「不眠症」と「うつ病に伴う不眠症」に対する鍼治療の考察/鍼灸師・博士(鍼灸学):松浦 悠人

足三里への低強度鍼通電療法

松浦先生
松浦先生
じつは最近の論文で、足三里は解剖学的にすごく特殊な場所だという報告がされています※4
足三里には特に筋の深層部や骨膜のところに神経線維が密に発現しているという、世界で初めてツボの解剖学的な特徴を明らかにした研究があるんですよ。
衝撃的な発見ですね!
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
今までツボって機能的なものといわれていたんですけど、特殊な研究手法によって目に見える実体的なものにすることができたんです。その足三里の筋・骨膜に達するぐらいの深さに迷走神経を駆動させる神経線維が多くあることがわかったので、そこに低強度の鍼通電をしていきます。
低強度の通電とは、具体的にどのくらいの強さですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
マウスを使った研究上ですけど、そこでは低強度を0.5mAとしています。この程度の通電であれば、患者さんは刺激の感覚もないかもしれないし、筋の収縮もないかもしれません。
刺激感覚や筋収縮はなくてもよい?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
はい。神経の働きを高めたいとか、抗炎症を期待したい場合には、患者さんの刺激感覚とか筋収縮は必要ないと考えています。このぐらいの低強度の鍼通電でもじゅうぶん神経を活動させることができるんですね。
ところで0.5mAの出力ができる機器って限られますよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
今回使うのはピコリナになります。ピコリナのよいところは定電流なんですね。流したい電流量がデジタルで表示されるので、電流量の可視化もできるんです。それから電池の残容量に左右されない点も優れていると思います。
ピコリナの詳細な設定を教えてください。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
論文の検証はマウスですが、10Hzのコンスタントで0.5mAを15分です。これはヒトに応用できるものだと考えています。
足三里は刺鍼するとして、もう1本はどこに刺しますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
あくまで僕の場合ですが、太衝が多いです。そのほかに陽陵泉とか豊隆を使ったりもします。
ところで、足三里だけが特別なツボなのでしょうか?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
紹介した論文だと足三里のほかに手三里も同様の神経線維の分布が報告されています。もしかしたら例えば合谷とか三陰交など、臨床的によく使われている経穴には、なにか解剖学的な特徴が見つかるかもしれません。今後の研究に期待ですね。

うつ病を伴わない不眠症の鍼治療

松浦先生
松浦先生
うつ病を伴わない不眠症の場合は、免疫の調節を主な目的としていきます。背部兪穴が免疫の調整によいという2023年に出された論文があります※6
背部兪穴は免疫の調整によい。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
基礎研究のデータですけど、通常のマウスと不眠モデルのマウスを比較すると、不眠モデルのマウスの方は炎症サイトカインが減少しています。そこに鍼をすると通常のマウスと同じぐらいになったと報告されています。
不眠のマウスは炎症サイトカインが減少するけど、鍼をすると正常化する。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
この検証で使われた経穴は肺兪、心兪、肝兪、胃兪、腎兪で、つまり背部兪穴です。通電しない置鍼の刺激になっています。
背部兪穴には、どのくらいの深度で置鍼したらよいでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
あくまでも腰のところで、起立筋全体というわけではないですけど、感覚神経の分布割合は皮下組織と筋膜外層に多いという報告があります※7。つまり筋中に達しないぐらいの浅い鍼でも鍼刺激を入力するにはじゅうぶんと考えられます。
筋膜は貫かない…?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
そうですね、筋膜のところに圧力をかけるみたいな繊細な刺激になります。こういった鍼治療を睡眠障害の患者さんにすると、睡眠中の迷走神経の反応性を改善して、副交感神経活動を増加させることが示唆されているんですよ※8

