自分にしかできない「挑戦」(前編)/鍼灸ジャーナリスト:松田 博公

鍼灸メディア論

ちなみに『鍼灸の挑戦』は紙面に連載された頃から話題だったんですか?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
それがね、共同通信始まって以来の「問合せ殺到」!
えええー!
編集部
編集部
松田先生
松田先生
「自分の病気に鍼灸は効果がありますか」とか「だれか良い先生を紹介してください」とか。
読者は鍼灸師に興味を持ったんですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
地方紙の編集者から「共同通信の配信で、これほど問い合わせが来た記事はありません」「あまりに多いので、ずっと電話番をしています」と本当に言われた。
記事で紹介された鍼灸師さんの反応はどうでしたか?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
登場してくださった鍼灸師さんの治療院で患者さんが増えたところもあったみたい。
それで腹を立てた人もいた。
患者さんが増えたのに腹を立てるというのはどういうことでしょう?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
「メディアを見て来る患者なんか、信用してないからいらないよ」って。
記事を読んで来る患者を断る先生もいたね。
ひゃー。
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
もうちょっと患者に優しくしてくれてもいいのに、とは思ったけどね(笑)。
ひょっとして紹介制の先生ですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
そう。紹介された患者さんしか診ない先生だったからね。
新聞記事を読んで来るような人は受け付けなかった。
「私を載せろ」みたいなアピールはありましたか?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
何人か本を送ってくれた方はいたね。
取材依頼を断られたことは?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
そのあと、『鍼灸ジャーナル』(緑書房)でインタビューを連載した時に、1人だけ断られた人はいたな。
もちろんメディアに出るのはプラスの面だけじゃないし、断られたからといって、驚きはしなかったけれど。
あとウーマン・リブのときのように、「メディアなんか頼りにしないぞ」という心意気の人もいるし。
メディアに出ることの、良し悪しってありますよね。
わたしも忘れちゃいけないな、と思っています。
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
そうだね。
メディアのことばは、生身の現実のことばそのものでなく、画一的表現で間違ったイメージを与えてしまうことがある。
ただメディアは社会を変えていくというか、切り開いていく側面を持っている。
うんうん。
編集部
編集部
松田先生
松田先生
ずっとそこにあるのに、その存在に気が付いていない人たちに情報を与えることの意義というのかな。
まず、広く伝えることに意味があるのかなって、わたしは思ってます。
だから、フリーで読めて、場所や文字数に制限のない、webメディアという形を選んだので。
そのうえで、受け取る側がどう思うかは、ご本人に委ねるしかないのかなと。
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
「ハリトヒト。」は「こういう人がいて、こういうことを考えている」ということを、かなりの文字数をかけて伝えているよね。
そこは意識してますね。インタビューでの言葉を大事にしているというか。
ちなみに当時は、鍼灸の記事を一緒に書く仲間や理解者はいたんですか?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
仲間はいなかったね。
むしろ企業的には歓迎されていなかった(笑)。
抵抗があるなかでやっていた。
「こんなわけのわからない鍼灸なんて! 迷信じゃないの?」という「空気」ね。
そういった抵抗があるにも関わらず、取材を続けたんですか?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
抵抗があればあるほど、やる気が出てくる。
(笑)。
編集部
編集部
松田先生
松田先生
企業組織というのはどこでも同じだと思うけど、何かやろうとすると抑えようとする人たちが必ず出てくる。
メディアの場合は、なんだかんだ言っても「取り上げてはいけない話題」みたいのがあるわけ。
それって?
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
タブーみたいのがあるわけね。
記者は、それを「忖度」し、上や周りの「空気」に同調し、自己規制して日々を過ごしている。
本当にあるんですね。すごく気になります。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん。
たとえば、ぼくはダライ・ラマ14世にインタビューしようとして、インドへの出張申請をしたんだよね。
そのとき、ハンコを貰いに行った編集幹部に「こういった記事は歓迎しない」「わたしは責任取れない」と、はっきり言われたことがある。
政治的圧力! ダライ・ラマ!(興奮)
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
彼は中国政府の意向を「忖度」している。
そういう社内の「空気」を察知している記者は、そんな出張申請はしないことになっている。
でも馬鹿だよね。ノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマへのインタビューは、英語に翻訳して配信すると、海外のメディアは飛びつく。
商品としては一級。そういう資本主義の精神もない。ぼくは、嫌みを受け流してインドに行ってきました。

