薬剤の使用過多による頭痛(MOH)に対する鍼灸治療の役割/鍼灸師:菊池友和

鍼治療は効果が期待される

菊池先生
菊池先生
MOHには、大きく2種類のタイプがあります。
まずは、もともとの頭痛が何らかの要因により頻度が増えてしまい、適切に鎮痛薬を服用しているのにもかかわらず、月に15日を超える頭痛が3カ月以上続き、結果として鎮痛薬を飲み過ぎてしまい発症するタイプです。
鎮痛薬を適切に使ってはいるけど、頭痛の頻度が高いから、使用過多になってしまう場合ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
もう1つは、過去の頭痛によって日常生活に支障をきたした経験から、急性期治療薬を予防薬として不安なときに服用してしまうことで使用過多になり発症するタイプです。
予防目的など、適切な用法以外でも鎮痛薬を飲んでしまうことで、使用過多になる場合ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
実際の鍼灸臨床では、どちらのタイプか初診時に大別する必要があります。特に後者の場合、患者さんに正しい知識を身につけてもらうことが治療につながるからです。単純なMOHの場合、適切な助言のみでも改善が見込まれます⁶⁾。
そもそも、鎮痛薬の正しい使い方の知識が広がれば、MOHになる人自体を減らせる気がするのですが。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
そうですよね。まさにMOHは予防可能であると考えられています⁷⁾。しかし複数の報告から、患者さんは正しい情報を受け取っても、メッセージを覚えていない、完全に理解することができないなど、急性期治療薬の使用過多による頭痛の慢性化についての知識がほとんどないことが報告されています。
患者さんに急性期治療薬の過剰使用と頭痛の進行との関係について、いかに理解してもらうかが重要なんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
だから鍼灸臨床でも、MOHの既往歴のある一次性頭痛の患者さんや、MOHと診断され急性期治療薬を中止または漸減している患者さんとかかわるケースは、正しい情報を施術中に繰り返し説明することも大切になります。問診や頭痛ダイアリーから服薬状況を確認することもできますね。
鍼灸施術はある程度時間も長いですし、ナラティブなかかわりが得意な鍼灸師だからこそ役に立てることがあるかもしれませんね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
その通りです。MOHと診断された患者さんは急性期治療薬を服薬することに罪悪感がある方も少なくありません。こうした患者さんに、決して急性期治療薬は医師の指示通り服薬すれば悪いものではないということを伝えるのも大事です。
鍼灸治療を継続するケースでは、定期的に声かけができるのもよさそうですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
そうなんです。実はいったん断薬に成功しても、また薬剤を使い過ぎてしまい、再発が多いのも問題となっています。MOHは1年以内に約3割が再発するといわれるので、離脱後は鍼灸師としての適切なアドバイスをするとともに、もともとの頭痛の発作予防に鍼灸治療を続けることが大切です。
ところで『頭痛の診療ガイドライン2021』には、どのようにMOHの治療法は記載されているのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
治療の原則は、1に「原因薬物の中止」、2に「薬物中止後に起こる頭痛への対処」、3に「予防薬投与」であるとされています。それから慢性片頭痛で薬剤使用過多の患者ではCGRP抗体関連製剤の有効性が報告されていること、離脱方法は外来で原因薬剤の中止が勧められること、単純なMOHでは適切な助言のみでも改善が見込まれるが重症な例では入院を要する場合もあることが書かれています。
鍼灸治療についてはいかがですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
慢性片頭痛の患者さんに対して、鍼治療群は片頭痛予防薬のトピラマート群と比較して、ほぼ同等の頭痛日数の減少が報告されているので⁸⁾、鍼治療は効果が期待されると記載されています。
片頭痛の予防に鍼治療は有効というのが、大事なポイントなんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
それから副作用についてですが、トピラマート群が66 %だったのに対し、鍼治療群はわずか6%と少数で、安全性の高さも示されています⁸⁾。

MOHの病態

なぜ薬剤の使用過多で、このように頭痛が悪化するのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
病態はまだ不明なことも多いのですが、薬物に対する依存傾向、頭痛恐怖、繰り返す侵害刺激によって、中枢性感作や痛み調節機能の障害、セロトニン受容体の活性低下、中脳水道中心灰白質(PAG)の機能的・器質的障害などが考えられています。
なんとなく鍼灸の作用機序とも関連してきそうなお話ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
MOHは脳の一部領域で可逆的である可能性があって、治療後に正常化する場合があることが注目されています。脳内のいくつかの疼痛処理領域の代謝低下が、離脱後に正常な代謝に回復することが報告されているんです。
いったんは薬剤の使用過多で、脳が痛みを感じやすくなってしまったけど、治療によってその状態が再び正常化していくということですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
興味深いことに、長期的研究で離脱後に臨床的改善がみられた患者さんでは、以前に増加していた中脳水道中心灰白質が大幅に減少したが、改善のなかった患者さんでは減少がみられないという報告があります。
中脳水道中心灰白質といえば下行性疼痛抑制系と関連する領域ですよね。鍼治療でアプローチできたらおもしろいのですが……。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
それから腹内側前頭前野の機能不全も可逆的であり、頭痛に起因する可能性があります。一方で、中脳のドーパミン作動性領域(黒質/腹側被蓋野)で観察される機能不全はおそらく長期間持続し、薬物の過剰使用に関連していることも発見されています。
回復が難しい部分もあるんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
特に薬物依存と依存症に関連する眼窩前頭皮質は、鎮痛薬を中止したにもかかわらず持続的な代謝低下がみられました⁹⁾。眼窩前頭皮質の灰白質体積の減少は頭痛日数と相関するので、治療に対する反応不良の予測能力が示されています。
MOHの頭痛が長期にわたることで、眼窩前頭皮質の機能低下が起きると、その領域は不可逆的で回復が難しいので、治療の反応がよくないことが予測されるんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
鍼灸治療がどこまで介入できるか不明なので、少し踏み込みすぎたかもしれません。それでも中脳水道中心灰白質や腹内側前頭前野の機能回復、それから黒質や腹側被蓋野に作用することを期待して鍼灸治療をおこなうのはどうかと考えています。

