脳画像研究で鍼治療の予後を予測する/鍼灸師・博士(医学): 石山 すみれ

鍼治療の効果機序と脳画像

鍼灸について、どのような脳画像研究があるんですか?
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
脳画像解析を鍼治療の効果機序に、という研究は多いです。
例えば、前兆のない片頭痛患者に対し鍼治療をおこなったところ、健常者と比較して脳機能が低下していた脳幹(rostral ventromedial medulla/trigeminocervical complex)の活動性が治療後向上すること6)などが報告されています。ここで見られた脳幹(trigeminocervical complex)は先ほどの片頭痛の周期でのfMRIの研究でも変化が見られていた領域で、片頭痛の病態にも重要なところです。そこのアンバランスを正常化したよという報告ですね。
頭痛に対する鍼治療の有効性は認められてきていると思いますが、脳画像研究からさらなる可能性を感じますね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
患者さんの主観として「頭痛が軽くなった」という感想はもちろん重要ですが、そこにプラスアルファとして脳画像の変化があると説得力がありますよね。
多くの論文をまとめると鍼治療は「調整」する力があると感じます。何か脳領域の一部分を必ず活性化する、血流を促進する、という一方向だけではなく、少し過剰/不足している部分を「正常化」するものという結語が多いです。
鍼治療は、過剰もしくは不足を、調整して正常化する。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
鍼治療のメカニズムを検討した論文では、よくNormalizationという表現がされます。東洋医学でも虚実を診て、患者さんの状態に応じて補瀉をおこないますよね。それが脳画像にも現れているのかな、と個人的には思っています。そう考えると理にかなっていると感じる先生が多いのではないでしょうか。

脳画像を鍼治療効果の評価に

脳画像には、鍼灸研究を前進させる期待感があります。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
脳画像が治療効果の評価に使われる場合もあるんですよ。先日開催された(公社)全日本鍼灸学会学術大会宮城大会(2024年)でも「評価」が一つの課題として取り上げられましたが、効果の判定は主観的なので非常に難しいところです。
鍼治療は受け手側・施術者側双方のさまざまな原因により治療効果に差が生まれます。
私は臨床に出ていた時に初診の患者さんに「大体どれくらい鍼を受けたらよくなりますか?」と聞かれて、いつも返答に困っていました。事前に鍼の効果を予測できる何かはないか、といつも考えていたんですね。
鍼治療を受ける前に効果を予測するのは、さすがに難しいんじゃないですか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
もちろん私もそう思っていました。そんな中で、腰痛の慢性化は、急性期にある程度決まっているのでは?という論文を目にした衝撃を今でも覚えています。急性腰痛患者を対象として、1年間に複数回MRIを撮像し、慢性腰痛に移行する群と治癒群それぞれに対して脳の構造・機能画像を組み合わせた研究です。
「腰痛が慢性化するかは、急性期の時点で決まっているのでは?」という仮説は、鍼灸師としてかなり嫌な感じがしますね。どう治療をすれば患者さんが良くなるか、日々それをがんばっているわけですから……。
そもそも予後は決まっている、可能性ですか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
嫌ですよね(笑)。でもなんとなくあり得そうとも思わないですか?
その論文によると慢性腰痛に移行する群では、急性期の時点で、内側前頭前皮質-扁桃体-側坐核の白質接続性が高いことや扁桃体の体積が少ないことが報告されています7)。扁桃体は気分・情動にも深く関わる領域なので、これら構造の変化は、慢性痛とうつ病や気分障害などの精神疾患との関連も示唆する所見です7)。慢性痛とうつ病は共存症(お互いがお互いを悪くする)ですが、そうした精神疾患を引き起こしやすい患者さんにはこうした脳の構造・機能の差が影響しているのかもしれないですね7)
この研究では、経過観察中に何か治療をしたなどは書いておりませんので、もしかすると治療によって慢性化は防ぐことができるかもしれませんが、元々の構造・機能に変化がある、という考え方自体がとても面白くて好きな論文です。


内側前頭前皮質-扁桃体-側坐核の位置関係
紫:内側前頭前皮質(mPFC)、黒点線:側坐核(accumbens)、赤実線:扁桃体(amygdala)

