脳画像研究で鍼治療の予後を予測する/鍼灸師・博士(医学): 石山 すみれ

今回の学びは脳画像研究がテーマです。

頭痛を中心に脳画像を用いた研究をおこなっている茨城県立医療大学の石山すみれ先生に執筆をお願いしました。

「効果は個人差があります」という説明をしたことはありますか。
鍼灸治療の効果を事前に予測できればいいな、と考えたことはないでしょうか。
脳画像研究によって、鍼治療をおこなう前から予後がわかるような未来がくるかもしれません。

いただいた原稿を、ハリトヒト。編集部が対談形式に再構成しています。

石山 すみれ(いしやま すみれ)先生

略歴
2012年3月 新宿鍼灸柔整専門学校(現:新宿医療専門学校) 卒業
2016年3月 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 研修終了
2017年3月 筑波大学大学院人間総合科学研究科フロンティア医科学専攻 修了
2021年3月 筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻 修了
2022年8月 茨城県立医療大学 保健医療学部 医科学センター 助教 現在に至る

MRIを用いた脳画像研究

石山先生は頭痛の研究をされているんですよね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
大学院では一次性頭痛患者を対象に鍼によるNeuromodulationと効果についての脳画像研究をテーマとしていました。
脳画像! 鍼もそういう研究がされているんですね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
精神科領域や頭痛を含めた疼痛領域で盛んにおこなわれているのですが、私が専門としているのは片頭痛や緊張型頭痛といった一次性頭痛の脳画像研究です。
脳画像研究ってなんかかっこよさそうに見えますね。でも、全く知らない分野で…。そもそも、どういった手法なのでしょうか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
通常の検査では異常が認められなくても、特殊なMRI技術によって病態解明が試みられています。MRIを用いた脳画像研究は多種多様な解析方法があるんですよ。
例えばどんなやり方があるんですか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
有名なものとしてfunctional MRI(以下fMRI, 機能的MRI)があります。fMRIは大きく分けて、MRI撮像中に何らかのtaskを与えて、そのtaskに伴う脳活動を見るtask-based fMRIと、”安静”をtaskとして行うresting state fMRI(以下rsfMRI)があります。
研究ではどちらも使われますが、私自身はrsfMRIを使用しFunctional Connectivityという脳の機能的な接続性をみていました。

脳の機能的な接続性

脳の機能的な接続性というのは?
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
代表的なものとしてDefault mode network(安静時に活動が見られるネットワーク、脳のアイドリング状態)が有名ですね。脳の神経回路として解剖学的には接続性が見られない領域同士も実は相関がある働きがあることが近年注目されています。


図1. Default mode networkを構成している脳領域
緑:medial prefrontal cortex(mPFC;内側前頭前皮質)、紫:lateral parietal(Left), 赤: lateral parietal(Right), 小豆色:posterior cingulate cortex(PCC;帯状回後部)
それぞれの領域は図のように直線的に白質線維がつながっているものではないが、一つの”ネットワーク”として同期しながら活動している。その活動を見るものにfMRIがあり、この二領域間の接続性をFunctional connectivityと呼ぶ。

そこからどのようなことがわかるのですか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
例えば、疼痛に関しても一領域だけでなく、情動などを含めたさまざまな領域が複雑に関連しています。片頭痛患者ではこうした疼痛関連領域(Pain matrix)の活動性が健常者と比較して異なることが報告されているんですよ1)
片頭痛患者の脳の特徴がわかってきたんですね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
これまで片頭痛領域では、片頭痛のGeneratorはどこにあるのか?という議論がなされていたのですが、そこに一石を投じるケースレポートが報告されました2)
前兆のない片頭痛患者1名に、31日間毎日fMRIを施行した論文です。発作に近づくにつれて視床下部の活性化が見られたのですが、発作時にはそれらは消失していました2)。視床下部はご存知の通り、自律神経機能に重要な脳領域です。片頭痛の発作前には過食や睡眠、ストレス等の変化がありますので、そうした臨床の症状から見ても納得のいく領域の変化です。
たしかに臨床的に納得いきます。これは脳画像を用いて、脳のどの領域がどのタイミングで活性化するかを検証したんですね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
この結果をもとに、さらに症例集積して行なった研究では、片頭痛発作開始72~48時間前では視床下部の有意な活性化は起こらず、発作開始48時間前~のみ視床下部の活性化が見られたことで、片頭痛では発作に関連した視床下部の脳機能変化は48時間前から起きていることが示されています3)
片頭痛の発作が起きる48時間も前から脳機能に変化が起きているというのは、とても興味深いですね。
鍼治療は「痛い時にやるべき」なのか、「事前にやるべき」なのか、考えさせられます。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
タキザワ先生の言われた「鍼治療をするタイミング」というものを考える上でこの研究は知っておくべきであると思っています。片頭痛の患者さんの脳機能の変化は48時間前から始まっている。ということは、目の前で診ている患者さんは今痛みがなくても、もう脳の変化としての片頭痛発作は始まっているかもしれません。そうした発作に向けての予兆に目を向け、患者さんに丁寧にお話することで、「鍼治療をしたから頭痛発作が起きた」と思われずに済むかもしれません。

