくれ」という趣旨の回答をします。
それで府や県はどのように対応したんですか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
東京府(現 東京都)はさっそく「療術行為に関する取締規則」を設けて、警察への届出制にしました。届出の内容をみて、危険性や衛生上の問題がないか指導するというわけです。多くの県がこれにならい、神奈川県は許可制でしたが、何も設けず放任の県もありました。各府県ではこの時、条例の題名を東京府にならって「療術行為」としたり、内務省の用語「医業類似行為」としたりでしたが、この二つは同じものです。
当時は、医業類似行為を業とすることが可能な時代ですね。
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芦野先生
芦野先生
その後、昭和22年(1947年)1月に設置された厚生省の医療制度審議会で、戦後の新たな医療制度の枠組みに医業類似行為を含めるのは好ましくないという方針が打ち出されます。
厚生省医務局の『医制百年史』に「医業類似行為については、これを凡(すべ)て禁止することとした」とあるとおりで、同年12月に成立したあはき法の第12条で「何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない」と規定したということです。
ついに医業類似行為の流れが、あはき法につながりました。こうした経緯があって、医業類似行為はあはき法で禁止されるに至ったのですね。
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法律の「指圧」は手技療法の総称

芦野先生
芦野先生
昭和22年(1947年)12月のあはき法で医業類似行為は禁止されました。とはいえ、以前から届出をして○○療法といった医業類似行為をしていた療術師たちは、今までと同じ仕事をしているだけなのに、急に犯罪者になってしまうのはちょっと気の毒ですよね。
たしかにそうですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
そこで、あはき法が公布される以前から医業類似行為を業としていた人は、届出をすれば昭和30年(1955年)まで、禁止を猶予することになります。それがあはき法第12条の2です。

あはき法第12条の2(一部抜粋)
この法律の公布の際引き続き三箇月以上第一条に掲げるもの以外の医業類似行為をしていた者であつて (中略) 届出をしていたものは、前条の規定にかかわらず、当該医業類似行為を業とすることができる。

あとは医業類似行為の中に優れた療術もあると思うので、一律に禁止するのはもったいない気もします。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
厚生省は医業類似行為を電気・光線・温熱・刺激・手技に分類しています。
昭和22年(1947年)に法律で禁止したものの、国立大学や国立病院などに禁止が妥当なのかを調査させました。その結果、昭和30年(1955年)に手技だけは認めることになります。これも既得権者だけで、あはき法で禁止される以前から届け出て手技療法を業としていた人に限ります。医業類似行為が禁止された後に、勝手に始めた人はダメです。
手技療法はなぜ認められたのでしょうか。
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芦野先生
芦野先生
この調査を委託された、東京医科大学の藤井尚久教授はカイロプラクティックに非常にご執心で、答申書にはほとんどカイロプラクティックのことしかかかれていないのですが、「カイロプラクティックやオステオパシーは、アメリカでは学理がしっかりしていて大学もあり、免許制度もある。こういうものを医業類似行為として葬り去るのはいけない。手技で行うのだから、あん摩マッサージと同質の治療と認められるべき」と報告しています。
カイロプラクティックやオステオパシーは良いものだから、医業類似行為として禁止するのではなく、むしろ免許行為として認めていく方向になったのですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
これによりあはき法で禁止される以前から手技療術をやっていた人は、厚生大臣の指定講習会と簡単な特例試験によって、「あん摩師」の免許をもらえるようになりました。
ここで「指圧」という総称が法律の中に入ってきています。だからカイロプラクティックもオステオパシーも整体術も、みんな「指圧」という名前で看板を掲げて業ができるようになったんですね。
ただし免許名は「あん摩師」だったので、9年後の昭和39年(1964年)に、病院でマッサージに従事する人達と今回加わった指圧の人達の要望から「あん摩マッサージ指圧師」となり、そのどれを名乗ってよいことになりました。
「指圧」って、浪越指圧のことだと思っていたのですが…。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
その誤解が非常に多くされています。法律でいう「指圧」とは、あん摩、マッサージ以外のいろんな手技療法の総称です。
私は厚生省採用後に日本指圧学校の夜間部に通って浪越徳治郎先生に直々に習った教え子ですが、昭和40年代、浪越先生がテレビのワイドショーで「指圧の心、母心」と唱えて有名になったものですから、「指圧といえば浪越だ、指で気持ち良く押すことだ」と勘違いされてきたわけです。

