鍼灸師よ、誇りを失うな【特別講義編】/鍼灸師:芦野 純夫

昭和62年の国会

これまで芦野先生は「あはきは医業の一部である」というお話をしてくださいました。しかし、厚生労働省のホームページに「あはき及び柔道整復は医業類似行為」とあるように、現在は「あはきは医業類似行為である」というのが通説だと思うのですが…。
これは一体どう理解したらいいですか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
あはき法は「あはきは医業の一部である」という考えで作られました。それが第1条冒頭の「医師以外の者で」です。これは『あん摩・はり・きゅう・柔道整復等 営業法の解説』を読めばあきらかです。
ところが、私の少し上か同世代くらいの人たちが、あはきを「医業の一部」から故意に「医業類似行為」にシフトさせてしまったんですね。
あるタイミングで、医業の一部から医業類似行為に変えられてしまったということですか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
公の場ではじめて「あはきが医業類似行為」と言われたのは、昭和62年(1987年)の国会です。当時、厚生省の医事課長だった阿部正俊氏が「あはきが法12条の医業類似行為」と答弁したんです。
阿部さんってたしか、国民のための鍼灸医療推進機構 AcuPOPJ(アキュポップジェイ)の委員長を務めた方ですよね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
はい。退官後は山形選出の参議院議員になりました。ちなみに財団が作られ、国家試験を民間委託にしてしまったのも、この阿部氏が関わっています。
それで話を戻しますが、平成2年(1990年)に医事課が『あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律・柔道整復師法 逐条解説』という本を出版しました。
新たなあはき法の解説書ですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
この『逐条解説』に、阿部氏の国会答弁を少しトーンダウンさせ「あはき柔整は広義では医業類似行為になる」という、おかしなことが書かれています。法律には広義も狭義もないんですよ、法律用語とはもっと厳密なものです。
たしかに。法律用語が曖昧では混乱を生んでしまいます。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
この流れで昭和35年(1960年)の最高裁判決が国会に出てきます。
法律上は免許者でなければ医業類似行為をやってはいけないということになっているが、最高裁の判決は、人の健康に害をおよぼすおそれのあるものは禁止し、それ以外のものは一律的に禁止するのが法律の趣旨ではないという判断が示されていると、阿部氏は答弁しています。
しかし、この害をおよぼすおそれがあるというのは治療行為全般のことで、健康法の類までは禁止しないという意味なんですね。これも『あん摩、はり、きゆう、柔道整復等 営業法の解説』に明記されています。
人の健康に害を及ぼすおそれのないものは禁止すべきでないというのは、一部の医業類似行為は容認されるような誤解をあたえますね。これによっても無免許の手技療法は、実質、取り締りをうけないことになっている。
どうしてあはき法は捻じ曲げられてしまったのか。昭和35年(1960年)の最高裁判決について、詳しく知りたいです。
ツルタ
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昭和35年の最高裁判決