脳画像で鍼治療の予後を予測する

そもそも慢性疼痛や気分障害の予後は、脳の構造や機能が影響しているのかもしれない。そのような研究もあるのですね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
そうなんです。この研究は私にとってとても大きな存在で、そこから脳画像を用いた鍼治療の予後予測について興味を持ち始めたのです。
脳画像を用いた鍼治療の予後予測は、とても興味があります。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
鍼治療効果のImaging biomarkerとして脳画像を用いた研究がいくつかあって、治療前の灰白質量から効果を予測する研究8)などが報告されています。鍼治療は多くは自費ですので、私個人の思いとしてはある程度効きそうか、は事前にわかりたいなぁと。
すでに研究はいくつかあるのですね。最新情報にアンテナを張らなくては…。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
2023年には画像所見と鍼治療の効果に機械学習を組み合わせた論文もあります9)。心理的要因や身体所見に加えて大脳基底核のVolume、帯状回後部の皮質厚の情報を加えることで慢性痛(膝痛)患者への鍼治療の効果予測が81.48%の精度でおこなえるというものなんですよ10)
えっ……。慢性痛は高い精度で、鍼治療が効く人かどうか事前に予測できるってことですか?
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
鍼治療の効果が、鍼治療をする前の脳の構造で決まっているとしたら? なんて夢のない話をしたら、臨床に出ている先生はどう思いますかね…。
たぶん、がっかりするんじゃないですかね。患者さん1人ひとりを診て、それぞれどう施術をするか。さらに自分の技術レベルを高めていけばどうか。このあたりは鍼灸師にとってプライドだと思うんです。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
でも、臨床をしていると「効きやすい患者さん」「効きにくい患者さん」がいますよね。こうした所見が確立されることによって、鍼灸が医療の中に組み込まれやすいとも感じています。
それはどうしてでしょうか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
最近、さまざまな学会で”医療連携”という言葉が聞かれるようになりましたが、まだ多職種と連携をとる際に、「鍼治療の適応、適応外がわからず、連携を取りづらい」という意見があると思います。特に”適応外(効きにくい)”を示せることが信頼できる、という意見はいくつもいただいたことがあります。
もし画像所見から「鍼治療が効きやすい患者さん」を事前にわかることができれば、それは医師や医療従事者も患者さんに鍼治療を勧める1つのきっかけになるのではないかってことです。
なるほど。たしかに夢はないけど、合理的とは思います。鍼治療が効きやすい患者さんがわかれば、鍼灸がより広く社会に受け入れられることになりそうですね。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
夢のないことばかり注目しちゃうので…(笑)
脳の全体を隈なく解析すると、解析の特性上とてつもない時間がかかるんです。もし研究でどこか1領域だけ、鍼治療に特異的に変化する・予後を予測できる領域を見つけられれば、実際の臨床の時間でも診断の1部としておこなえるかもしれません。
鍼は効かないとか、そんな結論が出たりしませんか?
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
確かに、すごく悪くとらえると鍼治療は術者の腕も影響しますので、本当は効くかもしれない患者さんの鍼治療の機会がなくなってしまうかもしれません。
ただ、私の思いの根底にあるのは「患者さんの選択肢を1つでも多く」です。ここまで話した脳の構造・機能の変化全てが不可逆的である、という知見はありません。脳の構造はともかく、脳機能は非常にゆらぎやすいものです。鍼治療でも薬物治療でも運動でも食事でもなんでもいいので、数ある手札の中から自分にあったものを選んで発作回数を減らす、疼痛強度を低下させることが重要です。
石山先生はこの脳画像研究にどのような想いで取り組んでいるのでしょうか。
タキザワ
タキザワ
石山先生
石山先生
ここまでちゃんとかっこよく見えましたか?(笑)
ある学会で画像研究を見た時のかっこよさが忘れられず、どうしても自分でやってみたくてパソコンも持ってないのに0からスタートしました。臨床の先生からすると、ちょっと残念に思う結果だったり、面白みがないかもしれません。ですが何百時間・何千時間もかけて、何度もエラーと戦い、必死に研究をしています。雷による突然の停電でパソコンの電源が落ちて解析が途中で終わってしまい、文字通りの発狂をしたこともあります(笑)。
そんな背景も思い描きながら、ぜひ1人でも頭痛で悩んでいる患者さんの一日が楽しいことで満ちるように、鍼とお灸でお手伝いをしていただければと思っています。

画像は全てCONN toolboxhttps://web.conn-toolbox.org/)で作成。二次使用禁止です。

引用論文
1) Schwedt TJ, Chiang CC, Chong CD, Dodick DW. Functional MRI of migraine. Lancet Neurol. 2015; 14(1): 81-91.
2) Schulte LH, May A. The migraine generator revisited: continuous scanning of the migraine cycle over 30 days and three spontaneous attacks. Brain. 2016; 139: 1987-1993.
3) Schulte LH, Mehnert J. May A. Longitudinal neuroimaging over 30 days: Temporal characteristics of migraine. Ann Neurol. 2020; 87(4): 646-651.
4) Lai TH, Chou KH, Fuh JL, et al. Gray matter changes related to medication overuse in patients with chronic migraine. Cephalalgia. 2016; 36(14): 1324-1333.
5) Christensen RH, Ashina H, Al-Khazali HM, et al. Differences in cortical morphology in people with and without migraine: A registry for migraine (REFORM) MRI study. Neurology. 2024; 102(9): e209305.
6) Li Z, Zeng F, Yin T, et al. Acupuncture modulates the abnormal brainstem activity in migraine without aura patients. Neuroimage Clin. 2017; 22(15): 367-375.
7) Vachon-Presseau E, Tetreault P, Petre B, et al. Corticolimbic anatomical characteristics predetermine risk for chronic pain. Brain. 2016; 139: 1958-1970.
8) Yang XJ, Liu L, Xu ZL, et al. Baseline brain gray matter volume as a predictor of acupuncture outcome in treating migraine. Front Neurol. 2020; 11: 111.
9) Wang W, Li JL, Wei XY, et al. Psychological and neurological predictors of acupuncture effect in patients with chronic pain: a randomized controlled neuroimaging trial. Pain. 2023; 164: 1578-1592.

X(旧Twitter)アカウント
https://x.com/suishiyama
文 = 石山すみれ
編集・撮影 = ツルタ
(2024.7.22公開)
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