鍼灸を探究し続けることで人生をずっと楽しめる/鍼灸師:樽井 智彦
臨床における患者への気遣いで効果も変わる

でも、なかなか開業している個人の鍼灸院で、そこまでのホスピタリティを表現するのは難しいような気も…。
地域性や患者さんそれぞれによっても、ホスピタリティの正解は異なると思うんですよね。例えば、ツボを押しながら「ここはどうですか?」と聞いたら丁寧ですけど、なかには「患者に聞かないでよ」と思う人もいたりします。大切なのは、相手や状況に応じて気遣いの精神を発揮することです。
どんな患者さんが相手でも、共通してやるべき気遣いがあれば、教えてください。
例えば、最初のカウンセリングで「痛みを感じたらいつでも仰ってください」と声をかけておくだけでも、もし痛みを感じた場合に、相手が受ける印象は全然違いますよね。こちらも痛い時は痛いと言ってもらえれば、我慢せず安心して施術を受けてもらえるよう調整が出来ますし。あとは触る部位も事前に「お腹を触っていきますね」というように、一声かけておくのは徹底しています。治療で脈を整えるには、患者さんにリラックスしてもらうことが大切です。そうした気遣いはどんな治療であっても、効果に直結するのではないでしょうか。
なるほど、わかりやすいですね。ただ、やっぱり「東洋医学って面白そうだな」から始まった樽井さんの鍼灸への旅が、「鍼でいかに治すか」ではなくて「患者さんへのホスピタリティ」という方向にいったのが、意外な感じがするんです。
言い換えれば、患者さんとの信頼関係をいかに築くのかということだと思います。経絡治療学会会長の岡田先生が「患者さんとシンクロできて治る」と仰っていたのが記憶に残っていて、同じ気持ちになるには「治療の動きが相手にとって不快なものではないか」に最大限、気をつけなければならないと思うんです。
経絡治療の特徴である優しい刺激も患者さんへの気遣いと言えなくはないのかな…。
特に今は心身疾患を持つ患者さんが増えていますよね。細やかな気遣いが治療効果を出すうえで、より重要になってきているのではないでしょうか。経絡治療の先生方のやり方はそれぞれ異なりますが、患者さんとの信頼関係のなかで、治療している点は共通しているので、そこを磨くのは大事なことかなと。
臨床で何より楽しいのは患者さんの反応
自身で開業した鍼灸院で治療するのと、高級ホテルで治療するのは患者層もだいぶん異なりそうです。そのあたりのギャップはどうですか。
全く違う環境ですね。開業した鍼灸院には、基本的には日本人の患者さんがやってきて、肩こりや腰痛といった主訴に応じた治療をおこないます。一方のホテルでは予約が入ればその都度伺うかたちで、ゲストは海外の富裕層がほとんどです。「ジェネラル(総合的)にやって」とオーダーされることが多く、気の流れを整える治療を施していきます。
全身治療、もしくは気の調整みたいなオーダーをされるんですね。
開業鍼灸院に来た患者さんに「全身的に治療して」と言われることはありませんから、そこは面白いですよね。頭がしんどいとか、お腹が動いてないとか、感覚的な不調の訴えは鍼灸しかできない治療が喜ばれていると感じて嬉しいです。
一方で、開業鍼灸院でしかできない治療もあるわけですよね。
「脈を診て。手足のツボに打つ」という経絡治療の基本をやりやすいのは、やはり自院です。治療中に心身をすっきりしてもらうことで、気持ちが楽になったり、よく眠れたり、おいしくご飯が食べられたりします。日々の生活のサポートに鍼を取り入れてもらうという点では、開業の鍼灸院のほうが適していると思います。
気を感じる人と、感じない人がいるじゃないですか。以前に太白に打ったときに患者さんから「それ胃腸のツボですよね」って言われたときがあって、そういう不思議な瞬間がやっていて一番楽しいですね。
自分が「鍼灸師になろう」と思った出発点が「東洋医学ってよくわからない、だから面白そう」だったわけじゃないですか。お話を聞いていて、その興味関心にずっと突き動かされているのだろうなと思いました。
本当にそう思います。楽しい瞬間と言えば、ホテル往診の際英語でコミュニケーションするのもそうです。未知なる東洋医学が面白いと感じるのも、自分の可能性が広がる時に私は幸せを感じるんです。皆さんに導いてもらって鍼灸を探究し、さまざまな場所で生きがいを感じる仕事ができることに心から感謝しています。
>> インタビューのダイジェストマンガはコチラ。
>>> 樽井先生の選んだ本はコチラ(本編の翌週公開予定)。