芦野先生
芦野先生
昭和35年(1960年)の最高裁判決も大きく誤解されています。
憲法の職業選択の自由が認められ、被告は無罪になったという嘘が流布しています。
一連の裁判では、どのようなことが争われたのでしょうか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
この裁判の発端は、昭和26年(1951年)9月、常磐炭鉱の鉱夫だった後藤博氏がHS式高周波器を用いて炭鉱仲間などに電気治療を始めたところ、3日後に「医業類似行為」であるとして逮捕された事件です。
実際にあはき法12条で取り締まりがおこなわれたんですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
逮捕から2年後の昭和28年(1953年)、福島簡易裁判所は医業類似行為の違反として罰金1,000円、執行猶予付きの有罪判決を下しました。
しかし後藤氏は、看板を掲げたのはわずか4日、1回100円で3人に計4回治療しただけで、誰にも危害をあたえていないとして、この判決に納得せず仙台の高等裁判所に控訴したんです。
二審はどうなったんですか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
後藤氏は、この療法は無害有効であり、法が禁じる「医業類似行為」ではないと主張しました。これに対して昭和29年(1954年)6月に仙台高裁は、「医業類似行為とは、疾病の治療又は保健の目的でする行為であって、医師、歯科医師、あん摩師、はり師、きゅう師、又は柔道整復師等の、法令で正式にその資格を認められた者がその業務としてする行為でないもの」と述べて、ここでも有罪判決を下しています。
仙台高裁は、医業類似行為を明確に定義づけていますね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
この定義は昭和23年(1948年)当時の厚生省医務局が作った『あん摩・はり・きゅう・柔道整復等 営業法の解説』から採られたものです。
法解釈は行政ではなく司法の判断が優先されます。平成8年(1996年)に厚生省医事課は、日本理療科教員連盟の質問に対して、「(この判決が)医業類似行為が公に定義された唯一のものと認識している」と回答しているんですよ。
やはり正しくは、あはきは医業類似行為ではないんですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
それで、控訴審にも承服しなかった後藤氏は、戦後に違法行為とされた医業類似行為者たちの支援を受けて、「自分のやった療法が医業類似行為で違法というなら、危害を与えた事実もない治療を禁じる法12条は、国民の職業選択の自由を保障した憲法22条に違反する無効の条文である」と最高裁に上告しました。つまり最高裁裁判は憲法判断を問うものだったのです。
憲法判断ってかなりの大ごとですよね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
そうです。マスコミと世間の注目を大いに浴びました。
最高裁判決を要約すると「あはき法12条が免許外の治療行為である医業類似行為を禁止しているのは、人の健康に害を及ぼすおそれ(可能性)があるからである、従って医業類似行為を業とすることは公共の福祉に反する」、「あはき法12条14条の禁止処罰は、公共の福祉に必要であって憲法22条に反するものではない」ということで、最高裁でも後藤氏の訴えは退けられました。
後藤氏は三審すべて敗訴したんですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
最高裁は憲法判断を行っただけなので、高等裁判所に戻して、改めて後藤氏のおこなった治療について判断しなさいというものでした。それなのに「差し戻しになったのは、高等裁判所で無罪になるからだ」とか、「被害のおそれがあるから法律で禁止している。それならば、おそれが全くない、有効だが危険性ゼロの治療法ならやっていい」などと言って、医業類似行為を支援していた人たちは裁判で勝ったと大騒ぎしたんです。
判決の趣旨とは真逆ではないですか。
ツルタ
ツルタ
芦野先生
芦野先生
それをマスコミも正しいと勘違いしてしまったんです。
昭和35年(1960年)1月27日、毎日新聞夕刊に「有害な場合だけ制限-あんま、はりなどの医業類似行為-最高裁、処罰の判決差戻し」という見出しが載りました。同日の朝日新聞夕刊は「高周波療法 無害なら罪にならぬ」です。
新聞社がそんな間違いをするとは信じられません。しかもあん摩、はりを医業類似行為と報じているなんて…。あはきや医業類似行為の取り扱いについて誤解を生んでしまいそうですね。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
判決はあん摩と鍼のことを、まったく言及していないんですよ。それで厚生省はあわてて最高裁に照会し「免許制のものは医業類似行為にならない」という回答を得たので、判決の2カ月後に医務局長通知を出しています。

厚生省医務局長通知 昭和35年3月30日 医発247の1より抜粋
1.この判決は、医業類似行為業、すなわち、手技、温熱、電気、光線、刺激等の療術行為について判示したものであって、あん摩、はり、きゅう及び柔道整復の業に関しては判断していないものであるから、あん摩、はり、きゅう及び柔道整復を無免許で業として行えば、その事実をもってあん摩師等法第1条及び第14条第1号の規定により処罰の対象となるものであると解されること。
従って、無免許のあん摩師等の取締りの方針は、従来どおりであること。
なお、無届の医業類似行為業者の行う施術には、医師法違反にわたるおそれのあるものもあるので注意すること。
2.判決は、前項の医業類似行為業について、禁止処罰の対象となるのは、人の健康に害を及ぼす恐れのある業務に限局されると判示し、実際に禁止処罰を行うには、単に業として人に施術を行ったという事実を認定するだけでなく、その施術が人の健康に害を及ぼす恐れがあることの認定が必要であるとしていること。
なお、当該医業類似行為の施術が医学的観点から少しでも人体に危害を及ぼす恐れがあれば、人の健康に害を及ぼす恐れがあるものとして禁止処罰の対象になるものと解されること。

あはき柔整は医業類似行為に含まれない、無免許のあはき柔整は取り締まると読めますね。
2に、「医業類似行為業について、禁止処罰の対象となるのは、人の健康に害を及ぼすおそれのある業務に限局される」とありますが、これはどう理解したらよいでしょうか。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
最高裁から仙台高裁に戻された裁判でも、後藤氏は改めて有罪になっています。それは東大の大島良雄教授らがHS式高周波器の鑑定をして「これには作用がある」と証言したからです。作用があるからには医学教育を受けていない素人がみだりに治療に使うと危害を与えるおそれがあるということです。
作用があるからには害を及ぼす可能性はある。
ツルタ
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芦野先生
芦野先生
注意しなくてはいけないのは、判決文は「有害でなければどうぞおやりください」とは全く言ってないんですよ。そして効果のある治療で有害性が全くゼロなんてことはありえません。
そうすると昭和62年(1987年)の国会のように、この最高裁判決を一律に医業類似行為を取り締まらない根拠とするのは、かなり強引な主張といえそうですね。
ツルタ
ツルタ
芦野先生
芦野先生
先に述べたとおり、治療行為というのはすべからく有害のおそれがあるので、無免許者の、免許外の、国が公認していない治療はおこなえないということです。

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