MOHと脳の構造的な変化

石山先生
石山先生
さきほどは”脳機能”に着目した話でしたが、片頭痛での”脳構造”の変化も報告されているので紹介します。以前、「ハリトヒト。学び」シリーズで取り上げられていた薬剤の使用過多による頭痛(Medication overuse headache: 以下MOH)もその一つです。
「薬剤の使用過多による頭痛(MOH)に対する鍼灸治療の役割」
MOHはベースとなる頭痛疾患があり、鎮痛剤を多く使用すると引き起こされる二次性頭痛でしたね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
その通りです。未だ市販の鎮痛剤などで対処してしまう頭痛患者は少なくないですね。手軽に鎮痛剤を購入できる日本の便利さもおそらく関係があると思ってます。しかも、片頭痛は働き盛り・出産子育てなどライフイベントの多い年齢層に好発する疾患なんですよ。
「鎮痛剤飲まない方がいいのはわかっているけれど…」と思いながら、でも働かないと、お迎えに行かないと、自分が倒れるわけにはいかないと…と思って服用している患者さんっていますよね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
個人的にも年子を育てている母親として、患者さんからのその意見は痛いほど共感できるので、私自身は患者さんにやめてください、とはっきりと言えないところがあります…。
悩ましいですね。ところでMOHは脳構造が変化するという話ですが…。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
先ほどまでは脳の機能に対してお話ししましたが、MOHは頭痛発作が増えるだけではなく、脳構造に影響を及ぼすことが報告されています。脳の構造というのは、例えば灰白質や白質線維といった頭蓋内の構造物となります。Voxel-based morphometryという手法を用いて、MOHの既往のある/ない慢性片頭痛を対象とした研究では、MOHの既往のある慢性片頭痛では既往のない慢性片頭痛と比較して眼窩前頭皮質、後頭葉の灰白質量の減少、側頭極、海馬傍回の灰白質量の増加が認められました。
灰白質が減る領域と増える領域があるんですね。どのような影響があるのでしょうか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
眼窩前頭皮質の灰白質量は1年後の治療反応性の良さと正の相関が認められました。眼窩前頭皮質の灰白質量が多いと、1年後の治療効果も高くなります4)


眼窩前頭皮質・海馬傍回・側頭極・後頭極の位置関係
黒実線:眼窩前頭皮質、黒点線:海馬傍回、赤実線:後頭極、何もなし:側頭極

それはすごい。つまり脳画像から予後の予測ができるんですね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
今年報告された片頭痛患者約300名と年齢・性別を適合させた健常者の脳画像を比較した研究では、片頭痛で左島前部の皮質表面積の低下が認められています。(厚みや量は有意差なし)5)。MOHの有無や予防薬を用いた治療の有無でも差が認められていて、構造学的変化が報告されている領域は疼痛処理に大きく関わる部位ということです。
片頭痛やMOHでは脳の疼痛に関連する部位に構造的変化が起きることがある…。これはいわゆる「脳が萎縮する」という状態ですか?
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
そこは誤解してほしくないんですね。注目してほしいポイントは、増加もある・低下もあるといったアンバランスな状態です。研究で使用している解析法はMRIをVoxel単位で見るような本当に小さな変化をできる限りのバイアス・脳の個性を消して研究をしています。この結果だけを見て、灰白質量が少ない、皮質の表面積が少ない=脳が萎縮しているというわけではないんです。
なるほど。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
患者さんからすると脳の変化、という言葉はとても強い意味に感じてしまうため治療者として十分に言葉を選んで患者と接してもらいたいです。
過剰な表現はしないように注意が必要ですね。しかし、これまでのお話で頭痛が脳に与える影響の大きさを改めて感じました。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
そうですね。頭痛が脳へ影響を及ばす疾患であることは間違いないので、データを正しく使ってほしいです。鍼治療だけで抱え込まずに、さまざまな選択肢を患者さんに提供して、患者さんが適切な医療を受ける橋渡しをしてほしいですね。

NEXT:鍼治療の効果機序と脳画像

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