無免許が野放しになる理由

法的にすべての手技療法が「指圧」に含まれるなら、あん摩マッサージ指圧師以外が行う、カイロプラクティックやオステオパシーなどは、無免許の指圧業ということですよね。どうして取り締まらないのでしょうか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
実は昭和45年(1970年)になって、宮城県から厚生省に「カイロプラクティックは法律でいう指圧の中に含めたので、無免許でやっているのは無免許指圧業ということで取り締っていいですね」という照会がありました。
その回答が「カイロプラクティックは脊椎の矯正を行うが、あん摩マッサージ指圧は筋肉を緩めることで、あん摩マッサージ指圧には含まれない」という誤ったものになっているんです。ちなみに藤井尚久教授の答申では「指圧は脊椎の矯正を行う点であん摩マッサージと異なる」となっていました。
さきほどまでの話から、ちょっとこの厚生省の回答には納得いきません。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
これを回答した厚生省の職員は、あん摩とマッサージと指圧を同じものだと勘違いしてしまっているんです。医事課の事務官はあはき法の専門家ではありませんので、あん摩マッサージ以外の手技療法が指圧に含まれることを知らなかったんですね。
カイロプラクティックの人たちは、この厚生省の誤った回答を論拠に「カイロプラクティックはあん摩マッサージ指圧には含まれないので、免許行為ではない」と主張しています。
立場によって、さまざまな思惑があるんですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
カイロプラクティックでもう1つお話をすると、小泉純一郎元首相は国会議員80数名を擁するカイロプラクティックの議員連盟の会長を務めた方です。平成元年(1989年)に厚生大臣になって、医事課長にカイロプラクティックの免許制度を作るよう指示をしたものの、「視力障害者を中心に猛反対にあう」と、頑として拒まれたといわれています。
カイロプラクティックは、政治との結びつきが強いんですね。その後はどうなったんですか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
昭和39年(1964年)にあはき法第19条が設けられて以降、新たに晴眼の指圧学校を作ることができなくなっているのはご存知ですね。

あはき法第19条
当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マツサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マツサージ師の生計の維持が著しく困難とならないようにする必要があると認めるときは、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第2条第1項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第3項の承認をしないことができる。

視覚障害者の仕事を保護する目的で、晴眼者のあん摩マッサージ指圧師の学校の新設や、生徒数の増員を、実質的に認めない条文でしたね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
社会にカイロプラクティックのニーズはたくさんあるのに、この法律があるから指圧の免許者や学校が足りていない。しかも既存のあん摩マッサージ指圧師の学校では、ほとんどカイロプラクティックを教えてもいない。
あはき法19条は、彼らがカイロプラクターになる権利を侵害している可能性がある。かえって憲法第22条の職業の自由で訴えられてしまうかもしれないから、無免許のカイロプラクティックを取り締まらないように。これが小泉氏の言い分なんです。

日本国憲法第22条
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

19条は視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の生活を守るのが目的なのに、逆に競合する無免許指圧業を放置する根拠にされているんですね。しかし、これが小泉氏の言い分というのはどういうことですか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
実は小泉厚生大臣の「大臣指示」というのがあるんです。
みのもんたが司会したテレビ東京『ジカダンパン』というテレビ番組で、無免許マッサージ・カイロプラクティック問題をやるということで、厚生労働省から私と医事係長の二人が出演することになりました。
係長は直前に辞退してしまいましたが、そのとき私の上司が「大臣指示があるんだから、カイロが違法とか違反だとか、全国放映で絶対言ってはダメだぞ」と言うんですよ。
幹部にしか申し送りされていないので、私は大臣指示について知りませんでした。そこで「何ですか、その大臣指示とは?」とたずねたところ、小泉純一郎厚生大臣が指示したことだと聞かされました。
この「大臣指示」は、文書に残らないものだと思うのですが、とても貴重な証言を聞かせてもらいました。無免許の手技療法が摘発されない理由がなんとなく見えた気がします。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
現在おこなわれているあん摩マッサージ指圧師以外の手技療法は、正確にはあはき法第1条にかかわる無免許指圧業なんです。だけども、厚生省の不適切な回答や大臣指示、それに19条で晴眼の枠が制限されていることから、事実上、無免許指圧業が法的に野放しにされています。

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