お灸は私の生きる道/鍼灸師:越石 まつ江
患者が来なくてパチンコに通ったことも…
たくましいですね。それで治療院のオープンにこぎつけたと。
大切なのは、自分がどんな状態でも怯まないことです。子どもたちを食べさせなきゃいけないし、必死でしたね。
開業後は、商店街の会長さんのところに手書きの回数券を作って持っていきました。「開業しました。ぜひ来てください」と。それから町会長の家にも行って。
約40年前のことですよね。当時、回数券っていうのは一般的だったんですか。
あんまりなかったですね。隣のおばさんも「応援するわ」と、40万円持ってきてくださったので、「じゃあ80万円分の回数券を差し上げます」と倍返しにしましたら、どんどん来てくれるようになりました。商店街の人が来るし、町内会の人も来るし、隣のおばさんも山ほど患者さんを連れてきてくださるしでした。
ここでも周りの人にストレートに相談することで、少しずつ状況を打開していったんですね。
そうですね。まだまだ患者さんが少ないときは、子どもに勧められてパチンコにも行きました。パチンコなんかやったことなかったのに、行ったら打ち止めになっちゃうんですよ。これで「3日ぐらい食べれるね」ってくらい出て。でも、患者さんがついてお金が入るようになったら、一切ダメになりました。神様が見ていたのかなと思います。あと、パチンコ中毒にならなくて良かったと思いました。
足らない分はパチンコが出てくれるって、なんだか面白いですね。
楽しんで生きてきました。当時の話をすると「悲惨だね」って散々言われるけど、そうでもないよって思っています。
越石式紫雲膏灸のルーツ
現在、越石先生がおこなっている紫雲膏を用いた糸状灸や多壮灸は、もともとは安藤先生がやっていたということですね。
そうです。私は今、ほぼ紫雲膏灸のみを用いながら、症状に応じて糸状灸や多壮灸を使い分けて、急性・慢性問わずさまざまな疾患を治しています。紫雲膏灸を治療に取り入れたのは、安藤先生が初めてです。
いえ、当初、安藤先生はワセリンに食紅を混ぜて、印としてわかりやすくしていたのです。だけど、ワセリンだと柔らかすぎるでしょう。それで火傷させてしまうので、多壮灸には向かないのですよね。そんな中、紫雲膏の色味と硬さが、ちょうどいいのではないかということで、使い始められたの。
元々、薬効を求めたわけではないのですね。安藤先生の他の弟子の皆さんも、紫雲膏灸をやっていたんですか。
もちろん、皆さんもやっていましたよ。安藤鍼灸院は患者さんが午前中だけでも20人ぐらい来ていましたから、私もガンガンやらせていただきました。
そこで鍛えられたことが、礎になっているっていうことですね。
もう1つ、学生の頃から岡田明三先生の明鍼会にも行っていました。私たちの頃って、銀鍼を入れられないと国家試験に受からないんですよ。
鍼の技術も磨いていたにもかかわらず、灸だけに絞ったのにはどんな経緯があるのでしょうか。
実は、開業して最初の1年半ぐらいは、1カ月でディスポーザブル鍼を5,000本も使う治療院だったんです。なにしろ、最初に効果を感じたのは、セルフでの鍼治療でしたからね。
今とは全く違う治療スタイルで、鍼灸院をスタートさせたんですね。
でも、開業鍼灸師って大変じゃないですか。臨床だけでなくて、経営もやって、勉強もするわけでしょう。それで体調を崩したんですよ。過労がたたったのか、高熱が1カ月も続いたかと思うと、その後も微熱が続いて…。
開業で生活が一変して、身体が疲弊しきっていたのかもしれませんね。
病院で腎盂炎と診断され、抗生剤を1カ月飲み続けましたが、治りませんでした。大学病院に変えても、治療は変わらず抗生剤のみ。さらに2カ月続けましたが、治らないどころか、問題のなかった肝臓の数値にまで異常が出てきたので、抗生剤を打ち切ることにしました。
口も利けず、よろよろ歩きしかできないほど体調が悪化したので、鍼灸院にも通いましたが、全く良くなりませんでした。そんな折、安藤譲一先生が「僕が少し診てみましょうか」とおっしゃってくださったのです。
ええ、2回ばかりお灸をしてくださいました。そうしたら、微弱なエネルギーを感じたんです。もう涙が出ましたね。「これならもしかしたら治るかもしれない」って。その様子を中学1年生だった長女の江里が見ていたので、その後、娘にお灸をお願いするようになりました。1カ月ぐらいで歩けるようになって、3カ月目には完全によくなって…感動しましたね。
「微弱なエネルギーを感じた」というのが興味深いです。
その時点ですでに治療院を休業して7カ月も経っており、9kgも痩せてしまいました。それでも、その期間は自分にとって、すごく大きな意味を持ちました。自分の病気が治ったことで、「みんなが思っている以上に灸には力があるのではないか」と考え、紫雲膏灸を臨床のなかで、ひたすら追求していきたいと考えたのです。
パーキンソン病患者に1日2回の灸を3カ月継続
これまでにたくさんの方を治療されてきたと思うのですが、印象に残っている患者さんっていらっしゃいますか。
1人は35歳で発症したパーキンソン病の男性ですね。
お仕事でとても多忙な方でした。医師に「これが効かなくなったら終わりだよ」って言われて服用していた薬が、40歳になったら効かなくなったのですよ。その方のおばさんが「うちの甥っ子どうにかなりませんか」って相談にこられて…。
ええ。ただ、さすがに難病となると、普通の治療間隔では太刀打ちできません。「やるのなら私もきっちりやりたい」とお伝えしました。それで会社を休んでいただいて、そこから毎日、朝と晩に治療をおこないました。3カ月継続したら、症状が寛解して、会社に戻られましたね。
すごい話ですね。それだけの頻度で一定期間続けられたのは、患者さんと治療者の双方にモチベーションがあってこそ、ですね。
もう1人は、お腹にいる時から神経芽細胞腫っていうがんの1種があることが分かっていた赤ちゃんです。死ぬって言われて生まれてきた子を、おばあちゃんが連れてきました。
ご家族としても藁をもつかむ心境だったのでしょうね…。
率直に「効くかどうかわからない」って言ったんですけど「何でもいいからやってくれて」って。「何もしないで死なれたら、私たちも目覚めが悪いから」って言われるので、毎日治療をしました。そしたら良くなりまして、今30歳以上になっていますよ。
鍼灸師冥利に尽きますね。生まれたばかりの赤ちゃんでも、お灸は効果が期待できるという話はあまり聞いたことがなかったので驚きました。
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