うつ病の鍼灸治療と臨床研究のススメ 中編/鍼灸師・博士(鍼灸学):松浦悠人

Comparison(比較)

松浦先生
松浦先生
続いては「比較」についてです。
「三た論法」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
聞いたことはあるんですけど、じつはあまりよくわかっていないです。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
例えば、てるてる坊主を使って雨が止んだ、というシチュエーションがあったとします。
これはてるてる坊主の効果でしょうか。
なにもしなくても雨は止んでいたはずなので、てるてる坊主の効果とは言えないですよね…。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
それでも「てるてる坊主を使った→雨がやんだ→効果があった」と結論付けてしまうのが「三た論法」です。
その理屈はちょっと強引じゃないですか。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
これ、鍼灸治療でも同様なんですよ。
「鍼をした→治った→効いた」では、鍼の有効性を明らかにすることはできないんです。
えっ、どうしよう。
鍼灸のことだと、「三た論法」しちゃっているかもしれません。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
鍼灸治療での「三た論法」は、鍼灸治療で治ったことを否定するものではありません。
しかし、鍼灸治療をして治った人がいるからといって、けっして鍼灸治療の効果が証明されたことにはならないので注意が必要です。
では、鍼灸の効果を証明するにはどうしたらいいですか。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
そのためにも、「比較すること」が臨床研究の本質といわれるほど重要になります。
たしか、鍼灸治療を受けた人と、鍼灸治療を受けなかった人を比較したりしますよね。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
比較対照は、標準治療、プラセボ治療、他の治療法、無治療など研究の目的によって異なります。
いずれにせよバイアスの影響を限りなく除き比較の質を高めることが最大の目標になります。
比較の質を高める…。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
理論上ですが、比較する群間の背景因子を均一に分けることができるので、比較の質を歪める要因を除外できるRCTが最強のデザインといわれています。

前から思ってたんですけど、実際の臨床で「治療しない群」を作るのは無理ですよね。比較しようがないのに、症例を集めることに意味ってあるんでしょうか
タキザワ
タキザワ

松浦先生
松浦先生
例えば、うつ病患者には鍼が効く人と効かない人がいます。
そこにどんな要因が関係しているのかを探るために、カルテを遡って効く人と効かない人を比較するような研究もあります。
臨床の中で蓄積されたカルテこそ研究の宝庫なんですよ。
研究のやり方はいろいろある…。
タキザワ
タキザワ

代表的な研究デザインの「型」
・症例報告:1症例からの臨床や研究のヒント
・症例集積:集団からの臨床や研究のヒント
・横断的観察研究:AとBの関係性
・縦断的観察研究:要因と結果の因果関係
・RCT:治療Aと治療Bの効果の差

松浦先生
松浦先生
私が行った研究の場合、「鍼治療を行った期間(A)」と「行っていない期間(B)」を比較しました。難しい用語ですが、「過去起点型コホート」という研究です³⁾。

これ、鍼治療を上乗せした効果の検証ってことですよね。結果はどうだったんですか。
タキザワ
タキザワ
松浦先生
松浦先生
実臨床での手応えはつかんでいて、比較試験につながる結果を得られました。
今後の研究に期待していてください。

Outcome(アウトカム)

松浦先生
松浦先生
「アウトカム」は、結果や成果といった意味合いで、評価するためには「測定」が不可欠です。
研究では、評価したい概念に合った尺度や指標を用いて測定することは必須ですが、臨床においても患者の病態把握や治療の効果判定のためにとても重要です。
治療法に目が行きがちですが、測定の方法こそ、きちんと学ぶ必要がありそうですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
測定さえしておけばカルテ情報から後向きに臨床研究を行うこともできます。
そのため、測定することは比較することと同じくらい臨床研究の本質に近いです。
うつ病だと、どのような測定をするんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
うつ病患者の症状の程度を測る尺度は複数あります。
うつ病の重症度評価は、面接法と自己記入式に大きくわけられて、鍼灸師ができるのは自己記入式の評価尺度です。
面接法は鍼灸師にはできないんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
ここで注意しておかなければいけないのは、医師にしかできない評価方法もあるということです。
うつ病の重症度評価のゴールド・スタンダードといわれるHamiltonうつ病評価尺度(HAMD)は面接法による評価で、使用できるのはトレーニングを受けた精神科医のみです。
松浦先生はどのように評価をしているんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
私が研究で使用したものは「ひもろぎ自己記入式うつ尺度(HSDS)」というもので、共同研究施設のクリニックで使用しているものです。
この尺度の優れている点は、自己記入式であるにも関わらず、HAMDの点数と同程度になるよう設計されているところなんですよ。
それはすごいですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
この尺度の信頼性・妥当性は海外の学術雑誌で報告されています。
非常に使いやすいので、みなさんもぜひ取り入れてみてください。

まとめ
・対象はどんな患者さんが研究に参加したか、ということ。参加基準を作る際は、どんな患者さんに研究成果を適用したいかを考える。
・臨床研究では介入の再現性が求められるため、施術内容の言語化が必要である。そのサポートツールとしてSTRICTAが用いられている。
・比較と測定は臨床研究の本質といわれるほど重要である。測定して記録さえ残していれば、カルテを遡って比較対照をつくることもできる。
・比較のない研究も臨床や研究のヒントを得るために大切な研究。大事なのは、研究デザインの「型」に応じた結論を述べること。
・三た論法で鍼灸治療の有効性は証明できないので要注意。

【参考文献】
1) 松浦悠人, 他. うつ病に対する鍼灸治療のランダム化比較試験に関する文献レビュー. 現代鍼灸学. 2017;17:39-47.
2) MacPherson H, et al. Revised STandards for Reporting Interventions in Clinical Trials of Acupuncture (STRICTA): extending the CONSORT statement. Acupunct Med. 2010;28(2):83–93.
3) 松浦悠人 他. うつ病と双極性障害うつ状態に対する標準治療による助走期間を考慮した鍼治療3ヶ月間の上乗せ(add-on)効果と持続効果:過去起点型コホート. 全日本鍼灸学会雑誌. 2019;69(2):102-112.

取材協力:東京有明医療大学

文=松浦悠人
編集・撮影 = ツルタ
(2021.8.5公開)

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