鍼を受けてる時間って、こんなに気持ちよくて幸せなんだ(前編)/鍼灸師 中根 一

「遊び」ってさ…みんな楽しいことが好きなんだよ

中根先生
中根先生
あとはね、鍼灸師って勉強会に参加しすぎ(苦笑)。
もっと家族といる時間を大切にした方がいいんじゃない?
耳が痛いですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
とかいって、僕も月に2日しか休んでないんだけどさ。
でも鍼灸師っていうレアな仕事をしている僕たちの人生に付き合ってくれてるんだからさ、もっと感謝しないとね。
それはたしかに(笑)。
そういえば先生はよく「勉強以外の遊びを大事に」って指導を勉強会でされてますよね。
それはなぜなんですか?
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
もともと僕、滝学園に行ってたの。
鋤柄くん、愛知県出身だから知ってるよね? 愛知県の中高一貫の進学校なんだけどさ。
中学の時点で高校の教科書やってて、毎週テストで、席次がバーッと出てて。
基準点から低い点数の回数分だけケツバットですよ。
うわぁ、すごい環境。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
昔は頭よかってさあ。
小学校の6年生のときに、灘中学校※(言わずと知れた超名門校)の入試問題が偶然解けたの。
だから両親がやる気になっちゃって、お受験することになったんだけど。
でも、入学したところで僕のモチベーションは終わってしまったという。
はやくもピークが。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
あとはもう惰性。テストはすべて一夜漬けで乗り切るっていう。
結局、この時期にしか味わえない自分の青春が、延々と机の上で過ぎ去っていくってことが嫌で。
で、高校の1年生の夏に、学校を辞めちゃったの。
尾崎豊※(シンガーソングライター。1980年代から1990年代初頭にかけて、若者を中心に多くの人から共感を呼び、カリスマ的存在となる)が『卒業』を歌うから、通学バスの中で尾崎を聞きながら「そうだ、俺も卒業しよう」って思っちゃったわけよ。
この支配からの…卒業※(『卒業』より)ですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そう。窓ガラスを割る※(『卒業』より)勇気はなかったんだけど、でも卒業する勇気はあった。もう、辞めちゃおうって。
で、半年間ぶらっとしたんだけど。でも、よく考えたら尾崎豊って仕事あるなぁみたいな(笑)。
あの人働いとったと(笑)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そう(笑)。退学したあとに、こりゃまずいって気付いて。
で、そのあと色々あって全寮制の高校に入り直したの。
すでに波乱万丈ですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
「勉強以外の遊びを大事に」の話に戻るんだけどさ、高校時代にこんなことがあったのよ。
どんなできごとだったんでしょう?
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
全寮制って、1つの部屋に1年生、2年生、3年生が暮らしててさ。
すると、1年生にとって3年生は神様なわけ。右って言われたら絶対右。寮生活って絶対王政の世界なんだから。
でも、その全寮制の学校にいる先輩って、ちょっと小金持ちのヤンキーみたいな感じで地方出身だから、実は全然遊びを知らないわけ。
僕はというと、滝学園に行ってるときから跳ねっ返ってたから、16歳の頃には夜になったら名古屋のディスコに行ったりしてて。
で、ある日「先輩、ディスコに行ったことありますか?」なんて話してさ。
「なんだよディスコって」「あ、じゃあ、今度連れて行きますよ」みたいな。
そしたら「何着てきゃいいんだ」ってなるから。
「まぁジーンズでいいんで。今僕ら、トレーナー着て、ケースイスのスニーカー履いて、ジーンズにキツネの尻尾みたいなキーホルダーを付けていくんですよ」って言ったら「じゃあちょっとそれ用意するわ」なんてさ。
それでディスコに連れてったら、田舎のちょいヤンキーは知らない世界がそこにはあるわけじゃん。
学校に帰って、先輩たちに「中根すげーの知ってんぞ」って言われるようになったら、1年生なのにいきなり3年生と同等扱いで。
その時に遊びって大事だなって(笑)。
「遊び」でそんなことに…じゃあそれが原体験で(笑)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そうだね、原体験。
「遊び」ってさ…みんなルールで縛りたがるけど、やっぱりみんな楽しいことが好きなんだよ。
だから僕が2年生になったときに、1年生に課せられていた理不尽で無意味なルールを全部撤廃したの。
1年生だって2年生だって、手が空いてりゃ掃除すりゃいいし、寒けりゃゆっくりお風呂に入ればいいし、ラーメン食べたきゃ食べりゃいいじゃんって。
1年生だけ禁止事項が多いなんて、おかしいぞと。
改革を起こしたんですね。寮生活の。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
こんな感じで、僕は昔から前例に従順じゃないのよ。
楽しくってわくわくして、みんなが幸せならいいじゃんっていう日々を積み重ねてきて。
その延長線上に今の50歳があるの。まあ厳密には49歳ですけど。
それが僕の基本的な生き方なんだよね。
なるほど。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
だから真面目にそのまま進学校を卒業することも、すばらしい人生だったんだろうけど、全く違う人生の選択もパラレルですぐ隣にあってさ。
どちらを選択するかは、自分で立てた問いに対する決断次第。
だから、途中で卒業するのも全然怖くないし、すべて前向き。
ナチュラルボーンで、問いを立てる人ですよね。
ところで、先生はどういった経緯で鍼灸の世界に入られたんですか?
スキカラ
スキカラ