ぼくのベースは「愛と正義と自由と冒険」なのよ。

松田先生
松田先生
ぼくは1964年に大学に入学して、何とか卒業できたのが1969年、東大安田講堂攻防戦の年。
ぴったり大学闘争の時代に重なっているんです。
先生も運動を?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん、それしかなかった。
そこに参加したのは、自然な流れでしたか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
1964年の夏に米軍が謀略的にトンキン湾事件を起こしてベトナム戦争が始まり、日本にもアメリカの原子力潜水艦や空母エンタープライズがやってきて騒然となり、同時に大学内でも次々問題が発生した。
激動の60年代というイメージです。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
入学試験の面接で、日本語を研究して海外で日本語教育をしたい、なんて言ったんだけど、その高邁な抱負も忘れて、授業に出ないでキャンパスや街頭のアスファルトの上にいることになってしまった。
ぼくは学生運動についても聞きたいけど、どう扱っていいか難しいな…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
いや、何も言うことはないね。人を傷つけ自分も傷ついて、何もできず、恥ずかしいだけ。
とにかく、時代がそういう時代だった。
先生のジャーナリストとしてのベースは、そこで醸成されたんでしょうか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うーん。マルクス、トロツキー、マルクーゼ、ニーチェ、シュールレアリスム、ユング、現代詩など手当たり次第に乱読し、議論し合ったよね。
1番好きだったのが、吉本隆明とフランスの行動主義の作家アンドレ・マルローだったから、単に政治青年というのともちょっと違う。
マルローのスペイン内戦を描いた長編小説『希望』は、死ぬまでにもう一度読みたいと思って、本棚の目につくところに置いてある。
…。(難しい)
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
でも、振り返ってみると、当時得た社会的な思想とは違うベースが自分にはあるなと思っていて。
(ホッ)
というのは?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
もっと小さい時の『少年少女世界名作全集』なんだよね。ぼくの思想のベースは。
おおっと…?
編集部
編集部
松田先生
松田先生
それこそ『ターザン』とか、『三銃士』とか、『ロビンフッド』、『巌窟王』、『アイバンホー』、『家なき子』、『レ・ミゼラブル』⋯⋯⋯⋯。
西洋の子ども向け小説をやさしく書き直したシリーズ。小学生の低学年向けに。
それなら読みました。図書館に並んでいますよね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん。ぼくの家は余裕がなくて本を買ってくれなかったけれど、友達の家にはそれが揃っていた。
そこで、学校の休みの日など、友達の家に入り込んで1日中、読みふけった。
小さい頃から本が好きだったのか。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
小学校に入る前は、幼稚園や保育園もなかったので、仲間の子どもたちと空襲で破壊されたコンクリートの瓦礫の山や、露地、浜辺で集団遊びをして1日を過ごした。
ぼくらを管理する大人はいなくて、「自由そのもの」の時代だった。
今でもその自由さを感じますね(笑)。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
でね、『少年少女世界名作全集』の思想とはつまり、「愛と正義と自由と冒険」なんだよね。
「愛と正義と自由と冒険」が先生の思想ということですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ほら『鍼灸の挑戦』もそうでしょ?
鍼灸師という自由に生きる冒険者たちへの憧れが、ぼくをフィールドワークに駆り出して、いろんな鍼灸師を訪ね歩かせたの。
鍼灸師という冒険者への憧れかぁ。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
だから、そのファンタジーをフォークロアにまとめたわけよ。

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