今回の学びは「腸内細菌叢」がテーマです。
鍼灸が腸内細菌叢に与える影響から、慢性疲労やさまざまな疾患の予防、さらには食養生について考察します。
前回に引き続き、明治国際医療大学講師の山﨑翼先生に執筆をお願いしました。
いただいた原稿を、ハリトヒト。編集部が対談形式に再構成しています。
山﨑 翼(やまざき たすく)先生
2005年3月 明治鍼灸大学 鍼灸学部 卒業
2010年3月 明治国際医療大学大学院 博士後期課程 修了 鍼灸学博士
2010年4月 明治国際医療大学 博士研究員
2010年11月 明治国際医療大学 保健・老年鍼灸学講座 助教
2017年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 助教
2019年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 講師
2022年4月 明治国際医療大学 大学院鍼灸学研究科鍼灸学専攻専攻長補佐(現在に至る)
2010年3月 明治国際医療大学大学院 博士後期課程 修了 鍼灸学博士
2010年4月 明治国際医療大学 博士研究員
2010年11月 明治国際医療大学 保健・老年鍼灸学講座 助教
2017年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 助教
2019年4月 明治国際医療大学 鍼灸学講座 講師
2022年4月 明治国際医療大学 大学院鍼灸学研究科鍼灸学専攻専攻長補佐(現在に至る)
鍼灸治療を食養生に活用する

山﨑先生
鍼灸治療や漢方薬を含めた東洋医学の中で、予防から健康増進までを幅広く指す「養生」という概念が注目されています。
「養生」って言葉を目にする機会が増えた気がします。具体的には何をイメージしたらよいのでしょうか。

タキザワ

山﨑先生
養生には運動や睡眠、食事などがあります。特に食事に関する「食養生」については薬膳が中心で、鍼灸においては提案することが難しく、実際に研究論文も少ない状況でした。
鍼灸師って食事には関わりづらいところがありますよね。

タキザワ

山﨑先生
そんな中で、大変興味深い論文を発見したので紹介します。
腸内細菌叢がヒトの心身に与える影響

山﨑先生
タイトルは「Acupuncture ameliorates breast cancer-related fatigue by regulating the gut microbiota-gut-brain axis」です。意訳すると「鍼治療は腸内細菌叢と脳腸相関を調整することで乳がんに伴う疲労を軽減する」になると思います。
ところで腸内細菌叢ってどういうものでしたっけ?

タキザワ

山﨑先生
この論文で腸内細菌叢に関する近年の研究について詳細に述べられているので、一部を要約、抜粋して伝えますね。
よろしくお願いします。

タキザワ

山﨑先生
「腸内細菌叢は、人体の腸内に存在する複雑で多様な微生物群衆であり、免疫の調節、宿主の精神的健康の維持、脳機能、行動、代謝の調節に重要な役割を果たしています。腸内細菌叢、腸管神経系、自律神経系、代謝系、中枢神経系は複雑なシグナル伝達ネットワークを形成し、腸内細菌叢-腸脳軸を構成しています」とあります。
役割の多さに圧倒されます。腸に存在するけど、全身の機能に関わるんですね。

タキザワ

山﨑先生
それから「同時に、腸内細菌叢のアンバランスは腫瘍の形成および進行と密接に関連しており、いくつかの研究では、乳がん化学療法によって引き起こされる有害反応と腸内細菌叢の間に関連があることも報告されています。さらに、腸内細菌叢と脳の関連性に関する最近のエビデンスは、慢性疲労症候群研究への新たなアプローチを示しています。」と書かれています。
脳や慢性疲労症候群とも関連するとは…。

タキザワ

山﨑先生
「実際、腸内細菌叢の変化は、慢性疲労症候群、うつ病、認知障害、CRF(がん関連倦怠感)など、さまざまな神経心理学的疾患の病因と密接に関連しています。」と続きます。
腸内にいる細菌の変化が、どうして腸以外のさまざまな疾患につながるのでしょうか?

タキザワ

山﨑先生
それについては「腸内細菌叢のバランスが崩れると、腸内細菌叢が腸関門の透過性を破壊し、腸管の炎症、末梢血の炎症反応を引き起こし、さらに血液脳関門(BBB)機能を破壊し、中枢炎症反応などを含めたさまざまな不調につながることが明らかになりつつあります」とあります。
前回の学びでやった血液脳関門も関連してくるんですね。

タキザワ

山﨑先生
ここまでが本文中で述べられていることですが、これだけでも大変興味深い内容がたくさんありますよね。腸内細菌叢がヒトの心身に与える影響は非常に大きい可能性があります。
鍼刺激が腸内細菌叢を整える

山﨑先生
腸内細菌叢を整えるのが重要であることを基盤として、今回ご紹介する論文は鍼刺激が腸内細菌叢を整える可能性を示しており、大変先進的な報告かと思います。
鍼刺激で腸内細菌のバランスが整うって、とても興味深いです。論文ではどのように鍼が使われたのでしょうか?