MOH治療で鍼灸師に求められること

鍼灸師はMOH治療にどう向き合えばいいと考えますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
原則として、鍼灸院は医療機関との連携が重要になります。原因となる薬剤の中止に関して、鍼灸師は業務の範囲外ですので、じゅうぶん注意が必要です。専門医の管理のもとで、薬剤の中止の仕方など治療方針が決定されます。
そして原因となる薬剤の中止後に起こる頭痛の対処として、まずは漢方薬などが考慮されますが、そこでも非薬物療法として鍼治療も効果が期待されます。
やはり離脱時は頭痛が起きやすいのですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
離脱後は、鍼治療による予防効果が期待できます。ただし、本邦での第一選択は薬物療法が基本なので、チーム医療の一員として連携して鍼灸治療をおこなうのが理想的です。
鍼灸師もチーム医療の一員として求められていますか?
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
『頭痛の診療ガイドライン2021』においても、難治性頭痛患者には頭痛専門医を中心とした、鍼灸師など多種のコメディカルを含むチーム医療をおこなうことが推奨されています。今後は特に、頭痛診療に精通した鍼灸師の育成が期待されているんですよ。
頭痛に対する共通言語と共通理解が必要になりますね。
今後MOHに対して鍼灸治療がより推奨されるためには、どのような努力が必要だと考えられますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
やはりエビデンスの構築が必要不可欠です。次回のガイドライン改訂でMOHに対する鍼灸治療が推奨されるためには、片頭痛や緊張型頭痛に対してさらに治療効果や予防効果を示すこと、またMOHが疑われる患者さんをすみやかに医療機関に紹介するなど、鍼灸師もチーム医療の中で役割を果たしていくことで、ガイドラインに反映されていく可能性があります。
知識をアップデートしつつ、頭痛の患者さんに向き合っていきたいです。
ゆうすけ
ゆうすけ
菊池先生
菊池先生
頭痛が日常生活などに与える影響は大きいですからね。改善していくと患者さんって笑顔が増えるんです。これからさらに頭痛に対する鍼灸や鍼灸師の役割が発展するように願っています。

参考文献

1)菊池友和,山口 智,荒木信夫:慢性頭痛の診療ガイドライン2013に基づいた鍼治療の実際と医療連携.日本頭痛学会誌2021;47(3):329-483.
2) 菊池友和,山口 智,荒木信夫:片頭痛に対する鍼治療の臨床的効果とその作用機序.脳神経内科2020;92(4):465-470.
3) Russell MB:Epidemiology and management of medication-overuse headache in the general population.Neurol Sci 2019;40(Suppl 1):23-26.
4) Westergaard ML,Hansen EH,Glümer C,et al:Definitions of medication-overuse headache in population-based studies and their implications on prevalence estimates:a systematic review.Cephalalgia 2014;34(6):409-425.
5) Katsuki M,et al:School-based online survey on chronic headache,migraine,and medication-overuse headache prevalence among children and adolescents in Japanese one city – Itoigawa Benizuwaigani study.Clin Neurol Neurosurg.2023 Mar;226:107610.
6) Rossi P,Di Lorenzo C,Faroni J,et al:Advice alone vs.structured detoxification programmes for medication overuse headache:a prospective,randomized,open-label trial in transformed migraine patients with low medical needs.Cephalalgia.2006 Sep;26(9):1097–105.
7) Rapoport AM:Medication overuse headache:awareness,detection and treatment.CNS Drugs 2008;22(12):995-1004.
8) Yang CP,Chang MH,Liu PE,et al:Acupuncture versus topiramate in chronic migraine prophylaxis:a randomized clinical trial.Cephalalgia.2011 Nov;31(15)1510-1521.
9) Fumal A,Laureys S,Di Clemente L,et al:Orbitofrontal cortex involvement in chronic analgesic-overuse headache evolving from episodic migraine.Brain.2006 Feb;129(Pt2):543-50.

文 = 菊池友和
撮影 = シンタロー
編集 = ツルタ
(2023.10.26公開)
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