大好評、お灸の話シリーズの第3弾です。
お灸の博士、三村直巳先生に執筆をお願いしました。
今回は「皮膚または呼吸器から浸透する成分による作用」をテーマに、モグサ製造やヨモギの成分などに触れていきます。
「患者さんに思わず話したくなるような鍼やお灸の記事が読みたい」、そんな声をヒントに…
いただいた原稿を、ハリトヒト。編集部が対談形式に再構成しています。
三村 直巳(みむら なおみ)先生
学歴
2000年 はり師・きゅう師免許 取得
2006年 東京医療専門学校 鍼灸マッサージ教員養成科 卒業
2000年~昭和大学医学部 第一生理学教室(現:生理学講座生体制御学部門)普通研究生
2003年~昭和大学医学部 第一生理学教室(現:生理学講座生体制御学部門)特別研究生
2012年 昭和大学にて学位取得 博士(医学)
職歴
1997年~2006年 越石鍼灸院(灸専門治療院にて見習いを経て灸臨床に従事)
2006年~2015年 新宿鍼灸柔整専門学校 専任教員(お灸クラブ顧問)
2016年~現在 東京医療専門学校 専任教員(灸実技担当、お灸同好会顧問)
学会関連
全日本鍼灸学会 諮問委員
現代医療鍼灸臨床研究会 評議委員
日本生理学会 会員
ヨモギの産地
三村先生
国内で作られているモグサの原料には、ヨモギ(蓬)とオオヨモギ(大蓬)があります。どちらもキク科の多年草で、ヨモギは本州と四国と九州に、オオヨモギは近畿以北の本州と北海道に自生しています。
日本全国どこでも採ることができるんですね。
タキザワ
三村先生
産地としては、古来より滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山が有名です。
江戸時代から明治の初めにかけて滋賀県や岐阜県が日本一の生産量を誇っていましたが、明治から大正にかけて、富山県、福井県、石川県の北陸3県に移行して、昭和になってからは、新潟県が生産量日本一となりました。現在では90%以上が新潟県産です。
江戸時代から明治の初めにかけて滋賀県や岐阜県が日本一の生産量を誇っていましたが、明治から大正にかけて、富山県、福井県、石川県の北陸3県に移行して、昭和になってからは、新潟県が生産量日本一となりました。現在では90%以上が新潟県産です。
産地が移っていったのには、なにか理由があるのでしょうか。
タキザワ
三村先生
モグサの研究で有名な織田隆三先生によると、産地の移行には、ヨモギの質の問題や、ヨモギ採集の労働力の確保と賃金の安さが理由にあったとのことです。
商業的な理由ということですね。
タキザワ
三村先生
江戸時代には、モグサを自家用ではなく量産していたことを示す史料が残っています。また、古くは曲直瀬道三の『鍼灸集要』(1563年)に、多量にモグサを製造する方法が記載されています。
諸説ありますが、日本のモグサ製造は550年以上の歴史があるといわれています。
諸説ありますが、日本のモグサ製造は550年以上の歴史があるといわれています。
『鍼灸集要』(京都大学附属図書館所蔵)
モグサの製造
三村先生
現代のモグサ製造について、新潟県の「佐藤竹右衛門商店」と、滋賀県にある「株式会社山正」の工場を見学して伺った内容に、織田先生の記録 1) を含めながらお話させていただきます。
モグサの作り方ですね。
タキザワ
三村先生
原料となるヨモギは、5月から8月に採集します。
古くから、5月5日の節句がヨモギを摘むのに最良の日とされていますが、これは旧暦なので、実際は6月上旬から中旬の時期におおよそ当たります。
古くから、5月5日の節句がヨモギを摘むのに最良の日とされていますが、これは旧暦なので、実際は6月上旬から中旬の時期におおよそ当たります。
先ほどの『鍼灸集要』にも、「五月五日採」と書かれていました。
タキザワ
三村先生
次に採集したヨモギの葉のみを、3〜4日ほど天日干しして、水分率を6〜15%まで乾燥させます。
俵に詰めて湿度に気を配りながら秋から冬まで保管して、収穫した年の11月から翌年の3月くらいまでの間にモグサを製造します。
俵に詰めて湿度に気を配りながら秋から冬まで保管して、収穫した年の11月から翌年の3月くらいまでの間にモグサを製造します。
俵に詰めたヨモギ
時間をかけて寝かせるのはどうしてですか。
タキザワ
三村先生
高精製モグサの場合は湿度の少ない12〜2月にかけて製造します。
特に湿気の少ない1〜2月の厳寒期が適しているそうです。冬まで乾燥させると発酵するためか、葉が緑から茶色に変色するんですよ。
特に湿気の少ない1〜2月の厳寒期が適しているそうです。冬まで乾燥させると発酵するためか、葉が緑から茶色に変色するんですよ。
熟成することで淡黄色になるんですね。
タキザワ
三村先生
保管していたモグサは、製造の直前に加熱乾燥します。
俵に詰めていたモグサをほぐし、専用の乾燥籠に入れて、水分含有率を1〜2%以下になるまで3〜4時間ほど、高精製モグサは120℃くらいで乾燥させます。ヨモギは加熱乾燥することで香りがより強くなってきます。
