3週連続公開
「うつ病の鍼灸治療と臨床研究のススメ」の最終回です。
前編では、うつ病の基本的な知識と鍼灸治療の可能性を、
中編では、具体的なうつ病の鍼灸治療とその臨床研究について、PICO形式で明確化して理解を深めました。
この後編では、臨床研究で得られるエビデンスの意義から、社会における鍼灸師の役割について考えていきます。
執筆は東京有明医療大学の松浦悠人(まつうら ゆうと)先生です。
いただいた原稿を、ハリトヒト。編集部が対談形式に再構成しています。
>>> 「うつ病の鍼灸治療と臨床研究のススメ 前編」はこちら。
>>> 「うつ病の鍼灸治療と臨床研究のススメ 中編」はこちら。
松浦 悠人(まつうら ゆうと)先生
臨床研究で得られる“エビデンス”
松浦先生
臨床研究を行っていくには、研究に参加する患者さんの協力が必要です。
この「患者さんが参加する」ということには、「利他主義」と「公共財」という大切な考えがあります。
この「患者さんが参加する」ということには、「利他主義」と「公共財」という大切な考えがあります。
うーん、どういうことでしょうか。
ゆうすけ
松浦先生
例えば、「うつ病に対する鍼灸治療の効果を証明したい」と考えたとき、研究計画を作成して患者さんを募集します。
この参加者は日本のうつ病患者(母集団)から抽出された一部に過ぎず、この一部の参加者から得られた結果を母集団に還元しなければなりません。
この参加者は日本のうつ病患者(母集団)から抽出された一部に過ぎず、この一部の参加者から得られた結果を母集団に還元しなければなりません。
成果を還元するところまで考えて計画するのが臨床研究でしたね。
ゆうすけ
松浦先生
臨床研究に参加してくれる患者さんの真の目的は、「自分が鍼灸治療を受けられるから」ではなく、「背景にいる日本のうつ病患者さんのために研究成果を提供したい」となるのです。
なるほど。
自分のためではなく、うつ病患者みんなのために行われている…。
自分のためではなく、うつ病患者みんなのために行われている…。
ゆうすけ
松浦先生
つまり、利己主義ではなく利他主義であるといえます。
そして、利他的な行為によって得られたものは公共財です。
臨床試験の参加者は公衆を構成する一員ですので、そこで得られたエビデンスは参加者が構成員である公衆に還元されるべき、というわけです。
そして、利他的な行為によって得られたものは公共財です。
臨床試験の参加者は公衆を構成する一員ですので、そこで得られたエビデンスは参加者が構成員である公衆に還元されるべき、というわけです。
臨床研究は利他主義で成り立ち、そのエビデンスは公共財といえる。
ゆうすけ
松浦先生
このように研究から得られたエビデンスを臨床に還元することは、倫理的な行為でもあるんです。
いかに使いやすいような形で臨床家の先生方に情報を提供できるかが、ぼく達研究者の使命であり今後の課題であると考えています。
いかに使いやすいような形で臨床家の先生方に情報を提供できるかが、ぼく達研究者の使命であり今後の課題であると考えています。
得られたエビデンスを、どう受け取り、どう活かしていくのか。
これは臨床家の課題でもありますよね。
これは臨床家の課題でもありますよね。
ゆうすけ
松浦先生
ここでエビデンスの使い方について例をあげます。
「どのタイミングで鍼灸治療の効果判定をしたらいいのか?」というのは、鍼灸師と患者双方の悩みかと思います。
「どのタイミングで鍼灸治療の効果判定をしたらいいのか?」というのは、鍼灸師と患者双方の悩みかと思います。
予後はわからないので、どうしても「まずは3回やってみましょう」とか、根拠のないことを言いがちです。
患者さんからしても、先の見えない状態で治療を続けるのは不安でしょうね。
患者さんからしても、先の見えない状態で治療を続けるのは不安でしょうね。
ゆうすけ
松浦先生
ぼくの研究では、うつ病と双極性障害うつ状態の患者さんに3カ月間鍼灸治療を行い(A期間)、統計学的な解析をすると2カ月目から症状が減少することが分かりました¹⁾。
松浦先生
この結果から、「治療開始後2カ月で症状が減少するという研究があるので、まずは2カ月続けてみましょう」と、エビデンスに基づいて患者さんに説明することができます。
これってすごいことですよね。鍼灸治療を始める段階で、2カ月が目安ということを説明できる。
初期にあまり効果がなくても、お互い焦らずに済むし、続けて効果がみられなかったとしても、お互い納得して治療を中止できそうです。
初期にあまり効果がなくても、お互い焦らずに済むし、続けて効果がみられなかったとしても、お互い納得して治療を中止できそうです。
ゆうすけ
松浦先生
まだ発展途上のデータですので、2カ月がすべて正しいわけではありませんが、既存のエビデンスからいえるひとつの基準として活用できます。
このように臨床上の悩みや疑問の解決にエビデンスが役立てばうれしい限りです。
このように臨床上の悩みや疑問の解決にエビデンスが役立てばうれしい限りです。
一緒に臨床研究がしたい
松浦先生
臨床研究は事前の計画さえしっかりできれば一般的な鍼灸院でも十分に実施可能です。
準備次第ですね。今回の「学び」でかなりハードルが下がったと思います。
ゆうすけ
松浦先生
先に述べた通り、臨床研究の種は臨床上の疑問や手応えです。
臨床家の先生方の感覚や技術があってこそ意義のある研究につながります。
臨床家の先生方の感覚や技術があってこそ意義のある研究につながります。
研究者に多くの種を渡すのも、優れた臨床家の資質かもしれませんね。
ゆうすけ
松浦先生
臨床は研究の宝庫、カルテは宝の山です。
日本鍼灸の最前線である開業鍼灸師のリアルワールドなデータを科学的研究手法により「見える化」していくことが大きな目標です。
そのためにも、開業鍼灸院で使える簡単便利な測定・評価システムを作ろうと準備を進めています。
日本鍼灸の最前線である開業鍼灸師のリアルワールドなデータを科学的研究手法により「見える化」していくことが大きな目標です。
そのためにも、開業鍼灸院で使える簡単便利な測定・評価システムを作ろうと準備を進めています。
臨床家はしっかり臨床に励む。
その上で、研究者と理想的な連携をしていけたらいいですね。
その上で、研究者と理想的な連携をしていけたらいいですね。
ゆうすけ
松浦先生
今回の記事が臨床と研究をつなぐひとつのきっかけになれば幸いです。
引用
1) 松浦悠人 他. うつ病と双極性障害うつ状態に対する標準治療による助走期間を考慮した鍼治療3ヶ月間の上乗せ(add-on)効果と持続効果:過去起点型コホート. 全日本鍼灸学会雑誌. 2019;69(2):102-112.
取材協力:東京有明医療大学
文=松浦悠人
編集・撮影 = ツルタ
(2021.8.19公開)
前編はこちら
中編はこちら
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