三叉神経領域への高頻度鍼通電療法

松浦先生
松浦先生
筋膜、自律神経ときたので、あとは脳ですね。脳機能を目標とした鍼治療のポイントになるのは、やはり三叉神経になります。僕は頭皮鍼通電することが多いです。
帝京平成大学の脇先生のインタビューでも、頭皮や顔面の三叉神経領域に高頻度鍼通電をおこなうと前頭前野の脳血流量が増加するという話は取り上げました。頭皮通電のコツがあれば教えてください。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
三叉神経領域の通電の場合は、刺激強度を上げれば上げていくほど、脳血流も増加していくといわれています※9。つまり刺激強度に依存して脳血流が上がっていくんですね。
なるべく高強度でおこなう。とはいえ限度はありますよね?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
そうですね。脳血流を増やすという視点では通電する際に、患者さんの感覚を聞きながら痛みを感じないところまで、できるだけボリュームを上げていった方がよいといえます。
鍼の番手で注意はありますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
通電をするので、3番鍼以上を使っていきます。僕の場合は、寸3の3番ですね。
三叉神経領域って広いですけど、経穴だとどこを使うことが多いですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
今回は刺鍼のポイントとして百会と神庭を紹介します。論文上では百会と印堂にやることが多いんですけど、眉間の刺激って抵抗感を覚えるというか、嫌な感覚がでやすいところでもあるので、最初の段階では百会と神庭ぐらいがいいかなと思います。
百会と神庭は、教科書通りの取穴ですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
頭皮に限らずですが、なにか反応があるところにやるといいと思います。
反応って具体的には?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
その周辺を触診して、例えばむくんでいるところとか、ちょっと凹みがあるところとか、患者さんの圧痛があるところとかですね。督脈上ではなく、ちょっと左右にずれるのは全く問題ないと思っています。何かしら反応があるところにやるのが、すごく大切かなと思います。
刺入のやり方はどうでしょう。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
基本的に横刺になります。頭蓋骨に沿わせて帽状腱膜をターゲットにするイメージです。ある程度の長さは刺入した方が通電の刺激感がマイルドになるので、骨にあたらないようにしっかりと刺入します。
松浦先生がよく使う頭皮通電の設定はありますか?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
ピコリナの場合、僕がよく使うのは、モジュレーションっていうモードで100Hzです。10分から15分くらいやるケースが多いです。モジュレーションは、山なりの波形になります。筋肉に通電する場合は低頻度の通電でコンスタント的な収縮がいいんですけど、靱帯とか腱の場合には、高頻度の通電が刺激感覚的に適していると思うので、頭皮もなるべく高頻度の通電をしていきます。
ところで、高頻度と低頻度って数値として決まりはあるのですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
一応僕のグループでは30Hz以上を高頻度としています。30Hzから100Hzで、どれが正解ということではなく、患者さんにとって心地よい周波数があるのでいろいろ試しながらやってみるといいかなと思います。
頭皮通電の第1選択がこの百会—神庭の通電なのかなと思うのですが、このやり方で臨床的な改善がみられない場合、なにか工夫できることはありますか?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
例えば、もう1カ所通電する部位を増やすことがあります。よくやるのが、左右の承霊をつなぐやり方です。これもさっきと同じで、ツボの場所にこだわるわけじゃなくて、触診をした時の感覚ですね。
百会—神庭に、承霊—承霊を追加して鍼通電する。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
あとは、慢性的な症状の経過がある方に関しては、刺激に慣れさせないことも大事になってきます。そういう場合は、普段モジュレーションで通電しているなら、例えばスイープモードに変更したりします。スイープモードは上限と下限を決められるのですが、僕は20Hzから100Hzが好きです。高頻度と低頻度をミックスさせるみたいな感覚で、ずっと刺激が加わる感じなので、やはりモジュレーションの刺激とは感覚が違いますね。刺激の量も若干上がってくると思います。
慢性的な経過の場合、ピコリナの設定に正解があるというより、患者さんが刺激に慣れないように工夫していく。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
頭皮通電は慢性疼痛などにも使われたりするんですけど、慢性的な症状を訴えている方は、同一の刺激に慣れてきてしまうことがあるので、定期的に刺激の与え方を変えていくのが1つポイントになると考えていて、それは睡眠障害でも同様だと思います。