俵に詰めていたモグサをほぐし、専用の乾燥籠に入れて、水分含有率を1〜2%以下になるまで3〜4時間ほど、高精製モグサは120℃くらいで乾燥させます。ヨモギは加熱乾燥することで香りがより強くなってきます。
乾燥用の籠に入ったモグサ
写真から香りが伝わってくるようです。
タキザワ
三村先生
次は粉砕です。ヨモギを荒砕き機にかけて石臼に入りやすい大きさにします。
それを石臼で挽いてより細かく砕くことで、葉肉・葉柄・葉脈などの不要部は粉末になります。
この段階では不要な粉末とモグサの混合物ということです。
それを石臼で挽いてより細かく砕くことで、葉肉・葉柄・葉脈などの不要部は粉末になります。
この段階では不要な粉末とモグサの混合物ということです。
毛茸は線維質だから、石臼で挽いても粉にはならないんですね。
タキザワ
三村先生
この石臼を使用するのが日本の特徴です。
中国と韓国では機械でモグサを切るように粉砕します。日本では、高精度なモグサを作るために石臼にも2番臼、3番臼があり、目を細かくして、より細かく粉砕しています。
中国と韓国では機械でモグサを切るように粉砕します。日本では、高精度なモグサを作るために石臼にも2番臼、3番臼があり、目を細かくして、より細かく粉砕しています。
石臼
この石臼の使い方が高精製モグサを作る秘訣なんですね。
タキザワ
三村先生
次は篩(ふるい)にかけて、不純物とモグサを分離します。長通し(=丸通し、長唐箕)と呼ばれる円筒計の回転運動を行う篩にかけて粉末状の不要部分を除去して、粗製モグサが作られます。
長通し
三村先生
より細かい不純物を除去するため、さらに唐箕という器具にかけて精製します。
内部にある羽根車が1分間に70〜120回の高速回転することで、篩では除けなかった粉末状の不純物を簀の間隙から外に飛ばしていきます。
内部にある羽根車が1分間に70〜120回の高速回転することで、篩では除けなかった粉末状の不純物を簀の間隙から外に飛ばしていきます。
唐箕
ずいぶん大がかりな器具ですね。
タキザワ
三村先生
唐箕の簀は手造りとのことです。竹を縦に裂いて、竹と竹の間隙を0.2〜0.5mm程度にして、規則正しくトンネル状に組んでいくそうです。
唐箕の中の竹
細かい隙間。器具も手造りとは、職人的なこだわりを感じます。
タキザワ
三村先生
このように高精製モグサの製造には、たくさんの行程があります。
さらに「佐藤竹右衛門商店」では、出来上がったモグサを最終的に目視、手作業にて不純物を確認していました。
さらに「佐藤竹右衛門商店」では、出来上がったモグサを最終的に目視、手作業にて不純物を確認していました。
目視でモグサの不純物確認
丁寧なお仕事に感謝です。
タキザワ
三村先生
モグサは精製度により、最高級品(高精製モグサ)〜下級品(低精製モグサ)に分類され、そのうち最高級品は、乾燥したヨモギに対して3.0〜3.5%、生のヨモギに対して0.5〜0.6%しか取れないといわれています。
高価な商品があるのも納得です。使用するモグサにこだわってみるのもおもしろそう。
タキザワ
三村先生
私も工場見学を通して、原料のこだわり、工程や道具の工夫など大変感銘を受けました。
特に高精製モグサの製造では、細部に至る気配りと繊細さが必要で、日本特有の技術の高さがあると感じました。
特に高精製モグサの製造では、細部に至る気配りと繊細さが必要で、日本特有の技術の高さがあると感じました。
日中韓、モグサ製造の比較
「日本特有の技術の高さがある」とのことでしたが、日本と外国でモグサの製造方法はどのように異なるのでしょうか。
タキザワ
三村先生
筑波技術大学の形井秀一先生らが、日本と中国と韓国を比較してモグサ製造の工程の違いを報告しています。
日本と中国、韓国を比較すると、ヨモギの保存期間、製造に使う器具や工程の数に相違が見られました。
日本と中国、韓国を比較すると、ヨモギの保存期間、製造に使う器具や工程の数に相違が見られました。
日本と中国、韓国で製造工程が違うのには理由があるのでしょうか。
タキザワ
三村先生
中国や韓国が棒灸やその他の温灸を多用するのに対して、日本では小さく捻って据える透熱灸などのお灸が栄えてきたからだと考えています。
小さく捻る用のモグサは、国内メーカーの品が断然使いやすいと感じます。
タキザワ
三村先生
高精製モグサを製造する高い技術が日本のお灸文化を支えてきました。
しかし残念なことに、工場長によるとモグサの出荷量は年々減ってきているそうです。
しかし残念なことに、工場長によるとモグサの出荷量は年々減ってきているそうです。
なんと。これからの国産モグサはどうなるのでしょうか。
タキザワ
三村先生
これまで灸の臨床や研究に携わってきて、お灸には特有の効果があると実感しています。
灸臨床家とモグサ製造者が切磋琢磨して高め合ってきた技術と、それに裏付けられた日本のお灸文化を絶やしてはなりませんね。
灸臨床家とモグサ製造者が切磋琢磨して高め合ってきた技術と、それに裏付けられた日本のお灸文化を絶やしてはなりませんね。
NEXT:漢方薬としてのヨモギ
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