鍼治療の効果機序と脳画像
例えば、前兆のない片頭痛患者に対し鍼治療をおこなったところ、健常者と比較して脳機能が低下していた脳幹(rostral ventromedial medulla/trigeminocervical complex)の活動性が治療後向上すること6)などが報告されています。ここで見られた脳幹(trigeminocervical complex)は先ほどの片頭痛の周期でのfMRIの研究でも変化が見られていた領域で、片頭痛の病態にも重要なところです。そこのアンバランスを正常化したよという報告ですね。
多くの論文をまとめると鍼治療は「調整」する力があると感じます。何か脳領域の一部分を必ず活性化する、血流を促進する、という一方向だけではなく、少し過剰/不足している部分を「正常化」するものという結語が多いです。
脳画像を鍼治療効果の評価に
鍼治療は受け手側・施術者側双方のさまざまな原因により治療効果に差が生まれます。
私は臨床に出ていた時に初診の患者さんに「大体どれくらい鍼を受けたらよくなりますか?」と聞かれて、いつも返答に困っていました。事前に鍼の効果を予測できる何かはないか、といつも考えていたんですね。
そもそも予後は決まっている、可能性ですか。
その論文によると慢性腰痛に移行する群では、急性期の時点で、内側前頭前皮質-扁桃体-側坐核の白質接続性が高いことや扁桃体の体積が少ないことが報告されています7)。扁桃体は気分・情動にも深く関わる領域なので、これら構造の変化は、慢性痛とうつ病や気分障害などの精神疾患との関連も示唆する所見です7)。慢性痛とうつ病は共存症(お互いがお互いを悪くする)ですが、そうした精神疾患を引き起こしやすい患者さんにはこうした脳の構造・機能の差が影響しているのかもしれないですね7)。
この研究では、経過観察中に何か治療をしたなどは書いておりませんので、もしかすると治療によって慢性化は防ぐことができるかもしれませんが、元々の構造・機能に変化がある、という考え方自体がとても面白くて好きな論文です。
内側前頭前皮質-扁桃体-側坐核の位置関係
紫:内側前頭前皮質(mPFC)、黒点線:側坐核(accumbens)、赤実線:扁桃体(amygdala)
脳画像で鍼治療の予後を予測する
もし画像所見から「鍼治療が効きやすい患者さん」を事前にわかることができれば、それは医師や医療従事者も患者さんに鍼治療を勧める1つのきっかけになるのではないかってことです。
脳の全体を隈なく解析すると、解析の特性上とてつもない時間がかかるんです。もし研究でどこか1領域だけ、鍼治療に特異的に変化する・予後を予測できる領域を見つけられれば、実際の臨床の時間でも診断の1部としておこなえるかもしれません。
ただ、私の思いの根底にあるのは「患者さんの選択肢を1つでも多く」です。ここまで話した脳の構造・機能の変化全てが不可逆的である、という知見はありません。脳の構造はともかく、脳機能は非常にゆらぎやすいものです。鍼治療でも薬物治療でも運動でも食事でもなんでもいいので、数ある手札の中から自分にあったものを選んで発作回数を減らす、疼痛強度を低下させることが重要です。
ある学会で画像研究を見た時のかっこよさが忘れられず、どうしても自分でやってみたくてパソコンも持ってないのに0からスタートしました。臨床の先生からすると、ちょっと残念に思う結果だったり、面白みがないかもしれません。ですが何百時間・何千時間もかけて、何度もエラーと戦い、必死に研究をしています。雷による突然の停電でパソコンの電源が落ちて解析が途中で終わってしまい、文字通りの発狂をしたこともあります(笑)。
そんな背景も思い描きながら、ぜひ1人でも頭痛で悩んでいる患者さんの一日が楽しいことで満ちるように、鍼とお灸でお手伝いをしていただければと思っています。
画像は全てCONN toolbox(https://web.conn-toolbox.org/)で作成。二次使用禁止です。
引用論文
1) Schwedt TJ, Chiang CC, Chong CD, Dodick DW. Functional MRI of migraine. Lancet Neurol. 2015; 14(1): 81-91.
2) Schulte LH, May A. The migraine generator revisited: continuous scanning of the migraine cycle over 30 days and three spontaneous attacks. Brain. 2016; 139: 1987-1993.
3) Schulte LH, Mehnert J. May A. Longitudinal neuroimaging over 30 days: Temporal characteristics of migraine. Ann Neurol. 2020; 87(4): 646-651.
4) Lai TH, Chou KH, Fuh JL, et al. Gray matter changes related to medication overuse in patients with chronic migraine. Cephalalgia. 2016; 36(14): 1324-1333.
5) Christensen RH, Ashina H, Al-Khazali HM, et al. Differences in cortical morphology in people with and without migraine: A registry for migraine (REFORM) MRI study. Neurology. 2024; 102(9): e209305.
6) Li Z, Zeng F, Yin T, et al. Acupuncture modulates the abnormal brainstem activity in migraine without aura patients. Neuroimage Clin. 2017; 22(15): 367-375.
7) Vachon-Presseau E, Tetreault P, Petre B, et al. Corticolimbic anatomical characteristics predetermine risk for chronic pain. Brain. 2016; 139: 1958-1970.
8) Yang XJ, Liu L, Xu ZL, et al. Baseline brain gray matter volume as a predictor of acupuncture outcome in treating migraine. Front Neurol. 2020; 11: 111.
9) Wang W, Li JL, Wei XY, et al. Psychological and neurological predictors of acupuncture effect in patients with chronic pain: a randomized controlled neuroimaging trial. Pain. 2023; 164: 1578-1592.
https://x.com/suishiyama
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