「鍼灸って面白い?」って聞いたら「面白いよ」っていうのよ

中根先生
中根先生
高校を出たら、ほんとは美大に行きたかったんだけど、最終的には大学の経営学部行ったのね。でも全然面白くなくって。
これ違うなぁと思っていたら、高校のクラスメイトに、井上 恵理(いのうえ けいり/経絡治療創生の立役者の一人)先生の最後の内弟子だった、南谷 旺伯(みなみたに おうはく)先生の息子さんがいたの。
鍼灸師になる前だもん、有名な先生の息子だってことも知らないじゃん。
電話で「鍼灸って面白い?」って気軽な感じで聞いたら、「面白いよ」っていうの。
じゃあ、鍼灸の大学を受けてみよっかなって。
すごい思い切り。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
で、入学試験を受けてみたら、一応なんとなく引っかかって。
じゃあ、経営学部やめて行こうって。
なんだか突然の出会いですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そう。で、明治鍼灸大学(現 明治国際医療大学)に入ったんだけど、陰陽五行とか気とか全然わかんないから、いきなりですよ、留年ですよ。
いきなりですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
はい。1回生で。だけど、一応単位はほとんど取れてるから2回目の1回生は暇なわけですな。
そうなりますね。
スキカラ
スキカラ

ほんとに気付きの多い遊びってあるなあって思って

中根先生
中根先生
じゃあ何する?っていったらさ、浪人中はパチンコもやったけど、5,000円とかあっという間に消えるじゃん。5,000円なんて30分もかかんないよね。
たしかに、一瞬でなくなります。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
それでどうするか考えていたら、母が読んでいた『家庭画報』で、たまたま京都のランチ特集を発見したわけ。
当時って京都のグルメ情報は少なくって、有名な割烹なのに3,000円でお弁当が食べれるって記事があって、コレだーと思って(笑)。
おぉ。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
で、小遣いを握りしめてドキドキしながら実際に行ったわけですよ、今はなき『美濃幸』※(大正元年創業の茶懐石で有名な料亭。惜しまれつつ閉店)さんへ。
そしたらお弁当を食べながら、庭の見えるお茶室を11時から15時まで独り占めできたの。
なんって贅沢なコスパの高い遊びだろうと。
いいですね~それ。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
本を何冊か持ち込んで、お弁当を食べながら、庭を眺めて、読書する。
そしたらさ、またいい頃合いで、お茶を持ってきてくれるわけ。「どうぞ」ってさ。
だからさ、ひと言で「遊ぶ」といっても、遊びの視点を変えると、こんな世界が大学生でも楽しめるんだと。
で、びたーっと入り浸って。まぁ、学校には行けなくなりますよね。
お酒は全く飲めないのに「祇園ばっかり行ってるぞ、あいつ」みたいな。
独特な学生生活ですね(笑)。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そのときにね、ご亭主に聞いたことがあるの。
「これがサービスの極意だ、と思っているものがあるとしたらなんですか?」って。
それこそ京都で料亭を張るというのは、もう大変なことだからね。どうしても聞いてみたくって。
そしたらさ「恥をかかせないこと」っておっしゃったのよ。
恥をかかせないこと…。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
たとえばお茶の飲み方を知らないという人がいたら「ぜひお好きに飲んでください。美味しいお茶を美味しいって飲んでくれたらいいんですよ」って。
ただ知らないというだけで今を楽しむことができないなんて、もったいないと。
もし仮に、靴下に穴が空いているのを見ちゃったら、すかさずスリッパを差し出すとか。
そういう気遣いって僕らの仕事にも言えることで。
たとえばアトピーで悩んでる女性の患者さんが来院してさ、その人に「アトピーですね」なんて言っちゃNGじゃん。
それはないですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そんなのは見ればわかるから、そこは言葉にする必要なんてなくてさ。
「このところ少しお疲れ?」とか「昨日ちょっと無理した?」とかぐらいでいいじゃん。せいぜい聞くのって。
そういう心遣いが、京都の文化を支えてるってことを教えてもらって。
「あ、臨床ってそういうことなんだ」って、脳内変換してるわけですよ、ずーっと料亭でお弁当を食べながら。
