顔面神経麻痺のはり治療と予後/鍼灸師・修士(臨床鍼灸学):堀部 豪

臨床での気づきは研究の始まり

堀部先生
堀部先生
顔面神経走行上の経穴である聴会や下関に数秒間1Hzの鍼通電刺激をして表情筋の筋収縮の程度を確認します。この時に起きる筋収縮を私たちはTwitchと呼んでいます。
「ぴくっと動く」、英語でそんなニュアンスですね。
タキザワ
タキザワ
堀部先生
堀部先生
顔面神経麻痺患者にこの電気刺激をすると、患者によってTwitchの程度が異なります。
そして、この反応の違いによって予後も異なっているように臨床的に感じました。
臨床で感じた違和感。
そのTwitchの違いというのは…。
タキザワ
タキザワ
堀部先生
堀部先生
表情筋全体が一塊に収縮する「Twitchあり」、表情筋の一部収縮・または収縮程度が弱い「Twitch減弱」、表情筋反応を認めない「Twitchなし」にわけられます。
そこからどのように予後を予測したんですか。
タキザワ
タキザワ
堀部先生
堀部先生
収縮が大きければ予後が良く、小さければ予後が悪いと仮定して、Twitchの程度とENoG値にどのような関係性があるかを調査しました⁶⁾。
急性期顔面神経麻痺患者を対象とした場合、「Twitchあり」の症例はENoGが高値で、その値は「Twitch減弱」「Twitchなし」の症例と比較して統計学的有意差を認めました。
要するに「Twitchあり」の患者は軽症である可能性が高いということです。
おお、なるほど。
タキザワ
タキザワ
堀部先生
堀部先生
一方で「Twitch減弱」「Twitchなし」との間には有意差がなくENoG値も低値であり、これらの患者群については概ね同一の重症度であるように推察されます。
つまり、「Twitch減弱」「Twitchなし」の患者は重症である可能性が高くなります。
鍼通電刺激で顔面神経麻痺の重症度を推測することができるんですね。
タキザワ
タキザワ
堀部先生
堀部先生
しかし、この研究で実際の予後を検討することはできません。そこで次のステップとして、Twitchの程度で分類した患者群の予後について検証することにしました。

研究で見つけた次なる課題

堀部先生
堀部先生
急性期の顔面神経麻痺患者を対象として、カルテの過去を起点として現在に向かって経過を追う「過去起点コホート研究」で研究デザインを組みました⁷⁾。
時間軸に沿って患者さんを観察してみたんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
堀部先生
堀部先生
前述の研究で「Twitch減弱」と「Twitchなし」に有意な差がなかったので、これらは「Twitchなし」に統合して、「Twitchあり」の群と「Twitchなし」の群でその予後がどのようになっているか調査しました。
結果はいかがでした。
ゆうすけ
ゆうすけ
堀部先生
堀部先生
「Twitchあり」は予後が良好で、「Twitchなし」は予後が不良でした。
臨床で感じたTwitchによる予後の差が、数値として明らかになったわけですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
堀部先生
堀部先生
次なる課題も見つかりました。「Twitchあり」群の中で、ENoG値のばらつきが大きかったのです。つまり「Twitchあり」だからといって必ずしも予後が良好とは限らない可能性が浮上してきました。
「Twitchあり」群は「Twitch減弱」と「Twitchなし」群と比較してENoG値が高かったんですよね。
とはいえ「Twitchあり」群の中にENoG値の高くない患者さんも含まれていたと…。
ゆうすけ
ゆうすけ
堀部先生
堀部先生
そこで次は、「Twitchあり」の患者のみを対象に、柳原法12点以上の不全麻痺と10点以下の完全麻痺の患者に分類してその予後を調査してみました⁸⁾。
柳原法について解説してもらえますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
堀部先生
堀部先生
顔面神経麻痺の重症度を評価するためによく用いられている方法です。表情運動の10項目をほぼ正常4点、部分麻痺2点、完全麻痺0点の40点満点で評価します。⁹⁾

堀部先生
堀部先生
Twitchがなければその時点で予後不良である可能性が極めて高いのですが、Twitchがあれば柳原法で12点以上の不全麻痺と、10点以下の完全麻痺に分類して、不全麻痺は予後良好、完全麻痺は予後不良と考えられます。

つまりENoG検査のできない鍼灸院でも、ある程度の重症度や予後を予測することが可能ということですね。
ゆうすけ
ゆうすけ

積み重ねが発展につながる

堀部先生
堀部先生
当科では、患者の重症度に応じて鍼治療の方針を決定しています。
軽度麻痺であれば神経の治癒促進を期待して顔面神経走行上の経穴に刺鍼します。一方で中等度から重度の麻痺であれば後遺症出現頻度が増すことから、後遺症抑制を期待して表情筋への刺鍼を実施しています。


図¹⁰⁾

状態に応じた治療法を選択しているって理想的ですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
堀部先生
堀部先生
ただ残念ながら、どういう方法の鍼治療をするのが良いか現状ではわかっていません。
昨今では、表情筋を目標組織として刺鍼している報告が国内外で多いです。また国内では接触鍼を用いた報告もあります。どのような鍼治療の方法が最適なのかは今後の検討課題であるといえます。
「Twitchの違いは予後と関係するのではないか」という、ちょっとした気づきから研究は始まったんですよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
堀部先生
堀部先生
臨床で感じた気づきが研究につながるということです。多くの鍼灸師は臨床でたくさんの気づきや疑問に出会うと思います。
これらひとつひとつを究明していく。そういった積み重ねが鍼灸医学の発展になると信じています。

参考文献
1)日本顔面神経研究会編. 顔面神経麻痺診療の手引き.東京: 金原出版; 2011.
2)Holland NJ, Bernstein JM. Bell’s palsy. BMJ Clin Evid. 2014 Apr 9;2014:1204.
3)Fujiwara T, Haku Y, Miyazaki T, Yoshida A, Sato SI, Tamaki H. High-dose corticosteroids improve the prognosis of Bell’s palsy compared with low-dose corticosteroids: A propensity score analysis. Auris Nasus Larynx. 2018;45(3):465-470.
4)Sweeney CJ, Gilden DH. Ramsay Hunt syndrome. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2001;71(2):149-154. doi:10.1136/jnnp.71.2.149
5)稲村 博雄. 顔面神経麻痺の電気生理学的検査 誘発筋電図検査からみたベル麻痺患者の経過を中心にして.耳鼻咽喉科・頭頸部外科. 2006: 78(10);737-47.
6)堀部 豪,山口 智,菊池友和 ほか.鍼灸臨床における末梢性顔面神経麻痺患者の予後予測に関する検討.全日本鍼灸学会 2017; 67(S1): 141.
7)堀部豪, 菊池友和, 山口智.顔面神経麻痺患者への鍼通電刺激による予後予測の検討–予備的観察研究-.第42回日本顔面神経学会抄録集.P100.2019.
8)堀部豪,菊池友和,山口智.鍼通電刺激と柳原法を併用した末梢性顔面神経麻痺患者の予後予測−Twitch陽性例での検討−.第43回日本顔面神経学会抄録集.P105.2020
9)萩森 伸一. 顔面神経麻痺の重症度と予後診断. ENTONI .2015:179:86-95.
10)山口 智. 鍼通電療法の新たなる展望 病期・病態による顔面神経麻痺の鍼通電療法 顔面神経及び表情筋に対する非同期鍼通電療法. 日本東洋医学系物理療法学会誌. 2016:41(2);35-42.

取材協力:埼玉医科大学

文=堀部豪
編集・撮影 = ツルタ
(2021.11.17公開)

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