タキザワ

山﨑先生
動物実験の手法が取られているのですが、経穴としては足三里、三陰交、関元、気海、百会に刺激をおこなったところ腸内細菌の種類が増えたと報告されています。
かなりメジャーなツボですね。そういう鍼で腸内細菌の種類が増えるのか。

タキザワ

山﨑先生
腸内細菌叢が人体に与える影響については先ほどご紹介した通りですが、腸内細菌叢は宿主の性格1)や好む食べ物、睡眠2)や行動3)にも関係するとされ、腸内細菌の種類が豊富であるほうが良好な状態であるとされています。
性格や行動が腸内細菌の影響を受けているってかなり衝撃的ですね。私もすでに菌に支配されてたりして…。ところで、一般の方に腸内環境の話を絡めて疲労に対する鍼治療を勧めてもよいものでしょうか。

タキザワ

山﨑先生
今回ご紹介している論文は乳がんに伴う疲労感であり、健常人の疲労とは異なるかもしれません。それでも鍼刺激が腸内細菌叢の分布に影響した結果、疲労を軽減する可能性が示されました。これは過労死が急増する我が国においては大変有意義なものであると思われます。
また、今回ご紹介した論文以外にも鍼刺激が腸内細菌叢を良好な状態に変化させる可能性を示した報告は少なくないことから、信頼性は高いものと思われます。
また、今回ご紹介した論文以外にも鍼刺激が腸内細菌叢を良好な状態に変化させる可能性を示した報告は少なくないことから、信頼性は高いものと思われます。
鍼灸を使った新しい食養生

山﨑先生
もともと腸内細菌はストレスの影響を受けることや、高ストレス下ではいわゆる悪玉菌が増殖することが知られていました。加えて近年では、リラクゼーションや幸せホルモンとされるセロトニンの90%以上は脳ではなく腸で作られていて、その生成には腸内細菌叢が関わっているとされています。専門家の中には、近年の我が国におけるうつ病の増加は腸内細菌叢と深く関係していると指摘している方もおられます。
心の健康のためにもお腹の中が大切ってことですね。

タキザワ

山﨑先生
このような状況において、鍼治療が腸内細菌叢に影響を与えることで心身の状態を良好にすることができれば、「鍼灸を使った食養生」という新しいジャンルを開拓することができるかもしれません。
また、腸内細菌はさまざまな種類の食べ物を満遍なくバランスよく摂取することで種類が増え、良好な状態が維持されるとされています。すなわち、養生にある「季節に応じた暮らし」、「季節ごとの旬の食材を食べる」ことが重要であり、「医食同源」に通じるものです。
また、腸内細菌はさまざまな種類の食べ物を満遍なくバランスよく摂取することで種類が増え、良好な状態が維持されるとされています。すなわち、養生にある「季節に応じた暮らし」、「季節ごとの旬の食材を食べる」ことが重要であり、「医食同源」に通じるものです。
古典の知識もしっかり活かした「鍼灸師による食養生」の提案ができそうです。

タキザワ

山﨑先生
飛躍したアイデアかもしれませんが、適切な食事に鍼灸治療を加えることによって腸内細菌叢が良好に維持されれば、疲労軽減、うつ病の予防にもつながり、心身の健康状態が良好になるという新しい食養生に鍼灸が寄与できるかもしれません。
近年では鍼灸の新しい可能性を感じられる研究報告が数多くなされています。今回の論文もぜひご覧になってくださいね。
近年では鍼灸の新しい可能性を感じられる研究報告が数多くなされています。今回の論文もぜひご覧になってくださいね。
【参考文献】
Zhuan Lv , Ruidong Liu, Kaiqi Su , Yiming Gu , Lu Fang , Yongfu Fan , Jing Gao , Xiaodi Ruan , Xiaodong Feng.
Front Endocrinol (Lausanne). Acupuncture ameliorates breast cancer-related fatigue by regulating the gut microbiota-gut-brain axis. 2022 Aug 24
Zhuan Lv , Ruidong Liu, Kaiqi Su , Yiming Gu , Lu Fang , Yongfu Fan , Jing Gao , Xiaodi Ruan , Xiaodong Feng.
Front Endocrinol (Lausanne). Acupuncture ameliorates breast cancer-related fatigue by regulating the gut microbiota-gut-brain axis. 2022 Aug 24
1)Eriko Ueda, Michiko Matsunaga, Hideaki Fujihara, Takamasa Kajiwara, Aya K Takeda, Satoshi Watanabe, Keisuke Hagihara, Masako Myowa.
Temperament in Early Childhood Is Associated With Gut Microbiota Composition and Diversity.Developmental Psychobiology.DOI:doi.org/10.1002/dev.22542
2)入江潤一郎,伊藤裕.
睡眠と腸内細菌叢.腸内細菌学雑誌31 : 143-150,2017.
3)森田英利.
運動と腸内細菌叢.腸内細菌学雑誌34 : 13-18,2020.
Temperament in Early Childhood Is Associated With Gut Microbiota Composition and Diversity.Developmental Psychobiology.DOI:doi.org/10.1002/dev.22542
2)入江潤一郎,伊藤裕.
睡眠と腸内細菌叢.腸内細菌学雑誌31 : 143-150,2017.
3)森田英利.
運動と腸内細菌叢.腸内細菌学雑誌34 : 13-18,2020.
文:山﨑 翼
編集:サイトウ
撮影:ツルタ
(2025.9.24公開)
編集:サイトウ
撮影:ツルタ
(2025.9.24公開)