治療技術以外の、人として大切な部分ですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
僕、留年したんで大学には5年間通ったわけで。
だから5年間の遊びの蓄積が僕の中にはあるんですよ。
矢野先生がおっしゃる「中根くんは学校教育の失敗例だけど、社会教育の、卒後教育の成功例だね」っていうのは、まぁそこなんでしょうね。※(「タダシい学びのハジメ方」参照)
京都に育てられたんですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そうやって、遊び方にもいろいろあるけれど、遊びからの学びってあるなぁと思って。
遊びって、ゲームしたりパーティでお酒を飲むことだけじゃないんだよ。
遊ぶって、普段と違うことをするという意味でさ。
普段と違うことをして、何かの問いが立つとか、気付いて学びになるというのは、やっぱりいい勉強だなって思うの。
だからみんなに、遊びが大切だよって言うの。今なら勉強は大切だって言えるけど。
でもまぁ、僕よりみんなの方が勉強してると思うんで。だったら遊ぼうってオススメしちゃう。
でも遊び方がわからないという人も多いですよね。
わたしはお酒を呑みますけど、やっぱり呑みの先輩がいて。
先輩に紹介してもらった店は楽しく飲めるとか、そんなふうに覚えていった気がするんですが。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
そうだね、特に京都だと誰かの紹介で遊ぶのが一番いいよね。
お店側も安心だから、大事にしてもらえるもんね。
最近は料亭や割烹にはあまり行かなくなっちゃったんだけど、予約の電話をする時に「○○さんのご紹介でお電話させていただきました」って言うだけで、対応が全然違うもんね。
本当に全然違いますよね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
それはクライアントとの関係でも言えることで。
どなたかのご紹介ならば、お互いにおよそ相手のことがわかってる。
たとえば内科とかと違って、鍼灸院はどんな手順でどんなことをされるのかわからないから少し怖いけど、ご紹介で来院される場合は鍼灸院がどんなところか、ある程度聞いてくださってるからね。
たしかにそうですね。
でも本当に真面目な人って、それでも遊ばないですよね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
ほんとだね~。
僕も遊びは大事だって思うんですが、得てして遊んだほうが良いような人ほど遊ばない感じがします。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
でもまぁそれは、僕らに「遊んだほうが良い」という成功体験があるからそう言ってるだけでさ。
僕たちのような遊びをしなくたって、伊藤和憲(いとう かずのり/明治国際医療大学 鍼灸学部 学部長・教授。インタビュー参照)くんのように、遊び心のある立派な鍼灸師になる例もあるし。
遊ぶにも何をするにも向き不向きがあるし、勉強も遊びも追求心は要るよね。
そうか、なるほど。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
以前さ、NHKで坂本龍一さんが司会を務めていた『スコラ音楽の学校』という番組があったの。
その番組で面白いなと感じた回があって。
坂本龍一さんとジャズピアニストの山下洋輔さんが、吹奏楽をはじめた高校生のところに行くのね。
そこで坂本龍一さんが「自由に弾いてごらん。どんな音でも出していいよ」って言うわけ。
ところが彼らは、まだ音楽のルールを知らないから、自由にしていいと言われても、どうしていいかわかんない。何が自由かがわからないのよ。だから、1音も出せない。
遊ぶことが自由なんじゃなくて、自由に遊ぶには学びがいるんだなって、これを観て思った。
だから僕たちの「遊び」も努力の結晶ですよ(笑)。
ほんとですよね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
ほんとそうですよ。
遊ぶのも苦しいですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
ある意味、苦しいよね。
どうすれば、この5,000円の価値を最大限に引き出せるかってことをすごく考えたりするもんね。
真剣勝負ですね。
スキカラ
スキカラ
中根先生
中根先生
だからさ、自分で決めた人生を自分らしく歩けたら、いろいろあるにしてもきっと良い人生だと思うの。
進むも止めるも自由だけど、その決断はいい加減じゃなくて真剣に。

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