不眠への鍼灸治療まとめ

松浦先生
松浦先生
不眠が主訴の患者さんであっても、まずほかの身体・精神疾患を鑑別して睡眠衛生状況や睡眠習慣を確認していきます。あとは心理的・社会的要因がないことを確認した上で、うつ病をスクリーニングします。
通常の鍼灸臨床でやるべきことをやってから、この「不眠症」と「うつ病に伴う不眠症」に対する鍼治療の考察を活かしていく。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
不眠症とうつ病に伴う不眠症に対する鍼灸治療で共通している点は多くあります。例えば百会や内関など、いわゆる睡眠障害の鍼灸治療は共通治療になります。プラス肩こりがあれば肩こりの鍼灸治療を、腰痛があれば腰痛の鍼灸治療をするのが個別治療です。
そこから、うつ病を伴わない不眠症の患者さんには、背部兪穴の置鍼を積極的に選択していきますが、これはうつ病を伴う不眠の患者さんも同様です。
共通することは多いのですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
どちらも第1選択は共通治療と個別治療で、第2選択は背部兪穴。そしてようやく第3選択から変わってくると思います。
うつ病を伴う不眠症の場合、第3選択が足三里ですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
そうですね。足三里への低強度鍼通電療法が選択肢になってくると思います。そしてうつ病を伴わない場合は頭皮の鍼通電療法です。さらにうつ病を伴う不眠の場合は第4選択として頭皮鍼通電療法をおこなっていきます。便宜上、第1から第4選択としたんですけど、いろいろミックスさせたり、順番を前後させるのは、目の前の患者さんの状況に応じて変えていくことが重要です。
大切なのは、目の前の患者さん。
ゆうすけ
ゆうすけ
松浦先生
松浦先生
鍼灸院に来院する患者さんの中には主訴ではないけど、よく話を聞くと不眠も持っていた、という方は少なくありません。そのような患者さんから「鍼灸を受けた日はよく眠れる」という声がよく聞かれるのではないでしょうか?
不眠への鍼灸は効果の手応えもありますし、そのメカニズムも説明できるエビデンスが揃ってきました。鍼灸の効果を最大限に発揮するために、正しい睡眠の知識の提供、病態に合わせた最適な鍼灸治療の選択が必要となってきます。今回の記事が先生方の臨床のお役に立ちましたら幸いです。


(作成:松浦悠人先生)

文献
1. Besedovsky L, et al. The Sleep-Immune Crosstalk in Health and Disease. Physiol Rev. 2019;1;99(3):1325-1380.
2. 日本医師会編,自殺防止マニュアル「一般医療機関におけるうつ状態・うつ病の早期発見とその対応」、26.明石書店、2004.
3. Valenza G. Depression as a cardiovascular disorder: central-autonomic network, brain-heart axis, and vagal perspectives of low mood. Front Netw Physiol. 2023;16;3:1125495.
4. Liu S, et al. A neuroanatomical basis for electroacupuncture to drive the vagal-adrenal axis. Nature. 2021;598(7882):641-645
5. Liu S, et al. Somatotopic Organization and Intensity Dependence in Driving Distinct NPY-Expressing Sympathetic Pathways by Electroacupuncture. Neuron. 2020;11;108(3):436-450.e7.
6. Zhang MM,et al. Acupuncture at Back-Shu point improves insomnia by reducing inflammation and inhibiting the ERK/NF-κB signaling pathway. World J Psychiatry. 2023;19;13(6):340-350.
7. Tesarz J, et al. Sensory innervation of the thoracolumbar fascia in rats and humans. Neuroscience. 2011;27;194:302-8.
8. Akita. Effects of Acupuncture on Autonomic Nervous Functions During Sleep- Comparison with Nonacupuncture Site Stimulation Using a Crossover Design. J Integr Complement Med. 2022;28(10):791-798.
9. Li C,et al. Percutaneous Trigeminal Nerve Stimulation Induces Cerebral Vasodilation in a Dose-Dependent Manner. Neurosurgery. 2021;13;88(6):E529-E536.

Special Thanks
ユニコ(日進医療器株式会社)/ユニコネットストア
監修・資料:松浦悠人
文:ツルタ
撮影:シンタロー
(2024.1.30公開)
1

2

akuraku3.jpg

関連記事

  1. 脳画像研究で鍼治療の予後を予測する/鍼灸師・博士(医学): 石山 すみれ

  2. お灸と免疫の話/鍼灸師・医学博士:三村 直巳

  3. お灸と温度の話/鍼灸師・医学博士:三村 直巳

  4. 薬剤の使用過多による頭痛(MOH)に対する鍼灸治療の役割/鍼灸師:菊池友和

  5. うつ病の鍼灸治療と臨床研究のススメ 中編/鍼灸師・博士(鍼灸学):松浦悠人

  6. ユニコ×ハリトヒト。勉強会を開催します!